第2話
第二章 【家族】
「今日はみんなでご飯を食べよう!」
翠がワクワクした目で四人を見る。
「お!何食べたい?」
「みんなと外で焼肉食べたい!」
四人が少し黙り込んだ。
「そんな暗い顔しないでよ!私逃げ出すようなことしないからさ!」
翠は黎の顔を覗き込んだ。
「私はね、みんなと一緒にご飯食べたいだけなの。それに何かあっても”黒架”の人たちが守ってくれるんでしょ?」
四人は少し驚いていた。
「やっぱ知ってたんだね。僕たちが”黒架”ってこと。」
湊が少し笑みを浮かべながら言った。
「もちろんよ。みんな有名人だもん。狙われたら、二度と生きて帰れないって!」
翠は四人にグッドポーズをしながら、笑顔で伝えた。
「いや、そこ笑顔で言うところじゃないだろ。」
魁斗が面白おかしく笑った。
翠は四人をゆっくり見回して、首を傾げた。
「そんな人たちが一緒にいてくれるなら心強いじゃない?」
「あぁ、俺たちはお前から離れるつもりは一切ない。」
黎は翠を真っ直ぐ見て伝えた。
「じゃあ大丈夫だね!むしろこんなイケメンを4人も連れて出歩いたら、女子からの視線が痛いかもな。」
翠はふざけて怯えるような素振りを見せた。
優雅が翠の頭を軽く撫でながら笑う。
「何があっても、僕たちが守るよ。」
翠はニコニコしながら優雅を見上げた。
優雅はその表情を見て胸を押さえた。
魁斗が呆れた顔で優雅を見ている。
「おい、イチャイチャする前に何食うか決めろよ。」
「うーん、そうだな。……やっぱ疲れた時には焼肉でしょ!」
「翠ちゃん疲れてるの、?」
湊が少し不安そうな顔をした。
「いやいや、疲れてるのはみんなよ。だって私のこと誘拐するためにたくさん準備してくれたんでしょ?その打ち上げ会……的な?」
「別に労われるようなことは何もない。」
黎は淡々と言ったが、口角が少しだけ上がっている。
「じゃあ焼肉に決定だな。」
魁斗が嬉しそうな声で言った。
「だね!早く行こう!」
湊がワクワクした様子で、腕をパタパタとしている。
「れっつごー!」
翠が片手を突き上げた。
「おー!」
合わせて優雅と湊が拳を突き上げた。
――お店に到着し、席に就こうとしたら……争いが始まった。
「おい!俺がこいつの隣だ。」
「違うよ?僕が隣だよ。」
翠が一瞬驚いたような顔をして、
「じゃんけんで決めなさいよ。」
そう言って面白おかしく笑った。
そうして四人による、翠の隣の席争奪じゃんけん大会が始まった。
「あ!私が真ん中座れば2人は座れるね〜。頑張って〜」
……が、始まったじゃんけん大会は一回戦目で呆気なく終わった。
勝ったのは黎と湊だった。
「やったね!」
湊は分かりやすく喜び、黎はどこか満足そうな顔をしている。
一方魁斗は自分の出した手をじっと見つめ、優雅は無表情になっている。
「お!れいれいとみなが隣だ!」
二人の動きが一瞬止まった。
「……れいれい、?」
黎がポカンとしたまま、呟いた。
「ん?そうだよ?黎だかられいれい、湊だからみな!」
「増やしたり、略したりって、文字数関係ないのかよ!」
手を見つめ終わった魁斗が、おかしく笑いながらツッコんだ。
「呼びやすさが大事なのさ!ってことで、かいちゃんとゆうくん!どうよ!」
翠が誇らしそうな顔で魁斗と優雅を見る。
「……まぁいいけどよ。」
「いいね!ゆうくんってたくさん呼んでね?」
魁斗は満更でもなさそうな顔で呟き、優雅は嬉しそうな顔で翠の顔を見つめた。
「もちろん!さ、お腹も空いたし、ご飯食べましょ〜。」
