10. 腹黒姫と久家くん・2
「あ」
あたしは思わず声をあげてしまう。
あたしの声に反応して久家くんの肩がピクリと揺れた。
不審そうにこちらを伺う久家くんと目があう。
「あなた日日日好きなの?」
「え…?」
日日日とはあたしが気に入っている作家の一人でこの人の書くミステリー小説は隠れた名作と言われるほど素晴らしい作品だ。
何故隠れた名作なのかと言うと、この日日日の書く文章はとても難しくて、物語が進展する頃は半分近くの人が諦めると言われている。
あたしもこの人の小説には何度も辞書を片手に悪戦苦闘したほどだ。
「神城も日日日好きなのか…?」
「うん、好き。この人の書く世界観ったらたまらないよね!」
「……」
何故か黙られた。様子を伺うと久家くんはまさに「ポカーン」と言う効果音が聞こえるくらい驚いた様子であたしを見ている。
「?久家くん?」
あたしの呼び声に反応したようで、ビクン、と大きく久家くんが揺れそのまま彼は勢いよく椅子から立ち上がる。
余程勢いが良かったようで椅子は後ろに引かれただけでは済まず、ガターン!と盛大に倒れた。
あたしは驚きのあまり目が点になる。
でもそんなあたしを他所に久家くんは目をキラキラ光らせてこちらに向かってくる。
そしてあたしの両肩を彼の手でガシッと掴まれた。
「いいよな!日日日!俺はもう日日日の大ファンで特に今読んでる月下酔狂なんてたまらないんだ!!あ、月下酔狂読んだことあるか?これは主人公の坊さんがある一人の参拝者に出会って摩訶不思議な体験をする話なんだが相変わらずの難しい表現に全然ついていけなくて第一章なのに既に三回読み直しているところなんだ!だがようやく話の筋が見えてきたからそろそろ第二章にいこうとしているんだが、なんだか読むのが勿体無くてもう一回最初から読み直そうか悩んでいたんだよ!!」
今度はあたしが「ポカーン」とする番だ。
あたしが知る限り久家くんはこんな超絶に話をする程おしゃべりな人ではなかったとインプットしているけど、その評価も改めなければいけないかもしれない。
目の前にいる人はまるで子供のように無邪気に楽しそうに意気揚々としている。
あたしの驚いた表情に気づいた久家くんはばつが悪そうに後頭部をポリポリ掻いて困ったように黙り込んでしまった。
「…悪い。俺日日日の事になると周りが見えないみたいでつい…嫌な思いさせたな。」
そう言って彼は自分の席に戻ろうとするのであたしは慌てて彼の腕を掴んだ。
すると久家くんは驚いたようにこちらを振り返る。
「確かにビックリしたけど嫌だった訳じゃないよ!それにあたしも日日日好きだからこうやって話せるの嬉しいし!」
そう。驚いたのはそれまでの久家くんのイメージとは違っていたからで決して嫌だった訳ではない。
むしろ、イメージの久家くんより今の方が断然と印象は良い。
久家くんはあたしの言葉に安堵したようで、薄く微笑んだ。
それからと言うものあたしは久家くんと主に日日日の話題で盛り上がって時間が経っている事にも気づかず夢中でおしゃべりに花を咲かせるのだった。




