132 大将戦 シュナイダーvsセレフィオーネ
シュナイダーは胸元からタクトを取り出し、二度振った。
スタジアムのフィールドと観客席の間に猛烈な吹雪が巻き起こる!
「何してんの!」
「この吹雪が耐えられない観客はお引き取り願おうと思って。邪魔だから」
唐突すぎるけど……やり方気にくわないけど……賛成だ。巻き込んで怪我されたら困るし。
シュナイダーの元にタール様がノシノシと戻る。もう毒は抜けたようだ。二人が静かにフィールドの真ん中に向け歩く。
「そうそう、私たちに審判など無意味だ、どちらかが倒れて終わりなんだから。帰っていいよ?」
「ひ、ひぃいい!」
審判を務めてくれていた学院の魔法師先生たちがつまずきながら、走り去る。
観客席を見渡すと、凍えるような冷気に晒され皆我先にと出口に向かって走っている。
「先生、うちの皆も帰して。安全なとこへ。風邪ひくわ」
「……ここにいても足を引っ張るだけか?」
「そんなことない。でも、身動き取りにくい、かな?」
コダック先生はクシャリと顔を歪めると大きな体で私をルーごと抱きしめた。そして、ジャンプして吹雪を突っ切り、観客席の仲間達をここから逃げるように誘導する。
「セレフィー!」
「セレフィー!」
ニックとアルマちゃんが肩にマルとシューを乗せて、悔しそうな顔してる。ポケットに手を入れて、ガラス玉があるのを確かめる。
私は大きく手を振った。前回の別れとは違う、という意味を込めて笑顔で!
「セレフィーご馳走作って待ってるー!」
「セレフィオーネ!負けんじゃねーっぞー!」
了解!
『静かになったな』
数分後、観客席に残ったのは三人。
脚を組んだお父様、膝に頬杖をつき私を見つめるお兄様、目を閉じて自ら肩を揉むジークじい。
うちの二人は薄く魔力のベールをまとっているみたい。ジークじいは竜巻で吹雪を吹っ飛ばしている。自重ゼロ。
私がチラリとパパンと視線を合わせると、小さく頷いてくれた。ジークじいのこと守ってくれるって。
多分コダック先生も役目を終えたら戻ってくるだろう。先生は私の唯一の先生だから。お父様、二人をよろしくお願いします。
肩からルーがジャンプしピカリと光る。地面に着地とともに成獣化する。立派過ぎる私の聖獣は、私の右隣でアゴを上げて、尊大な態度でシュナイダーを睨みつける。
そして、空からも光とともに巨大な二種類の魔力が降臨した。
ズンッ!
閃光が治まったそこには……長い尾を垂らした麗しい成獣姿のアスが、己の唯一であるギレンの肩にとまっていた。
アス……呼んだんだ。
『当たり前だ』
アスの声が脳に響く。
観客席の中央に降り立ち、太陽を背にしてゆったりとした足取りで最前列……吹雪に向かって歩く。黒の軍服に身を包み、アイスブルーの瞳でスタジアムをぐるりと見渡す。雪のベール越しに私を一瞥した後、スッとシュナイダーに凍えるような視線を移した。
「ギレン陛下か……参ったな」
シュナイダーが苦笑した。吹雪を一瞬で収束させた。
「南の四天様も、ご機嫌麗しゅう」
シュナイダーが一応膝をつき、形式通りの礼をする。そして返答のないまま立ち上がる。
「君の保護者だらけだね、セレフィオーネ」
「人気者なの」
「一人で勝てる自信がないのかな?」
「前回死にかけたもの。万全を尽くすのは当たり前でしょ」
「君の仲間はいつ手を出してくるのかな」
「私が頼んだとき、かしら?」
『セレがケガすればすぐにお前は袋叩きだろうよ。ただ……怪我などさせるつもりなどない。今回は』
ルーが唸る。
「ルー様……それは困りました。私も自分が可愛いのでね。ね、タールナイト?」
シュナイダーがタール様の頭を撫でた。
あれ、タール様の目……ホントは茶系の色だとわかる。前回ほど濁っていない。
タール様にとってはいいことだけど……私たちにとってはよろしくない、かもしれない。
「シュナイダー第一王子」
ギレンが低く威厳のある声で語りかける。
「私はこの国の行く末、貴殿の未来など全く興味がない。ただ……」
私を流し目で見る。
「セレは我のもの。我のものを傷つける者には容赦せぬ。ガレの力全てをもって、貴殿を国ごと灰にしてやる。覚悟せよ」
シュナイダーが目を見開いた。
「聖獣を持つもの同士の都合のいい婚約かと思っていたけれど……まさか想いあっているのか⁉︎驚いた……」
太くて重い赤い縄で結ばれてますが、何か?私は顔が赤くなるのをどうにか止めたかったけど、諦めた。
◇◇◇
『行くぞ!』
ルーが地面から砂を巻き上げ自身と私の身を隠す。
「スピード!」
私とルーの素早さをまとめて上げる。
シュナイダーを見つめてマップを発動する。赤い点が二つ光る。これでシュナイダーとタール様を見失うことはない。
大気に舞う砂が一気に熱を帯びる。熱砂だ。
ルーが自在に操り二人を覆う。
シュナイダーが風魔法を繰り出し、砂を吹き飛ばそうとするが、ルーの砂はそんなやわなもんじゃない。
私は砂の中でジャンプして、上空から手裏剣を一度に10枚ペースでドンドン浴びせる。アニキにマジックルームから瞬時に取り出すコツをおしえてもらったのだ。
全ての手裏剣には麻痺毒や睡眠薬を仕込んだ。タール様がビシバシ弾いてはいるがその都度毒に触れているはず。しかしタール様の動きは敏捷なまま。その辺の草から抽出した薬ごときでは効かないってことか。
ミユの毒もきっと先程で耐性が出来ている。
私の着地点にルーが回りこむ。ルーの背に降りて一気にタール様との距離を詰める。私達の動きは目では追えないはず。私たちはシュナイダーの後ろ、タール様のいないほうに回り込み、私はルーの背から再びジャンプする。手首からクナイを抜き取り上空からシュナイダーの首筋を狙って頭から落ちる!
……迷いがないわけではない。でもこれ以上、大事な人々が傷つくところなど見たくはない。
私はいよいよ泥を被るのだ。
急降下で落ちると、シュナイダーが上空に目をやり気付かれる。胸元からバラを引き抜き一気にツルを伸ばし、私のクナイを奪い去る。私が後方に現れたことに気がついたタール様がこちらを振り向き防御をはろうとするが、ルーが足元を砂で固めた上で、風で金縛りをかける!
クナイから大人しく手を放し、空中で一回転して右脚でシュナイダーの顔面に回し蹴りをかける!シュナイダーが顔の前で両腕をクロスしてガードした。その上から全力で振り抜くと、シュナイダーは壁際まで吹っ飛んだ!
前回は全く歯が立たなかった。タール様の防御を破ることもできず、シュナイダーに手応えのある一撃を与えることもできなかった。
でも、今回は……行ける!
シュナイダーと距離の開いたタール様をますます高密度の砂が襲う。ルーも攻撃の手を緩めない。ルーまた禁忌を犯させて……ごめん。
私は腰の短剣を引き抜き、瞬時に火を螺旋状に纏わせて、音速で、シュナイダーに向かってダッシュした。




