131 聖女は聖女でした
『セレ……恐ろしいこと言うな……』
ルーが私の首に尻尾を巻きつける。
『セレ、我も地上に降りる。我の癒しを施してみよう』
アスの魔力が近づいてくる。
『ま、まって!アス様!セレちゃま、ルー様、よーく見て!ササラちゃんが!!!』
ミユに言われて皆で注目する。エリスさんとともに真っ黒なモヤの中にいるササラさんの一点がポワンと闇夜の蛍のように光っている。心臓?
『魔力だ!魔力が足りん!セレ、ササラに魔力を注げ!』
珍しいアスの大声に、私は慌ててササラさんの光に向かって両手を突き出し魔力を注ぐ!
『エイッ!』
ミユも解呪を止めて、同じく魔力を注ぎ出した。
ルーはササラさんに注ぐ代わりに私の首をかじり、魔力を補填する。
ふわふわとした頼りなげな光は徐々に力を持つ。
点から、コイン、コインからボール大にと威力を増しながら大きくなり、黒い闇を徐々に光の外側に追い払っていく。そしてササラさんとエリスさんを光が覆い尽くすと、
パーン!!!
ガラスが割れるような音がして、黒いモヤが全て弾き飛ばされた!
……おそらくエリスさんの体内に入り込んでいた分も。
黒モヤはおばあさまの時のように集まって、あの時以上に濁った黒い大きい塊となり、真っ直ぐマリベルに投げ放たれる。倒れたマリベルの腹部にズブズブと吸収されていく。マリベルの肌はますますドス黒く変色する。
おぞましい光景からササラさんに視線を移した。
黒いトランドル勝負服のササラさんは、マントが外れ真っ白なドレス姿のエリスさんを優しく横抱きにして立ち上がり、エリスさんのほつれた髪をそっと直している。
神々しく、光を放ちながら。
エリスさんが身じろいだ!ゆっくりとまぶたを開けた!!!
「まあササラ……相変わらず男前ね……」
「エリス……いっつもいっつも心配ばっかりかけて……はあ……」
わあーーーー!!!
スタジアムが歓喜に包まれる。
「聖女様、ご無事だーー!」
「聖女様ーよかったー!」
「皆のもの!よく聞け!今日、新たな聖女様がご降臨になられた!!!光の柱と癒しの力を見たこの場の全ての民が証人だ!まさか、一つの時代にお二人も聖女が現れるとはー!」
涙ながらにカクサンが宣言した。
スケサンが赤の、エリスさんの真似か龍の形をした伝達魔法を無数に飛ばした!
わあーーーー!!!
再び割れんばかりの歓声!
「ササラ様ー!」
「聖女ササラー!」
「長女ー!次女ー!」
『聖女、覚醒したな』
ルーが二人を真っ直ぐに見つめて呟く。上空から声がする。
『ふむ。破邪で呪いを吹き飛ばした……か。ミユでも解呪できなかった呪いを、大したものだ』
『我々聖獣の魔力が体に入ればそりゃ覚醒するだろう。ミユ……契約者以外にみだりに魔力を与えてはならん!』
『だ、だって……セレちゃま、ダメだった?』
シュンと項垂れるミユに私は首を振る。
「ううん、とんでもない。ミユ、私の大事なエリスさんとササラさんを助けてくれてありがとう」
『うん!』
ミユたんはしゅるんと小さく縮み、エリスさんにジャンプした。ササラさんが目を丸くし、ミユたんにチュッチュとキスされて感激している。
そっか、ササラさんにはミユの魔力が入った。もうミユが見えるはず。下手すりゃ聞こえるかも。
フッと力が抜ける。すかさずコダック先生が私の腰を支える。
「助かった……」
私の頰に一粒涙が溢れる。見つからないように俯く。
エリスさんが命を取り止めた。私は安堵した。エリスさんの無事に対してはもちろんだけど、自分がしくじらずに済んだことに対して安堵した。自分が罪悪感に打ちひしがれずに済んだことに安堵した。胸が潰れず済んだことに安堵した。
助かったのは、私。
私はなんて……ヒドイ女なのだろう。
エリスさんは私のために戦ってくれたというのに、私は自分のことばっかだ。
防ぐ手立てはあったのだ。なぜ私は馬鹿正直に、シュナイダーのいうままに皆を引き連れてここに来たの?