そう言い、翠はいつの間にか注文したお肉を焼き始めた。
途中、魁斗が焼いているお肉を全て焦がすという大失態を起こしたが、無事に全て食べ終わり、帰路についた。
「みんなよく食べるね。さすが成人男性。」
「逆に翠ちゃんは食べなさすぎだよ?明日ご飯作ってあげるから、たくさん食べてね?」
湊が心配そうに言った。
「本当に!?めっちゃ楽しみにしてるね!」
翠があまりに嬉しそうに言うものだから、湊はすごく笑顔になった。
「ってことは今日私が帰るのって、さっきまで一緒にいたお家でいいの?」
翠が不安そうな顔をしながら、四人に尋ねた。
「当たり前だろ。あそこは俺らの家だ。」
魁斗は翠の頭にポンと手を乗せて言った。
「でも私の荷物なんもないや。家に置きっぱなしだし…。」
「家戻ったら車出してあげるよ。荷物取りに行こう?」
優雅が翠の顔を覗き込み、優しく微笑んだ。
「え!いいの!取りに行きたい!」
――家についた後、優雅、魁斗、翠の三人で翠が住んでいた家に向かい、荷物を運び出した。
驚くほど荷物が少なく、積み込みはあっという間に終わったが、最後翠が少しコソコソしながら荷物を運ぶ姿が、優雅の目に入った。
「翠ちゃん、今何か隠した?」
「うん?なんも隠してないよ?どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。」
特に焦りもなかったから、それ以上追求するのをやめた。
「そっか。」
翠side
うおー!めっちゃ焦った!
絶対疑われたよね!?怖い怖い……。
けれど、そんな内心とは裏腹に、翠は平然とした顔を保ったままだった。
――家に戻ると、待っていた黎と湊が出迎えた。
「おかえり。」「遅い。」
「ただいまぁ。すぐ帰ってきたよ〜。」
荷物をみんなで翠の部屋に運び込んだ。
「みんなありがとう。みんなと住めるの楽しみ。これで家族だね!」
「そうだね、これで家族だね。」
湊がそう呟きながら、翠の頭に手をポンと置いた。
「疲れたぁ。みな〜私を抱きしめて〜。癒して〜。」
翠が両腕を広げ、湊を待った。
「もちろん!」
湊が嬉しそうな顔で翠に飛びついた。
翠は湊に抱きついたまま、ぐりぐりと額を押し付けた。
「……なんか急に眠くなってきた。」
小さく欠伸をしながら、翠は湊を見上げる。
「このまま私をベットまで運んで?」
キラキラした目で湊を見つめた。
「姫の仰せのままに。」
湊にお姫様抱っこをされながら部屋に向かう最中、翠は一日の疲れからか、すでに眠りについていた。
翠をベットに乗せた後、縁に座りながら、そっと翠の頭を撫でた。
「絶対話さないからね。」
少し不穏な笑みを見せながら、湊は翠の部屋を去った。
――その後は、毎日が驚くほど穏やかだった。
五人でご飯を食べて、くだらないことで笑って、眠くなるまで一緒に過ごす。
湊の料理を囲んで騒いだり、優雅と花を育てたり、魁斗と勝負ごとで張り合ったり、黎に構いすぎて呆れられたり。
そんな日々を過ごしているうちに、あっという間に一ヶ月が経っていた。
「今日もご飯おいしいね。みな毎日ありがとうだよ。」
口いっぱいにご飯を詰め込みながら翠が呟いた。
「いえいえだよ。そんなに口いっぱいに詰め込んで、喉詰まらせないでね?」
みんなが見守る中、翠はご飯を食べ終えた。
「今日さ、みんなでお風呂入ろう?」
何食わぬ顔で翠が聞いた。
「……え?」
四人は驚きのあまり、しばらく黙り込んだ。
「お風呂、入るの?――みんなで?」
