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普通になれない僕らへ  作者:
第一章【再会】

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第1話

第一章 【再会】

視界が滲むほど暑い日だった。

横断歩道の真ん中で、老人が倒れる。

クラクションが鳴り響く、だが誰も動かなかった。

アスファルトの熱気が、街全体をぼんやりと覆っている。

誰もが状況を理解するより先に、立ち尽くしていた。

——彼女を除いて。

躊躇いなく車道へ踏み込んだ彼女は、老人を庇うように抱き寄せ、そのまま歩道へ倒れ込んだ。

タイヤがアスファルトを擦る音が響く。

汗で濡れた髪が頬に張り付いていた。

荒い呼吸のまま、それでも彼女は「大丈夫ですか?」と優しく笑いかけ、老人の背中をさする。

どうしてか、その笑顔から目が離せない。

——そんな彼女を次に見たのは、依頼書の写真だった。

脳裏に、あの日の笑顔が過る。

心臓がドクドクと音を立てた。

“生捕りにしろ”と書かれたその紙を、今すぐ破り捨てたくなる。

しばらく無言のまま依頼書を睨みつけ、黎は小さく息を吐いた。

「はぁ。」

……こうなった以上、副官である優雅とも話をする必要がある。

「おい、次の依頼書だ。その女のことを調べておけ。」

黎は依頼書を机へ放り投げる。

「依頼は受ける。……だが、引き渡す気はない。」

優雅は目を瞬かせた。

「どういうこと?」

黎はハッとした。考えていたことが、そのまま口をついて出ていた。

しばらく黙ったまま、やがて口を開く。

……生け捕りにして、こちらで匿う。」

優雅が僅かに目を瞬かせた。

「……黎くん、それ本気で言ってる?」

「……。」

「依頼を無視してまで匿うなんて、らしくない。」

「……わからない。」

黎は小さく息を吐いた。

「だが、俺はその女に死んでほしくない」

自分でも理解できない感情だった。

それでも、続く言葉は自然と口をついて出る。

「……誰にも、殺されてほしくない」

優雅は驚きを隠せなかった。

黎がそんなことを口にする人間ではないと知っていたからだ。

けど次第に、その表情が面白そうに緩む。

「なるほどね。……黎くんそれさ、恋じゃない?」

「恋……?」

「うん。……少なくとも、僕はそうだった。」

優雅は依頼書の写真へ目を落とした。

しばらく眺めたあと、小さく笑う。

「……僕もこの子のこと好きだよ。殺したくないし、死んでほしくない。」

黎が目を見開く。耳の先がわずかに赤かった。

「お前も会ったことがあるのか。」

「うん、あるよ。あれは——」

優雅は静かに語り始めた。

――雨の強い夜だった。

任務を終えた帰り道。

連日続いた任務。その上、敵の増援まで現れ、想定以上に疲弊していた。

濡れた服が肌に張り付き、じわじわと体温を奪っていく。

人気のない路地へ入った瞬間、空気が変わる。

視線を上げれば、武装した男が数人、こちらを見て笑っていた。

任務の見落としか、それとも生き残りか。

どちらにせよ、このまま鉢合わせた状態で相手をするのは厳しい。

一度態勢を立て直そうと、小さく息を吐いて足を踏み出す。

——次の瞬間、濡れた地面に足を取られた。

体勢が崩れる。

男の一人が銃を構えた。

舌打ちする間もなかった。

「危ないよ。」

突然、知らない女性の声が響く。

気づけば、彼女は男の懐へ踏み込んでいた。

肘が鳩尾へ叩き込まれ、男の身体が崩れ落ちる。

間髪入れず、次の男の顎を蹴り上げた。

無駄のない動きだった。

水飛沫が跳ねる。

瞬きする間に武装した男たちは地面に倒れ込んでいた。

強い雨の中、彼女は気にした様子もなく振り返り、

「大丈夫?立てる?」

僕に手を差し伸べた。

その場に似つかわしくないほど、柔らかい笑顔で。

——その笑顔が、頭から離れなかった。

「……って感じかな。それから時間が経つにつれて、一目惚れだって気づいた感じだよ。」

優雅は肩を竦めて笑う。

「多分あの子、かなり強いよ。でも……、他の奴らに取られたくない。」

「あぁ。」

黎は少し考えて、優雅をじーっと見た。

