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46:beatae memoriae

悪魔の絵本8 力【逆】(カーネフェル編③)

https://ncode.syosetu.com/n7909ec/

17~23話と同じ頃の話になります。

不足部分はそちらも併せてご覧くださいませ。

 リフルは思う。自分の周りに上位カードがいない。比較的恵まれた者でも中間程度。純血のアニエス姫がここまで数術を使いこなせるとは本当に驚いた。トーラのように複雑な式は使えないが、元素の加護は厚い。かなりの上位カードであるのは間違いない。


「凄いと一言で言うのは失礼だろうか」


 人間は大地に生きる。土の元素とは、水同様人間と密接な関係にある。人は大地の上に暮らし、土の中に眠る。強かに生き残っていた王女らしい。気配を探るという点でも彼女の力は優れていた。

 

「ありがとうございます。ですが、こんなことができるようになったのは……最近なんですよ」


こちらは話し声、足音、呼吸がしない。情報数術とも違う、土壁や床から伝わる音を知る。リアルタイムに察知する逃走経路。


「次はこちらの道で良いだろうか? ええと、……姫? 何か異変でも?」

 

 時折立ち止まり、考え込む様子のお姫様。トントン拍子の脱走中にも関わらず、アニエス姫には懸念があったのだ。


「私たちが逃げるだけなら無視しても良いのですが……妙な音がします。存在いない空間から」

「城内の作りは記憶しているのですが、あの辺りに部屋は無いんです。私が遠征している内に、城に手を加えられた?」

「なるほど。それは怪しげだな。今回の元凶が潜んでいるなら無視はできないが……」 

「いえ……ですが、関係はあると思います。何人かいます。三人……四人? 苦しげな呼吸と……それから、綺麗なカーネフェル語。私たちじゃああはならない。セネトレア訛りもありません」


 憑依数術、第五公はカーネフェル人。息子エリアスの感染を知られたなら、戦況は覆る。風土病関係者が監禁されている可能性もある。


「……那由多様。立ち寄っても構いませんか?」

「構わないが……我々で、いけそうか?」


 今の私は色仕掛けとだまし討ちしかできない無能だぞ。言ってやったが彼女は頷く。そでさえあれば十分だと。

 

「心強いです。あの女が消えた今、ここは私の……私たち兄弟、セネトレイアの城です。この城で、ああいうことは許せません。知らないうちに、兄弟でもない者を勝手に増やされては迷惑ですもの」

「それは……急いだ方が良さそうだ。で、どこから行く?」

「これが一番早いです」


 アニエス姫はその場の床や壁に手で触れて……土の元素を震わせて道を切り開く。泥のよう柔らかくなった場所をすり抜け、通過後は元の堅さに戻る。人の気配を避けながら、隠し部屋への通路を最短距離で突き進む。


「この先、暗くなってます。足下お気をつけて」


 アニエス姫は通りかかった部屋からカンテラを奪い、暗い通路を先導。


「……本当に凄いな」

「この部屋です。後はお願いします。これで貴方の姿を見せれば……従わない男はいないはず」

「頑張るよ」

 

 まもなくたどり着いた先。問題の部屋は先客が既に開けていた。


「ほぅ……妾の居ぬ間に火遊びか? おかしいのぅ。この城の犬はすべて躾けてやったはずだが? 妾は悲しいのぉ。妾よりそんな小娘に魅了される者がおるとは」

「ご、誤解です陛下!! お、俺たちは別に……た、ただ見回りに来ただけで――……」

「そうか、ならば仕事に戻れ。これは妾の新しい玩具。勝手に触れるでないぞ? ああ、妾が遊ぶときは教えてやるから、こっそり除きに来るが良い」

「は、はいいいぃいいい!! ぜ。是非!!!!