口を開いたのは優雅だった。
「そうだよ。家族だもん!じゃあ先入ってるね!」
翠はそのまま浴室へ向かっていく。
四人は止めることもできず、ただ呆然とその背中を見送った。
——こうして、五人で風呂に入ることが決まった。
「あいつ、マジなのか……?」
「本当だと思うよ、まぁでも、それがやりたいことならいいんじゃないかな。」
「そうだね。じゃあ俺、翠ちゃんのパジャマ取ってくるよ。あの様子だと持ってなかったし。」
「だね、大丈夫かな、俺持つかなぁ……。」
優雅が翠のパジャマを取りに行き、他の四人は心の準備をしていた。
翠side
浴室に入った瞬間、翠はその場にしゃがみ込んだ。
「っ、やば……。」
顔が熱い。心臓がうるさい。
最近わかってきた。みんなといると、ずっとドキドキする。
抱きしめられると嬉しくて、名前を呼ばれるだけで胸が変になる。
この気持ちはなんなんだろう。
家族としてじゃなくて、もっと触れ合いたいと思ってしまった。
「……変なの。」
自分で言って、自分で少し笑った。
翠が体を洗い終え、湯船に浸かった頃、魁斗が洗面所から声をかけてきた。
「……おい、っ入るぞ?」
「はいはーい、お待ちしてましたぞよ。」
扉を開けた先に翠はいた。
四人はそれぞれ顔や耳先を赤くし、どこか落ち着かない様子を見せていた。
全身がくまなく鍛え上げられた長身の男四人が、お風呂前で萎縮している姿は、とても可愛らしい。
「早く洗ってこっちおいでー、一緒に浸かろー。」
翠はお風呂に入ったばかりの四人を催促した。
――四人が身体を洗い終え、恐る恐る湯船へ足を入れた。
「うわ、狭っ……。」
魁斗が眉を顰める。
「男五人で入るもんじゃないよねぇ。」
優雅が苦笑しながら肩を竦めた。
「でも楽しいね!」
翠だけは嬉しそうに笑っている。
湯気で視界がぼやける中、翠は当然のように黎の隣へ移動した。
「れいれい、もっと詰めて。」
「……近い。」
「家族なんだからいいでしょ?」
その言葉に、黎は押し黙る。
反論できないのをいいことに、翠はぴったり肩を寄せた。
「っ……。」
黎の喉が僅かに動く。
その様子を見て、優雅が吹き出した。
「黎くん、顔赤いよ。」
「うるさい。」
「え、れいれい照れてるの?」
翠は面白そうに黎の顔を覗き込む。
距離が近い。近すぎる。濡れた髪から雫が落ち、白い肌を滑っていく。
それなのに本人は全く無自覚だった。
「翠ちゃんさぁ、本当にそういうのわかってないよね。」
湊が困ったように笑う。
「ん?何が?」
「……いや、なんでもない。」
これ以上説明したら、自分たちが保たない。
魁斗は顔を逸らしながら、肩まで湯に沈んだ。
「お前らよく普通にしてられんな……。」
「え?全然普通じゃないよ?」
優雅が即答した。
「むしろ理性総動員。」
「僕も割と限界かも。」
湊までさらっと恐ろしいことを言う。
「限界?」
翠は不思議そうに首を傾げた。
その瞬間、湯の中で膝が軽く触れた。
びくり、と魁斗の肩が跳ねる。
「わっ、ごめん。」
翠は驚いて、慌てて身体を離そうとして——バランスを崩した。
次の瞬間、魁斗の腕にしがみつく形になった。
「っ!!?」
「かいちゃんあったかいね。」
無邪気な声だった。悪気なんて一切ない。
だからこそ、余計に危険だった。
「翠。」
不意に、黎が低い声で名前を呼んだ。
「んー?」
「お前、俺たちが男だって理解してるか?」
その問いに、翠はぱちぱちと瞬きをする。
「してるよ?」