「え、どうしたの??」

「……お前でもミスをすることがあるんだな。」

黎は少し驚いたように呟いた。

「んー、まあね。とりあえず2人にも説明かな。今回は組織の任務っていうより、俺たち個人の問題だし。」

その時、ドアをノックする音がした。

「黎くんと優雅くんいる?」

「丁度いい。入れ。」

扉を開けて湊と魁斗が部屋へ入ってくる。

「説明するから座れ。」

湊が不思議そうに首を傾げる。

しばらく考え込んだあと、はっとしたように魁斗を見た。

「……魁斗くん何かしたの?」

「なんで何かしてる前提なんだよ!なんもしてねぇよ!」

魁斗は少しムッとしたように眉を寄せた。

「おい。」

黎は二人を強く睨んだ。

「うるさい。」

黎は静かに依頼書を机へ置いた。

「次の任務についてだ。この女を生け捕りにしろという依頼が来ている。」

依頼書の写真を見た瞬間、湊と魁斗の表情が曇る。

「……は?なんでこいつが狙われてんだよ!」

魁斗が声を荒らげた。

「魁斗もこの女を知っているのか?」

「そ、それは…。」

魁斗は耳を真っ赤にした。

「お、俺の好きな女だよ。…1回しか会ったことねぇけど。」

他の三人が驚いたように目を向けた。

魁斗は恥ずかしそうに、三人から顔を背けた。

「魁斗くんもこの子好きなの!僕もだよ!」

湊が嬉しそうに笑う。

魁斗は目を一瞬丸くし、

「あ?お前も好きだと、?こいつを落とすのは俺だ。横から手を出すな。」

言葉を吐き捨て、湊を睨む。

「……嫌だよ?譲るわけないでしょ?」

湊は笑っている。だが目は全く笑っていなかった。

「うるさい。」

黎が低い声で二人を制する。

「全員この女が好きなら問題ない。俺たちはこの依頼を受ける。」

部屋の空気が静まった。

「……だが、引き渡さない。」

湊と魁斗が目を見開く。

「え、全員ってどういうこと、?優雅くんはまだしも、黎くんが……?それに……受けるの?」

「そうだ。残念ながら、この依頼者からの依頼を断れるほど、今の俺たちに権力はない。」

黎は淡々と告げる。

「そしてここにいる全員が、この女に惚れている。」

 沈黙が落ちた。

「優雅とも話した。この女を他の連中に奪われるのは不愉快、という意見で一致した。」

「そのためこちらで監禁して、周りの人間から隔離する。……異論はないな?」

黎が静かに視線を向ける。否定を許さない空気だった。

「俺は別にいいけどよ。こいつを落とすのは俺が先だからな。」

「翠ちゃんっていうんだ。綺麗な名前だなぁ。」

異例の事態にも関わらず、四人は素早く場所や道具を手配し始める。

そして翌日、彼らは翠を攫うために動き出した。


翠side

今日、私は誘拐された。……特に逃げるつもりもなかったけど。

「あのさ、今の状況わかってる?翠ちゃん。手錠かけられて、男4人に囲まれてるの。そんなに抵抗しても意味ないよ?」

私の顎を掴んで何か言ってくる。

「優雅くんずるいよ。翠ちゃんに触るのは順番って言ったでしょ?」

何の話をしているんだか…。

「おい。なに順番破ってんだ。次俺の番だろ!」

いや、ほんとなんなんだ。

「魁斗。うるさい、黙れ。」

あ、こっちに寄ってきた。

「おい。お前はこれからここで監禁させてもらう。」

……は?ちょっと待って。

なんでそんなめんどくさいことしてくるの。

「…どういうつもり?私あなたたちに監禁されるようなことしてないんだけど?あとさっきから思ってたけど、なんで私の名前知ってるの?」

「当たり前だ。これは依頼だからな、名前もその内だ。まぁ、これから監禁されるお前には、そんなこと知る必要もないが。」

「あー、依頼……ね。」

依頼ならなんで監禁、?

さっきから腕が固定されていて、足元には何か変なものが置いてある。……これは拷問器具、?にしては、小さいような。

それに、さっきからどうして普通に話をしてくれないのだろう。

「あのさ、普通に話せないの?こんな拘束とかしなくたって、普通に会話できるよ?それとこれ何?これから何をしようとしてるの?」

私の言葉を聞いて笑っている。

「翠ちゃん、ちょっと待ってよ。十分普通だよ?これ見たことないの?これはおもちゃだよ?気持ちよくなるための。」

気持ちよくなる…?薬物みたいななにかなの?