いや、王を人質にされたのよ。これしかなかった……はず。
いずれにせよもう、過ちは犯さない。二度と大事な人は前に出さない。よくわかった。誰かが傷つくのを見るくらいなら私が……
『俺の唯一のセレが傷つくたびに、無力感に苛まれる』
これが、ギレンが言ってたこと……
今ようやく、実感した。
シュナイダーと話さなきゃ……誰も傷つけず、私が守る……
考えながらボンヤリとエリスさんササラさんミユがひっつきあっているのを眺めていたら、コダック先生がそっと親指で私の涙を拭ってくれた。
「お嬢、一人で戦わなくていいんだ」
「……」
「もっと頼れ。俺はお前の先生だぞ?」
「……」
「お嬢が俺たちを愛してくれているのと同じく、皆お嬢を愛している。判断を間違ってもお嬢一人のせいじゃない。お嬢は俺たちを信じて情報を全て与えてくれているから俺たちもそれぞれの頭で納得している。そして成功したら皆の協力の賜物だ。だろ?」
お兄様にも、つい最近、同じようなこと言われた。だけど……。
「エルザ様すら一人で戦われたことなどない。領主は仲間を上手く使うのも仕事。セレフィオーネ、年長者の言うことは聞くもんだ」
私はノロノロと先生を見上げた。
「お前はエリスを信じた。エリスはお前の信に応えようとササラと組んで結果を残した。領主のお前のすべきことはなんだ?」
「……信じること。ねぎらうこと。ありがとうって言うこと……です」
コダック先生が私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「人生は『一緒』の方がステキだろ?それが青春だ!さあ、行ってこい!」
コダック先生が私の背中を押す。
「…………はい」
私は……心にしこりを残しながらも領主らしく表面上は背筋を伸ばし、エリスさんとササラさんとミユの元に向かう。
「聖女エリス、聖女ササラ、そして東の四天様、ありがとうございました。このご恩は生涯忘れません。後は私にお任せくださいませ。スケサン、カクサン!」
「「はっ!」」
「お二人に十分な休息を」
「「はっ!」」
「え、セレフィー、私、護衛……」
私はゆっくり首を振る。聖女を護衛にはできない。
ササラさんに抱かれていたエリスさんがゆっくりと立ち上がり、跪く。
「聖者セレフィオーネ、ご武運を」
エリスさんが、気力も体力も空っぽのはずなのに、私に向かってニヤリと笑った。
聖女には、やはり到底かなわない。
エリスさんとササラさんがフィールドを後にすると、私とルーは改めてミユに幻術を施す。そしてミユはミニサイズになり、私の胸元に収まった。
くるりと西を見ると、シュナイダーがマリベルをフィールドの隅に連れて行き、状態を診ている。
「マリベル、いかがですか?」
「命に別状はないよ」
「よかった……」
「ほんとに?」
「ほんとよ」
「意識が戻ったら、また君達を呪うよ?」
「そうでしょうか?」
鑑定!
赤く光る!
マリベル(【野ばらのキミに永遠の愛を】主人公、魔法学院学生)
状態:失神、返呪による身体の硬化
スキル:全魔法、転生者、オートパイロット(返呪により効果弱)、神に愛されし者
あれだけ強烈な呪いを跳ね返され一人で全て受けたのだ。これまで通りに動けるわけがない。
いずれこの状態すらも解呪してしまうかもしれないけれど、今ではない。
「『一切の武力の放棄とトランドルと私と私の仲間への一切の不可侵』を賭けたはずです。もしマリベルが私たちに襲いかかってきたのなら、殿下が押さえつけてくれなくては!」
「賭けたのは『正義』じゃなかったっけ?」
「そんな抽象的なこと、賭けとして実利のトランドルが受け入れるわけがない」
「まあでも、今の試合はドローだよね。先に戦闘不能になったのは聖女だ。しかしマリベルの行為も目に余る。そう思わない?」
『ふん、結局、お前とセレとの戦いでしか決着がつかない、そういうことだな』
「ご明察です。西のルー様?そういえば、東の龍神様は、随分と君に懐いているんだね。聖女の元でなくセレフィオーネの元に残るなんて。聖獣三柱相手かあ。大丈夫かな?」
シュナイダーは苦笑した。
ミユの存在、もう見られた以上、幻術をかけても意味ない、か。
「二年半ぶりかな?」
シュナイダーが胸元の赤いバラを取り、香りを楽しむ。
「どのくらい成長したの?楽しみだ」
次の更新は週末です。