「……なら少しは警戒しろ。」
低く押し殺した声が、僅かに震えていた。
けれど翠は、少し考え込むように視線を落としてから、小さく笑った。
「でも、みんななら怖くないもん。」
その一言に、空気が止まる。
翠は不思議そうに四人を見回した。
「……?」
「翠ちゃん。」
優雅が苦笑する。
「それ、男に言っちゃ駄目なやつ。」
「なんで?」
本当にわかっていない顔だった。
湊が額を押さえ、小さく息を吐く。
「無防備すぎるんだよ。」
低く落ちた声は、いつもよりずっと刺々しかった。
「無防備?」
翠は首を傾げたまま、湯船の中で黎へ身体を寄せた。
「でも、れいれいたち家族でしょ?」
柔らかい体温が腕に触れる。
「最近ね、みんなといると落ち着くのに、胸がドキドキするの。」
その瞬間。黎の手が皐の顎を掴んだ。
「……っ?」
次の瞬間、唇が重なる。
あまりにも突然で、頭が真っ白になる。
触れるだけじゃない。
深く、逃がさないみたいなキスだった。
熱い。息がうまくできない。
なのに——離れてほしくない。
「……っ、」
無意識だった。
気づけば翠は、黎の腕をぎゅっと掴んでいた。
離れないで、と縋るみたいに。
その瞬間、黎の目が僅かに揺れる。
「……は、っ」
苦しくなって小さく息を漏らした瞬間、黎が少しだけ唇を離した。
けれど離れたのはほんの数センチだけ。
至近距離で視線が絡む。
「お前、自分が何をしているのかわかっているのか?」
低く、静かな声だった。
怒っているわけでもない。
けれど、その声は妙に熱を孕んでいた。
翠はぼんやりした頭のまま、掴んだ腕を離せない。
「……だって。」
離れた瞬間、急に寂しくなった。
その感覚に、自分自身が一番驚いていた。
「れい……。」
名前を呼んだ瞬間。
黎の瞳が僅かに細まる。
「……煽るな。」
再び、深く唇が塞がれた。
「ん、……っ」
湯気の向こうで交わされるキスに、三人は完全に固まっていた。
「……いや、無理だろこれ。」
最初に声を漏らしたのは魁斗だった。
耳まで真っ赤にしながら、顔を覆う。
「目の前でやられるとか聞いてねぇんだけど!?」
「僕も聞いてない。」
湊は額を押さえながら、小さく息を吐いた。
優しい笑みは浮かべているのに、どこか余裕がない。
「翠ちゃん、本当に危機感ないなぁ……。」
けれど視線は逸らせなかった。
黎に腕を掴まれながら、必死に縋りつく翠の顔が、あまりにも無防備だったから。
「……あれ絶対わかってないよね。」
優雅が苦笑する。
「わかってたらあんな顔しねぇだろ。」
魁斗の喉がごくりと鳴る。
湯気で火照っているだけじゃない。
甘く掠れた声も、潤んだ瞳も、
全部が理性を削ってくる。
「黎くん、完全にスイッチ入っちゃってるね。」
優雅がぽつりと零した。
実際、普段の黎なら止まっていた。
けれど今は違う。
好きな女に、自分から腕を掴まれて、名前を呼ばれて、離れないでと縋るような顔をされた。
——あれで耐えられる男なんていない。
「……俺ら、持つと思う?」
湊の呟きに、
「無理。」
二人の声が綺麗に重なった。
――寝室へ入った瞬間、翠はベッドへ押し倒された。
「わ、。」
柔らかいシーツが沈む。
四人の熱が近い。お風呂とは違う。逃げ場がないくらい、近かった。
「……翠。」
名前を呼ばれる。
その声だけで、胸が熱くなる。
「怖くないか?」
黎が低く問う。
翠は少しだけ考えて、小さく首を横に振った。
「……怖くない。」
”だってみんな優しいから”