「何?私をどうするの?」

翠は四人を強く睨んだ。

四人は肩を震わせて、こちらを見る。

しばらくして口を開いた。

「は?わかんねーの?ちげぇよ。”そういうこと”をするんだよ。」

「”そういうこと”、?」

そういうこと……か。漫画で聞いた気がする。

「セ、セックスだよ…//」

耳が赤い……。

「……ねぇ、みんなは、私のこと……好きなの?」

空気が止まった。

四人とも、信じられないものを見るみたいな顔で私を見ている。

当然だ、自分でも飛躍した考えだと思う。

けれど”監禁する”、”離れられないように躾ける”なんて言葉を並べられたら、他に理由が思いつかなかった。

「それにセックスって、好きな人とするんじゃないの?」

「は……?何言ってんだ、お前。」

魁斗が顔を赤くしながら声を荒げる。

「そ、そんなわけねぇだろ!」

「魁斗くん。」

優雅が苦笑する。

「それ以上喋ると、逆に答え合わせだよ。」

「うるせぇ!」

二人のやり取りを見ながら、翠は首を傾げた。

「違うの?」

「……。」

黎は黙ったまま翠を見下ろしている。

その視線は冷たいのに、どこか困っているようにも見えた。


「好きでもない相手にそういうことするの?」

翠は素直な疑問を口にする。

「私、セックスは好きな人としかしないよ?漫画でもそうだったし。」

「漫画基準で話すな。」

「だってわからないもん。」

即答だった。

あまりに真っ直ぐで、悪意がない。

優雅が堪えきれず吹き出した。

「ははっ……翠ちゃん、本当に変わってるね。」

「変なのはそっちじゃない?」

翠は拘束された腕を軽く動かした。

次の瞬間。

――バキッ。

金属音が響いた。

「は……?」

魁斗が固まる。

翠は壊れた手錠を床に落としながら、きょとんとしていた。

「これ脆いね。」

「いやいやいや待って。」

優雅が引きつった笑みを浮かべる。

「強いのは知ってるけど……なんで素手で壊せるの?」

「え?普通じゃないの?」

「普通じゃねぇよ。」

魁斗は驚きのあまり、即座にツッコんだ。

翠はそのまま四人へ近づいた。

四人とも反射的に身構える。

けれど翠は、ただ不思議そうに彼らを見回した。

「そんなに私のこと好きなら、普通に仲良くなればいいのに。」

「仲良く?」

「うん。」

翠は当然みたいに頷く。

「ちゃんと好きって言って、思いが通じ合えば、監禁なんかよりもっと楽しく過ごせると思うんだけど。」

「……っ。」

魁斗が言葉を詰まらせる。

黎は小さく舌打ちをした。

「調子に乗るな。」

そう言って翠の腕を掴み、そのままベッドへ押し倒す。

だが次の瞬間には、視界が反転していた。

「……は?」

気づけば黎が下になっている。

翠は黎の上に跨ったまま、楽しそうに笑った。

「ねぇ、押し倒されるのってどんな気分?」

「お前……。」

「私、男の人が四人いるくらいじゃ怖がらないよ?」

周囲の三人は完全に黙り込んでいた。

「それで?」

翠は黎の顔を覗き込む。

「好きって言えないのに、無理矢理こんなことするんだ?」

翠は黎を覗き込んだまま、小さく首を傾げる。

「変なの。」

「……降りろ。」

「嫌。」

即答だった。

黎の眉間に皺が寄る。

「お前、状況わかって――」

最後まで言わせなかった。

翠は黎の服を掴むと、そのまま唇を重ねる。

一瞬、本当に一瞬だけ。

すぐに離れた翠は、何事もなかったみたいに笑った。

「……っ!?」

周囲の空気が凍る。

魁斗が固まり、優雅が目を見開き、湊は言葉を失っていた。

当の黎は、完全に思考停止している。

「ねぇ。」

翠は楽しそうに聞いた。

「こういうの、好きな人にするんでしょ?」

「お、お前……何して……。」

「だから聞いてるの。」

翠は真っ直ぐ黎を見る。

「私のこと好きなの?」

黎は答えられない。

その沈黙を見て、翠は少し不満そうに頬を膨らませた。

「好きって言ってよ。」

「……。」

「言えないの?」

翠が少し悲しそうな顔をしながら、笑って言う。

「……なぜそんなに言わせたがる。」

「……だって言葉にしないとわかんない。」

翠は不思議そうに首を傾けた。