 少し脅してやれば、先客達は震え上がった。それは死への恐怖か、この姿に魅入られてのことか。どちらもだろう。熱く見つめてやれば、いつもと何も変わらない。彼らは私の虜となった。


「……こちらです」


 寝台に寝かせられているのが、感染者か。男どもが逃げた後、件の病人を検める。複数人の気配とは、先ほどの男達だけではないのか。私が病人を診ている間も、アニエス姫は辺りの様子を警戒していた。


「なるほど。面倒なことになったな。解毒をしてやりたいが、材料と人員が足りない。早く合流したいところだが、この体では――……」


 元の身体であったなら、少しは治療ができたのに。目の前には風土病の進行が大分進んでいる……衰弱した様子の少女。暗がりでもわかる金色の髪……カーネフェルの人間だ。

 このタイミングで城に囚われているカーネフェル人。鍛えられた肉体に、女らしさを捨てた短い髪。聖十字関係者か、或いは。あの男は言っていたな。すでにカーネフェル軍が都に迫っていると。ならば彼女は奴にとっての切り札か?


「アニエス。君の力で彼らを逃」


 驚いた。こんな視線を向けられるのは久々だ。魅了することに慣れ、人の好意を奪う浅ましい私にとって。ただただ真っ直ぐな敵意。


(……“ラハイア”?)


 違う、彼じゃない。顔など全く似ていない。だというのに何故か。私は一瞬、その子に彼を重ねてしまった。似ているところなど、髪の色くらいだろうに。

 出会ったばかりの頃のあの視線。それをもっと鋭くしたそれは、物理的な刃と共に私の方へと向けられた。


「落ち着け、“カーネフェリア”。防音数術を其方が張っているなら話は別だが」


 間違いで殺されてはたまらない。彼女にならそれでもいいかと思わせる魅力は感じたが、敵で無いことは示さなくては。ここにはアニエス姫もいる。

 いや、要らぬ心配だった。純血の姫は、彼女の仲間一人を既に捕らえていた。取り押さえられた少年もまた金髪。続いて現れた少女は青髪の混血児。修道女姿から見てシャトランジア関係者。であればなおさら敵ではなかろう。


「形勢逆転、とまでは行かないが。これでドロー。少しは冷静に話し合う気になったか?」

「こ、これが落ち着いていられますか!? セネトレア女王!! お前が私に毒を盛ったというのに!!」

「……話していいか、アニエス姫。恐らく彼らも巻き込まれた口だ」

「ええ。那由多様」



 *



 奇妙なことだが、セネトレア城内でカーネフェル王ご一行様に出会うとは。情けなくも捕らえられた少年がカーネフェル王アルドール。勇ましい少女がその妃ジャンヌ。そして護衛の《運命の輪》ルキフェル。

 アルドール王は簡単にこちらの言葉を信じるとはなんとも危うい。それとも、真実を見極める目を持っているのか。


(しかし、何と言うか。王に会うのはこれで三人目だが……)


 私を殺した父様……タロック王。私なんかに魅了された阿呆のセネトレア王。……そしてこの子がカーネフェル王。王という者はどいつも我欲に生きると見せかけて、腹の底で何を企んでいるか分からぬ化け物だと思っていたが、この子は見透かすほどの底がない。少し様子を眺めるだけで、私ですら彼の感情や思考がほぼ理解できるのだ。ここにトーラがいたのなら、彼のすべてを読み取れたのだろう。

 しばらく彼らと情報を交換する内、アルドール王がそれだけの男ではないと気付いた。


 静かな深い青目の子。それは、捨て犬のような……子犬のような。寄る辺を失い、捕食者に怯えるひな鳥の目だ。その目の奥には、かすかな野生が眠っている。その火はまだ消えていない。迂闊に触れれば火傷する。鉄の奥に眠った炎。なるほど、眠れる獅子か。私の知る連中のような王の素質はあるかもしれない。そうなってほしくないとも思う。


(……贖罪の場か、ここは?)


