番外編3 兄さんと義姉さん(予定)
王国軍が魔人バルロスを討伐したという知らせが届いた瞬間、周囲は喜びに包まれた。避難していた住民たちを街に帰せることになり、使用人たちも安堵の表情を浮かべていた。でも、兄さんだけは違った。
その報告を聞いたとき、兄さんはただじっと黙り込み、いつものように険しい顔で考え込んでいた。僕にもわかる。兄さんが本当に気にしているのは、バルロスの討伐ではなく、彼女――シェリーさんの安否だ。
避難民の手続きを手伝いながらも、僕は兄さんがどれほど苦しんでいるかを感じていた。落ち着かない様子で、外からの報せが届くたびに耳を立てている。兄さんは、待つことしかできない自分に苛立っているようだった。
ついにその時が訪れた。兄さんの元上官であるグラスフィールド大隊長が報告のために屋敷を訪れたのだ。本題と手続きを手早く済ませた後、兄さんはためらいながらも意を決して切り出した。
「……要請を受けて遅滞作戦を行っていたシェリー・フロストの安否をご存知ですか。」
大隊長は少し驚いた顔をしながら答えた。
「ああ、君は彼女の知り合いか。彼女は意識不明で軍の病院に入院している。全く、一人でバルロスに立ち向かうなんて、無茶をするものだ。『氷の魔女』らしくない行動だな。」
その言葉を聞いた途端、兄さんの表情が険しくなり、声を荒げた。
「……あなた方軍が、彼女にそれを強いたんでしょう!」
その迫力に、大隊長もたじろいだ様子で答えた。
「退役軍人とはいえ、そんなことを強制はできない。氷魔法使いとして住民の避難を手助けするよう要請はしたが、彼女があの場に残ったのは独断だったはずだ。」
兄さんは険しい表情のまま黙り込み、僕に目配せをした。意味を悟った僕は、そっと部屋を後にした。その後、兄さんと大隊長はしばらく話し込んでいたが、何を話したのかはわからない。ただ、その日の夕方、兄さんは静かに僕に言った。
「シェリーの病院がわかった。明日行ってくる。」
兄さんは翌日から、シェリーさんが入院している病院に通い詰めた。彼女はベッドの上で眠ったままだけれど、身体的な損傷はすでに回復しているという。ただ、魔力を使い果たしたために意識が戻らない状態だそうだ。
兄さんは毎日、こんこんと眠る彼女のベッドのそばに座り、じっとその顔を見ていた。僕も何度か付き添ったけれど、兄さんはほとんど言葉を発しなかった。ただその手をそっと握り、何かを語りかけているような仕草をしていた。
「兄さん、何を話しているの?」
そう聞くと、兄さんは少しだけ笑って答えた。
「研究の話だ。シェリーを起こすにはこれが一番効くだろう。」
その言葉が少しだけ寂しそうに聞こえたのは、気のせいではないと思う。
そしてついに、その日がやってきた。
シェリーさんが目を覚ましたという知らせが、屋敷に届いたのだ。それを聞いた兄さんは、驚くほどの速さで実験室を飛び出していった。
彼女が目を覚ました瞬間のことを、僕は知らない。兄さんが何を言ったのか、どんな顔をしていたのかもわからない。でも、その次の日、兄さんは彼女を連れて屋敷に戻ってきた。
シェリーさんは少し疲れた様子だったけれど、兄さんのそばで微笑んでいた。そして、兄さんの手がしっかりと華奢な彼女の手を握っているのを見て、僕は確信した。
この二人は、これからも一緒に歩んでいくんだ、と。
それから数日後、兄さんとシェリーさんは再び研究室にこもり始めた。以前と同じように、時には口論をし、時には頭を突き合わせて研究を進めている。その姿を見ていると、僕は心から安心する。
兄さんとシェリーさん、そして僕――この屋敷には、少しずつ幸せが戻ってきている。
僕の体調も良くなってきたし、兄さんの研究を少しずつ手伝えるようになればいいな、なんて思っている。兄さんと義姉さんーー予定ーーのそばで、僕ももっと強くなれる気がするから。
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後日談「兄さん、退院したその足で父さんと母さんに紹介したの!?外堀埋めるの早......」