「好きって”ここにいていい”ってことでしょ?」

黎はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。

「……好きだ。」

部屋の空気が止まる。

「あ、え……、ほんと?」

翠が目を丸くした。

「事実だ。隠す必要もないしな。おい、お前ら。」

黎は周りを見渡した。

三人は戸惑ったように顔を合わせた。

「……うん、翠ちゃんのこと大好きだよ!」

湊が笑顔で伝えた。

「僕も好きだよ。翠ちゃんのこと。」

優雅がニコッと笑っている。

「あぁ、俺もだよ……//」

魁斗の耳先が赤くなっている。

「おい。俺も……だと?」

黎が鋭い眼差しで、魁斗を睨みつけた。

「あー!もうっ!俺も好きだよ!」

魁斗は顔を真っ赤にして叫んだ。

それと同時に湊と優雅が、勢いよく耳を抑えた。

「ちょっと、魁斗くん声大きすぎ。」

「……っ。」

翠は口を詰まらせたが、徐々に表情が明るくなっていく。

「……え!みんな、本当!……私も大好きだよ!」

ニコッと笑いながら、四人に言った。

……守ってくれたあの日から、ずっと。

翠は俯き、優しく微笑みながら、心の中で呟いた。

四人は突然の翠からの告白についていけず、放心状態になっている。

――が、間髪入れず、翠が笑顔で話し始めた。

「じゃあ、これで私たち家族だね!」

全員が目を丸くした。突然の爆弾発言に動揺が隠せない。

口を開いたのは湊だった。

「え、家族……?」

「うん!家族だよ!」

翠は満遍の笑みで答えた。

「好きな人同士なら、家族になるんでしょ?みんなといると安心するし、毎日一緒にご飯食べたり、お風呂入ったりできるんだよ?……私、そういうの、みんなとならいいなって思ったの。……それに今より、たっくさん大事にできるから!」

唖然とした顔で立ち尽くしている。――誰一人として、会話についていけなかった。

「あれ……?違かった、?」

周りからの反応が一切なかった翠は、不安になって周りを見回した。

しばらくの沈黙の後、言葉を発したのは黎だった。

「俺たちのは、お前が思っているような意味じゃない。」

黎は真っ直ぐに翠を見る。

「家族みたいに大事とか、安心するとか、そんな綺麗なものではない。」

「……?」

「俺たちは、お前を女として見ている。」

翠が小さく瞬きをする。

「触れたい、欲しい、誰にも渡したくない……、そんな欲にまみれた好きだ。」

「……独占したいってこと?」

「あぁ。」

「よくわからない……。」

翠は首を傾げた。

「でも、嫌じゃない。」

その言葉に四人は、少しだけ安堵した。

翠は少し俯いたあと、おそるおそる口を開いた。

「でもさ。家族になるのは……だめ?」

「……っ。」

四人はしばらく黙り込んだ。

「家族になって、ご飯もお風呂も、ただいまとかおかえりも……みんなと一緒にやってみたいの。」

何も言えなかった。

――しばらくの沈黙の後、口を開いたのは湊だった。

「……いいんじゃないかな。」

そう言って三人を見回した。

「僕も、ちょっと家族にちょっと憧れてるから。……みんなもそうでしょ?」

「おい、湊。」

魁斗が暗い表情で言った。

湊は少しだけ俯いたあと、困ったように笑って話し始めた。

「それに、監禁するより、そっちの方が楽しそうじゃない?」

三人は少し考えたあと、少し諦めたかのように、

「……あぁ、そうだな。俺もいいと思う。」

魁斗が翠のことを真っ直ぐ見ながら言った。

「うん、賛成。家族になろ。」

優雅が翠のことを見つめながら、優しく笑った。

「そうだな。」

黎は淡々と告げた。

翠は目を丸くし、やがて輝かせた。

「……やった!みんなと家族だ!」

「あぁ。家族だ。」

黎が俯きながら笑っている。髪で顔が隠れているが、少しだけ口角が上がっているのがわかる。

「みんな〜!ありがと〜!」

そう言って、翠は四人に飛びついた。

四人は驚いてはいたが、しっかりと受け止め、それぞれが強く抱きしめた。

――こうして少し歪な家族が出来上がった。


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