 私が救えなかったラハイア。守ってやれなかったフォース。

 目の色はタロック人、カーネフェル人は異なるが。この子はなんだか、出会った頃のフォースに似てるな。それがリフルから見たカーネフェル王の第一印象だった。しかし、再会した頃のフォースにも近い。

 ただの少年が、公爵の番犬として処刑人になってしまったように。ただの少年が、王の椅子に縛り付けられている。

 無邪気で明るく裏表のなさそうな性格なのに、隠し事をしている。当然初対面の、こんな状況の相手に何から何まで話せるはずがないのは分かる。誰にも話せない悲しみ……罪の記憶を彼は抱えているのだと思った。

 そんな少年の傍にいるのが、運命の輪のシスター・ルキフェルと……聖十字上がりの王妃ジャンヌ。ジャンヌ妃はラハイアの大事な友であった女性。彼に託した願いを彼女に願うつもりはないが、見捨てるわけには行くまい。彼女の存在は、あいつにとっての心残りの一つだろう。


 カーネフェルは、姉様によほど酷いことをされたのだな。姉の身体に宿った私を見る、彼らの視線は敵意に満ちていた。それも対話を重ねれば、怒りを収め信じてくれるのだからおめでたい。彼らは根っからの善人か。とてもこのセネトレアで生きてはいけない悪人共の餌で肥やし。よくもまあ教会は、こんな王を勝たせようと思ったな。


 (いや、だからこそか)


 勝ち抜ける力は感じないが、勝ってほしいと思える相手だ。願いを託しても良い、よりよい世界を築いてくれると信じたくなる何かを彼らは持っている。ある意味理想の王で、虚構の王。彼を守り切れる者などこの世界に一人もいない。他の仲間とはぐれたそうだが、彼らは正直セネトレアから生きて帰れるかすら危うい。

 私は自身と組織のことで手一杯で、抱え込める状況ではない。ないのだが……見捨てる選択肢はもはや存在しなかった。

 だからだろう。留まることを選んでしまったのは。

 

 *



 リフルが通されたのは、セネトレア王都ベストバウアー南の関所。

 聖教会の暗部《運命の輪》、そして聖教会の長イグニス。ロセッタが仕えている相手。何度もその名は耳にした。金髪に金の瞳は“彼女”を彷彿とさせる美しさ。虎目石のトーラとは違い、彼の透き通る瞳は琥珀色にも近い。彼はどこまで見えているのか。

 生きていたラディウス。騎士との合流を図るカーネフェル王の前に立ち塞がった彼は、新たな神子……いや、教皇イグニスを名乗る者に仕えている。その彼が、本物かどうか見極める役目。部外者の自分がある意味相応しいと買って出た。


(もしもの場合、彼らでは手を汚せないだろう。カードとしても……適任だ)


 外見からも見て取れる。十中八九、混血の数術使い。接近戦が得意には見えないが、格闘は私も得意ではない。色に狂うようにも見えない。本当に、自分の身体がないことを今更悔いる日が来ようとは。やるしかないが、姉様のポテンシャルを私が発揮できる気がしない。しばし考え込む私に、向こうの方から話を切り出した。


「……どう、挨拶するべきでしょうか? 形式上、あの馬鹿みたいに跪いて差し上げましょうか?」

「それは確かに絵になりそうだ。だが中身は残念ながら男だからな。握手くらいでよいのでは? 私の証明にもなるからな」


 手袋を外し、カードを差し出すと……相手は酷く呆れた様子で、自身は手袋のままそれに応えた。


「大物なのか大馬鹿なのか。前者だと分からせていただきたいですね」 

「こんな姿で失礼イグニス聖下。お噂は兼々。初めましてと言うべきか……それとも、おまえは誰だと言うべきか?」

「どちらにせよ、貴方は私の言葉に従うしかありませんよ那由多殿下」


 さすがは先読みの神子、を名乗る者。“アルドール君”との約束もある。この者の正体を見極めたい。それは私の組織のためにも。 


「貴方が本物であれ偽物であれ、その立場であるのなら。一つ確認したいことがある」

「なんでしょうか? 私に応えられる範囲であれば」

「この審判は、本当に終わるのか? であるなら、交渉の内容も変わってくる」


 こちらを値踏みする目。探りを入れているのは互いにか。私の言葉に嘘がないかを見ているようだ。そこまで分かる、数術使いなのか。思考まで読めずとも、感情数は隠したところで丸見えか。多くが見えているとの前提で話を進めるべきだろう。ならば、嘘をつく必要も無い。互いの利を口にするまで。


