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ファザコンはリバーシブル可能

 仕方ないわ。

 ここは校長をちょっと脅しておいて、今日の授業が全部終わった時点で彼だけ、特別に面談するチャンスを作ってもらおうっと。

 それにしても……思った以上に昔ほど『刑事になりたい』っていう若いのが少なくなったものね。

 ましてウチは殉職の危険性も高いんだものね……。

「はぁ~……」

 思わず深い溜め息が出た。

「なかなか上手く行きませんね」と、彰ちゃんたらまるで他人事。

「あんたね、感想を述べてないで協力しなさいよ!!」

「いやぁ~……初めは正直言って、貴重な非番の日をこんな茶番に費やして、まったく時間の無駄だと思っていたんですが……今はもう、腹筋が崩壊しそうなほど笑いのネタをありがとうございます。これならお金を払ってでも……って、嘘です、冗談ですって!!」

「……どうやら、死にたいみたいね?」

「いやいやいや、僕はまだ死ねません!! それに、どうせ死ぬなら周君のお腹の上で……ぐはぁっ!?」

 アタシは手加減なしで彰ちゃんの鳩尾に右ストレートを喰らわせ、再び溜め息。

「……顔が良くて、身体能力も高くて……公私共にパートナーになってくれそうな警官って言ったら……そういう意味では、彰ちゃん。あんたが最適だったんだけどな」

 ちらり、と横目で彼を見つめてみる。

「……申し分ありません、北条警視。僕は周君と出会ってしまったんです」

 額に脂汗を浮かべながら、真剣な顔で答える彼。

「……あんた、キメ顔で爽やかに言ってるけど、あの子って確か未成年よね?」

「それが何か?」

 あ、今度は冷や汗が浮かんだ。

「手、出したんでしょ? とっくに」

「……」

「……」

「一つ、申し上げてよろしいでしょうか?」

「何よ」

「僕が彼に恋をしていると自覚してから、苦節半年以上。どれだけの文字数と行数とページ数を割いて口説き落としたと思ってるんですか?! その辺の本屋に売ってるBL小説みたいに、たいしたエピソードもないまま『なんか好きだから』っていきなりベッドインとかありえませんから!! 僕は周到に策を練った上で、相手が絶対に断れないよう、身体を張ってありとあらゆる手段を講じてですね……」

 要するに、手を出したのね。未成年に。

「いいわ、監察には黙っておいてあげる。その代わり、これからあんたはアタシのパシリね」

「……僕は定年まで、あなたの下僕です。北条警視」

『一生』って、言わない辺りがこの子らしいわよね……。

 まぁいいわ。

 今日のところは勘弁してあげる。


 夜になった。

 学生達の一時の寛ぎタイムなんだけど、アタシは校長にお願いして、吉岡君と個別面談できるように会議室を借りた。

「で、なんで僕も同席しなきゃならないんですか?」

「あんた、アタシの下僕だって言ったわよね?」

 吉岡君には会議室に来るよう、既に申し伝えてある。

 嫌だとは言わせないわよ?

 生徒の個人情報が詰まったファイルを確認する。

 年齢、身長、体重、それから経歴。

 どれも申し分ない。

 一番肝心な『独身』の部分もクリアしてるし。

 へぇ、前職はファミレスのアルバイト店員だったんだ。それがどうして警察官になろうなんて考えたのかしらね?

 ノックの音。

 どうぞ、と応じると、相変わらずやや怯えた様子の彼が入ってくる。

「悪いわね、せっかくの自由時間なのに」

 いえ、と彼は救いを求めるかのように彰ちゃんの方ばかりを見つめながら、不安げな表情でパイプ椅子に腰かける。

 まずはリラックスしてもらうために雑談をいくらか振る。

 おしゃべりは決して嫌いじゃないみたい。

 ふんふん。元は東京生まれ、東京育ちだけど、お父さんはサラリーマンで定年間際に広島支社へ左遷……。

 左遷って何よ、広島は中四国で一番の大都市よ!?

 自立するお金も勇気もなかったから、そのまま親にくっついてこっちに来た?

 どうせ就職するなら公務員って小さい頃から決めていて、あちこち受験したところ、たまたま県警が拾ってくれて、家族も賛成してくれたから……?

 ちょっと……あまりにも消極的じゃない?!

 そりゃ燃えるような熱意とか、ひたすら正義感に溢れて入学しました、っていうのも少しうっとおしいんだけどね。

 まぁいいわ。

 思考パターンは変えることができるのよ。

 今はビビりで引っ込み思案でも、その高い身体能力を上手く活用して、ゆくゆくはアタシの右腕となって、夜は……ごほごほんっ。

「昼間も少し訊いたけど、刑事になりたいんでしょ?」

「は、はい……」

「どうして刑事になりたいの?」

「そ、それは……あの……」

「いいのよ、正直なところを話してちょうだい。アタシなんてね、ただ単純にカッコいいからと思ったからなの」

 すると彼はホッとした顔を見せる。

「そうなんです!! 父親が刑事なんてカッコいいですよね?! やっぱり」

 ……え? 今、なんか耳に違和感が……。

「父親ってどういうこと? 独身でしょ」

 彰ちゃんが口を挟む。

 アタシが敢えてスルーしようと思ったところを、こいつは……!!

「あ、実は……今付き合ってる彼女が妊娠してるんです。ちょうど俺が卒業するころに産まれる予定で、そうしたら籍を入れようね、っていう話になってて……」

「……」

「……」

「俺、体力だけは自信あります。これから家族も増えることだし、一生懸命頑張っていい警官になります! どうぞ、よろしくお願いします!!」



「そりゃ、内縁関係じゃね……公式文書に記載はできませんよ」

 彰ちゃんが呟く。

 もう帰ろう。アタシ達は駐車場へ向かって歩いていた。

 涙が出てきた、いやマジで。

 同時に怒りも。

 わかってるのよ、誰に対して向ける訳にもいかない理不尽な怒りだって。

 でも、でもね……?!

「……ちょっと……いつまで笑ってんのよ……?」

「え? いや、僕、今は笑っていませんよ?!」

 八つ当たりしたっていいじゃない?

「若い頃のこと、身体で思い出させて欲しいのかしら?!」

 足を止め、彼の胸ぐらをつかむ。

「か、勘弁してください!! いくら僕がリバーシブル可能だからって、今は身も心も、周君のものですから!!」

「……浮気は男の甲斐性だって言うわよ……?」

「ダメですって!! マジで!!」

 本気で泣かなくてもいいじゃない。

 そんなにあの子のことが、好きなのね……。

 仕方ないわ。

「決めたわ……アタシ」

「な、何をですか?」

「アタシ、来年は警察学校の教官になる。でなければ、人事一課へ異動する!!」

「……それは、希望して叶うものでもないと思いますが……だいたい、そうなったら誰が特殊捜査班を指揮するんですか……?」

「そこはいいのよ。とにかく……」


 目指せ、風間公親かざまきみちかもしくは二渡真治ふたわたりしんじ!!


 まぁ、頑張ってください。


※『風間公親』→長岡弘樹氏著:「教場」 警察学校の教官

※『二渡真治』→横山秀夫氏著:「陰の季節」 人事課のエース


実は、次回作の前振りだったりします。


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