そう言おうとした瞬間、黎の指先がわずかに翠の動きを止め、そのまま唇が重なった。
指先が頬を撫でる。
触れられるたび、胸の奥がきゅうっと苦しくなる。
これが“好き”なんだろうか。
ぼんやり考えている間にも、
肩へ、首筋へ、優しく触れられていく。
「……っ、」
小さく声が漏れた瞬間、三人の空気が変わった。
「……翠ちゃん、それ反則。」
優雅が笑いながら額を押さえる。
「だから言っただろ、理性保たねぇって……。」
魁斗の声も少し掠れていた。
その熱に包まれながら、翠はゆっくり目を閉じる。
もっと知りたいと思った。
この苦しいくらい甘い感情を。
——彼らのことを。
「……っ、れい……。」
名前を呼ばれた瞬間、
黎の表情が僅かに歪む。
普段なら絶対崩さない顔だった。
「お前……。」
掠れた声で呟きながら、翠の腰を抱き寄せる。
深く触れられるたび、翠の喉から甘い声が漏れた。
「ぁ、っ……。」
その声に、
黎の理性が削られていく。
「……そんな声、出すな。」
「む、り……っ。」
翠が涙目で見上げる。
すると黎は堪えるみたいに眉を寄せ、額へ口づけた。
「ほんとに、お前は……。」
低い声が熱を帯びる。
余裕なんて、もうどこにも残っていなかった。
その熱がまだ残っているうちに、空気がゆっくりと移り変わった。
「……次は、俺か」
優雅が静かに笑う。
——優雅は、逃がす気のない手つきで翠を抱き寄せた。
「ほんと、困るね」
離したくないみたいに。
そう言いながらも、その手は一度も迷わなかった。
優雅が離れると、空気がわずかに緩んだ。
――そこへ、魁斗が肩をすくめる。
「……無理だろ、あれは。反則すぎる」
乱暴な言い方のわりに、触れる指先だけは妙に慎重だった。
翠が不意に魁斗へ抱きつく。
「かいちゃん、あったかいね」
「……っ。」
魁斗は顔を真っ赤にして悶える。
その無防備な反応に、理性が音を立てて削れていく。
——もう、止まれる空気ではなかった。
荒くなった呼吸だけが、静かな部屋に落ちていく。
……やがて魁斗は、乱暴に見えないくらいの手つきで翠の髪を整え、離れた。
――翠はふらつくみたいに湊へ寄りかかると、そのまま胸元へ額を預けた。
「……みな、落ち着く。」
その一言に、湊の呼吸がわずかに止まる。
湊が静かに顔を近づけ、深く唇を重ねた。
「っん、みな……。」
「その顔、可愛すぎる。」
湊がそう言って、翠を見つめる。
「可愛い……?」
「うん。そんな顔されたら、我慢できなくなる。」
まだ熱の残る空気の中で、湊だけがやわらかく笑っていた。
翠の寝顔を見下ろしながら、湊の指先がそっと翠の髪を梳く。
「寝ちゃったね。」
空気がわずかにほどけた。
「流石に初めてで4人も相手したら、疲れちゃうよね。」
優雅が小さく笑った。
ふと目を落とすと、翠がうっすら涙を浮かべている。
「……え。」
優雅の声に、三人も視線を向ける。
眠っているはずなのに、翠は苦しそうに眉を寄せていた。
「わた、し、も、、ふつ、うに、、、なれ、る、かな……。」
その寝言に、部屋の空気が止まった。
「……は?」
最初に反応したのは魁斗だった。
けれど続く言葉が、誰も出てこない。
さっきまで確かにあった熱が、静かに引いていく。
翠は眠ったまま、小さく眉を寄せていた。まるで、泣くのを堪えるみたいに。
「……なんだよ、それ。」
湊の声が、ひどく掠れる。
黎だけが何も言わない。
ただ静かに、翠の頬へ触れた。
その指先は、少しだけ震えていた。