「カードに選ばれた者はもうどうにもならないとして、できることなら終わりの日まで平穏に過ごさせてやりたい。うちの組織にはまだ幼い子どももいる。その代わり、タロックは其方に打たせてやる。その道ならしに、私や私の騎士共を使ってくれて良い」


 進軍が容易なように、先に内部に入り込み暗殺を行う。其方にとっても悪い話ではないはず。


「殿下ともあろうお方が、おかしなものですね。ご自身の組織や民への思いは結構。ですが貴方がカーネフェルに与する理由は何もない。僕らシャトランジアと手を組むならば別ですが」

「利害が一致している。それに同じ事では? シャトランジアとカーネフェルは同盟国なのだろう?」

「違いますよ。いえ、仕方の無いことでしょう。タロックからもシャトランジアからも距離を置いていた貴方はご存知ありませんか」


 彼の癖、というわけではないだろう。しかし、人の神経を逆なでするのが好きな御仁か。人の上に立つものらしかぬ振る舞いだ。少なくとも、これまで見てきた《運命の輪》が慕う相手……? その器たり得ない。まるで子どもだ。外見だけなら中身も十分相応しい。それでもこれが、本当に聖十字の神子? 聖教会の長なのか?


「貴方は。……“君”は、すべてが敵に見えているんだな。そんな相手と手を組みよい結果になると思えない。私の選択は時間の無駄であり、其方は交渉する気はないと判断してよろしいか?」

「いいえ。意味ならありますが、これは対等な取引ではない。貴方は“僕”に従わざるを得ない。貴方がどんなに美しくとも、僕には見えない。ただの数値が。おまえになど、誰が触れるものか」


 どういう訳か、この少年には魅了が効いていない。姉様の身体であっても、男であれば

逃れられないこの魅力。強く愛した相手がいても多少の迷いは生じる。

 信仰による強靱な精神? とてもそうとは思えない。彼の内側は既に別の感情でいっぱいなのだ。他の何かが入り込む余地がない。だから揺らぐことがない。多分そう……これは。この人物は、父様と同じ……“狂人”。その狂気を向ける相手が……


「ジャンヌにも呆れましたが、貴方もですか? カーネフェル王は、貴方の希望になり得ない。金髪だろうと、片目を抉ろうと、あの男はラハイアにはなれない」


 アルドールというあの少年に肩入れするな。これは脅しか。なんともわかりやすいことだ。探られたくない腹は、こちらに痛みでもって返す。否が応でも自身の手ですべてを動かしたい様子。こんなに余裕がない相手だったとは。


(まぁ。そうもなるのだろうな)


 この子が本当に“それ”ならば。そのカードに選ばれたというのなら、私以上の地獄を生き抜いてここにいるわけなのだから。駆け引きはこの辺までにしよう。いい加減本当に時間の無駄になる。だから言ってやることにした。


「驚いた。正体を隠すつもりもないわけか“道化師”」


 否定? 肯定? 違う。少年は開き直った。

 

