デートに誘いたい浅井英騎
朝、ホームルームの前。
藍崎華瑠奈が席に付いた気配を感じた浅井は振り返り挨拶する。
「おはよう」
「おはようございます」
今日の話題は、もちろん昨日の宇宙服実習についてだ。さっそく浅井は藍崎に話しかける。
「昨日の宇宙服実習の際はどうも。まさかすぐ近くにいるとは思わなかったよ」
浅井にとって初めての宇宙服でさらに初めての月面という点だけでも印象深いものだったのだが、実習の中で二人で組をつくることになった際に、たまたま藍崎と組みを作ることになったのだ。
宇宙服はみんな同じデザインだし、月面に出るとフェイスプレートは鏡のようになってどれが誰か区別がつかない。最初は藍崎の位置を確認していた浅井だったが、ちょっと目を離したすきにわからなくなった。それで仕方なく近くにいたクラスメートと組みをつくることにしたのだが、それが藍崎だったのだ。
「私も驚いた」
やはり彼女も驚いたようだ。
この後、彼女が会話を続けようとしないのはいつものことなので、浅井はエアロックに戻ろうとした際に鳴った警報のことを話すことにする。
「驚いたといえば、警報も驚いたよね」
火災報知器とか地震警報は地球にいた頃に何度か聞いたことはあるが、月面で警報が鳴った時にはさすがに驚いた。何といっても宇宙服を着ているとはいえ周りは真空だし、一瞬、宇宙服に問題が発生して警報が鳴ったのかと思ったからなおさらだ。それに、警報の後、隣にいた藍崎がすぐ隣にきたから彼女も怖かったんじゃないかと思うんだ。直接聞くのもなんだから、まずは警報の話をしてみることにしたのだ。
「でも、初めて警報だったのに落ち着いてたよね」
予想外の返答が藍崎からかえってくる。
浅井は昨日警報が鳴った際のことを思い出してみる。警報が鳴ってみんなのいろんな発言があって、その後、隣にいた藍崎の腕が当たって、しばらくそのままくっついたままだったから、不安だったから近くに来てくれたのだと思ってたんだが。それとも、照れ隠し的な感じで敢えてこういう返答なんだろうか。どうなんだろう。こっちも勘違いしてると恥ずかしいし、腕が触れていたことについてはいわないでおこう。
「うん。まあ、すぐにエアロック内の問題ってわかったし、みんなも特に騒いでなかったから...」
と浅井は答える。
「警報はこれまでも何度か鳴ったことがあって、みんなも慣れてるっていうか」
特にめずらしくもない出来事って感じで藍崎が説明する。やはり勘違いだったのかな。
「へー、そうなんだ...」
浅井がそういうと、藍崎が急に何かを思い出したかのような表情をする。
「あ、そ、そういえば警報鳴った時にぶつかったけど、ちょ、ちょっとバランス崩したというか」
なんか、あたふたしてるな。まるで初日のあいさつの時のようだ。やはり怖かったのかな。
でもあれはよろけてぶつかったという感じじゃなかったよな、ゆっくりと寄り添った感じでしばらくそのままだったし。頼りにされたのかと思ってちょっとうれしかったんだが、これはいわないでおこう。
「あ、いや別にいいんだけど。すぐ近くにいるってわかってぼくも安心したっていうか」
浅井がそういうと、藍崎もちょっとほっとしたような表情をする。たぶん、ちょっと不安で近くに寄ったところで腕が当たってしまったとかなんじゃないかな。そうだとしたら、それはそれでちょっとうれしい。
「みんな、おはよう」
担任が教室にやってくる。
「それじゃあ」
そういうと浅井は体を前に向ける。
「はい」
今日はなんかいい感じの会話だったな。
なんとか彼女をデートに誘いたい。