「でしたら何か? 貴方ですら勝てないカードの前に、一人でノコノコ現れるとは愚かですね」

「私がそのつもりなら、とっくに貴方の命はないさ。私は既に願いを捨てているからな」


 殺せるタイミングはあった。そのための道具もあった。


「貴方と会った時、カーネフェル王がふざけて跪いたな。私の切り札を一つ、彼に渡しているとしたら?」

「つまり殿下の言い分は、貸しが一つそちらにあると?」

「悪い取引では無いはずだが? まぁ、先ほどの頼みの一つに、身重の少女がいる。混血と混血の間に子ができた」

「ば、馬鹿な……!? そんな話、聞いたこともない!」

「ああ。あり得ないことが起きている。其方側としても無視できない事例では?」

「……分かりました。すぐに保護を、いえ。護衛を送りましょう。その子はどちらに?」

「第三島アルタニア。公爵の庇護下にあるが……肝心の公爵が例の数術の被害に遭ってな。それで私もこのザマだ」

「はぁ……憑依数術が、この国で面倒ごとを引き起こしているのもよぉく分かりました。面倒ごとが片付くまで、僕も下手な遊びは出来ないってわけだ」

「それはなにより」


 名を奪い立場を奪い、窮屈そうな道化師。カーネフェル王を前にしなければ、一応の対話も成立する相手であるらしい。


「では……しばらく私が動けなくなる分、其方側に動いてほしい。これも正当な取引だろう?」


 私が今ここにいることは、この戦争がカーネフェル・シャトランジア陣営の勝利に繋がる。女王が元の身体に戻った時、容易く始末できるから。内心、カーネフェル王を憎く思っていようと、立場上……この者も戦争は自身と同盟国側の勝利で終わらせなければならない。


「まったく……良いご身分ですね。そんな情けない格好をしておいて」


 拘束された女王の身。それでも心は縛れない。指ひとつ動かさずに、他人を操る天性の女狐だと吐き捨てられた。褒め言葉だな。


「そうだ。ご協力いただいたことへの感謝に、一つ良いことをお知らせしますよ殿下」


 やられっぱなしは許せないと、返される嫌味。この子はどうにも手加減を知らない、熾烈なところがある。頼る相手を見つけられないまま生きてきたような鋭さ。しかし、発せられた言葉は聞き捨てならない内容だ。


「貴方がその身体となって受け取ったそのカード。それこそが彼の遺言であり、真実ですよ」


 私が隠し持つ、大アルカナのカード。それが見えていると言わんばかりに彼は言う。


「貴方がたが本物の神子イグニスだと信じていた者は、夢を操る。いえ、干渉できる。死の淵に見る夢と言う限定的ですけどね。貴方がラハイアに出会ったというのは、奴が作り出した美しく……悲しい夢です」


 すべてを諦め投げ出した、私が再び甦った理由を否定。それだけでも最悪で、心の乱れを隠し通すのも必死なのだが。相手はこちらの感情数の揺らぎだけでは満足しなかった。心当たりはないのだが、彼は私にも相当な恨みがあるのだろう。


「もう一つ、おまけでお伝えしましょう」  

「どうせ悪い話だろう。あまり聞きたくないのだが」

「まぁそう仰らずに。僕の部下……そしてもはや貴方の大事仲間に関わること。№21……ソフィアは奴が一番最後に助けた駒です」


 本当に嫌な言い方をする。ロセッタやアルドール王、彼にとっての本物かどうかならば判断できようが。広義の意味で本物偽物、どちらがどちらかなんて、もう一人を知らない私には判断しようがない。

 真相がどうあれ、両者は彼らをそれぞれの思惑で利用してきたのは確かである。


「彼女の絶望は、貴方への共感、理解となり……貴方にとっても彼女にとっても、容易く切り離せない。あなた方を縛り付ける楔に変わる。それは奴の計画。彼女が僕を裏切り貴方を選ぶようにするため。でも僕は、彼女の裏切りを許さない」


 私には、彼女に対する罪がある。属する場所が違っても、部外者とは思えない。もう仲間と心が認めてしまっている。どちらを偽で呼ぶかの判断が面倒だから教皇もとい現神子・前神子と呼んでみるが、……前神子イグニスは対道化師戦への布石を打っている。対する現神子イグニス=道化師は、道化師勝利を狙っている。

 カーネフェル王を勝たせたい前神子と、自身が勝ち残りたい現神子。その他大勢のカードは彼らの戦いに巻き込まれ利用されている駒に過ぎない。


「深く、偽の神子を盲信した彼女のことだ。真実を知れば、深く傷つき信仰は反転……誰より忠実な僕の手駒に変わる。もっとも、“僕”はそれでも構わない……しかし、それは“仲間”の最期は安らかなものに、という貴方の望みに反していますね?」


 助ける力を持ちながら……利用価値を最大限まで上げるため、救える者を敢えてその瞬間まで救わなかった。


「ロセッタを助けたのは貴方、その後あるタイミングで偽神子にその場を奪われ、入れ替わりに気付かず皆が騙されていた。それが今正された……が最も良いシナリオだな?」

「ええ。その方向で調整します。今僕と対立している部下達は、偽神子の洗脳が解けていないという判断です。セネトレア戦の間はそれでも良いですが、終結後は問題となってくるでしょう」

「それは別働隊の動きで結果がどうなるか、か」

「はい。そこに貴方がいたのなら、主体性のない連中は流されそうですしね。こちらに来ていただき助かりましたよ」

「聞くのも野暮だと思うが、そんなにあの子をいじめて楽しいか?」


 カーネフェル王のことを示唆するも、にこりと笑って流された。地雷を踏んだか。質問には答えずに、相手はこちらを見上げて言った。


「貴方だから話しますよ“リフル”様」


 彼の恨み言は止まらない。誰かに言いたくて、聞いてほしくて仕方なかった? ならば私はちょうど良いものだったろう。


「本当に、この世界におけるイグニスも神子の座も僕のもの。それを別人が奪ったために、本来救われその座に座るべき僕は、救われることがなかった。道化師になるまでの……Kである貴方を超える地獄の淵にい続けた」

「……だから誰より、勝者になる権利があると?」

「同じセネトレアにいたのに、貴方だって僕を救ってはくれなかったじゃないですか。貴方が優先したのは、精神の死よりも肉体の死。被害者の数。犠牲者がほんの一握りで、ことが露見し辛い事例への優先度は低かった。……違いますか?」


 彼は、私が取りこぼしたセネトレアの被害者。そして、ロセッタ同様……本当に救われたい瞬間に、救われなかった存在。そこが結びついたなら、なるほど彼女は絡め取られてしまう。そして最後の瞬間まで、彼女の傷は痛みを発し……救われることなく戦い続ける。


「……感心するよ。貴方は随分とセネトレア歴が長いようだ。本当に、見事な取引だ」


 化けの皮を剥がすつもりが、誘い込まれたのはこちらの方。色こそ違えど彼の目は、私がよく知るものだった。


「ひとつだけ、私からも言いたいことがあるのだが」

「どうぞ。どうせろくでもないことでしょうが」

「どうだろう? 貴方は私の大事な人と、同じ目をしているよ」

「それはそれは。最大限の侮辱をありがとうございます」

「ふふ、まぁそう嫌がらずに。個人的に、貴方のことが結構好きになったと言ったんだよ」

「……はぁ?」

「例え本体を取り戻しても、貴方は魅了できないことが分かった。だから結構好きだよ貴方の事は」


 もう既に、囚われている者の目だ。取り返しが付かない深い場所まで。


「どうせ、魅了される者のことも貴方は嫌いになれない癖に。人間ならなんでもいいんじゃないですか? 感心ですって? ……こちらも同じ言葉をお返ししますよ。まったく……切り札は数枚あったとしても、よくもまぁ僕相手に丸腰でそこまで言えたものです……よく、まだ人間を好きでいられますね」


 それが最後の捨て台詞か。軟禁部屋に取り残され、言われた言葉がぐるぐるくるくる甦る。一番利いたのは言うまでもない。


「それでも…………幸せな、夢だったよ」


 懐から取り出した、一枚のカード。これが彼の本当の最後の言葉なのだとしても。私はまだ、死ぬわけにはいかないのだ。

書きたかった伏線を少し掛けて満足です。しばらくカーネフェル編と同時進行ですが、また続き頑張ります。

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