第93話 死者すら利用して
「なんだ?今の風魔法は……」
エムレバートは白い髭を撫でながら唖然とそう呟く。
「久しぶりね、ルイン君。相変わらず土弄りがお好きのようで安心しましたわ」
上空に現れたのは茶色い馬に、真っ白い鳥の羽を生やしたペガサス。そしてそれに横座りしているカトレアだった。
茶色い馬の背から生えている真っ白い羽が何ともアンマッチだ。
「滅殺の魔女……。王国の魔導隊から除名されたと聞いていたが、まさかこんな所で相まみえるとは……」
エムレバートの滅殺の魔女という言葉に動揺し始める帝国兵。それもそのはず。 元王国魔導隊筆頭である滅殺の魔女ことカトレア・ローズは大昔、先々代以上も前の王から使えていて、幾度となく周辺諸国と争ってきた化け物である。
「やかましい! 慌てるな! 滅殺の魔女だろうが何だろうが、我々の優位に変わりはない! 奴はワシが受け持つ。 皆は他の雑魚を狩れ」
エムレバートの言葉に落ち着きを取り戻していく帝国兵。エムレバートも長らく王国に使えていた将軍である。本職は魔法研究者だが、戦場に出ても数々の戦果を上げた実績は皇帝も信頼足りうるものだ。
「あら? しばらく見ない間に随分と頼もしくなったのね。 昔みたいに震えて命乞いしても良いのよ?」
「ひっひっひ! 強がりは止めてもらおうか! 見ろ! この戦力差を! ベルフィア兵が瀕死なのに対し、我々はまだまだ余力を残している! 命乞いをするのは貴様の方だ!」
カトレアは上空からゆっくりとルーナの元に降りていく。
「ルーナちゃん。よく頑張ったわ。あなたの活躍はフィンゼル様も認めてくれる。大丈夫。 あとは私に任せて」
カトレアはしゃがんでいるルーナの頭を優しくなでる。
「聞いているのか? 魔女よ。 貴様は今日ここで終わりなのだぞ? 投降するなら皇帝陛下に……」
「あらあら。投降を進めてくれるなんて随分とお優しいのね。でも大丈夫よ。 あなたこそ私と戦うのが怖いなら逃げても良いのよ?」
「しょ、将軍様?」
エムレバートの手は震えている。その異変に兵たちも気付く。
「ひっひっひ! ひーっひっひ! このワシが怯えているだと? 違う! 嬉しいんだよ! あの滅殺の魔女をこの手で葬れるのがな!」
歳をとり、目周りの筋力が衰え、小さくなったエムレバートの茶色い目が黄金色に輝きだす。
「黄金の目……。新しい魔法を開発したのかしら? それはともかく……こちらも兵の補充をしないとね」
「兵の補充など……。そんなものはもうどこにも……」
ヒルダが立ち上がりカトレアに申し訳なさそうに話す。
「あら、いるじゃない。そこらへんに沢山」
「え? そこらへんって……」
ヒルダは周りを見渡すが、いるのはボロボロのベルフィア兵と死体だけ……。
その時、上空から怪しい光が映った。ヒルダは上を向いて確認すると、そこには巨大な黒い魔法陣が描かれていた。こんな物を作れるのはただ一人……。
「偽りの聖母」
カトレアの魔法発動と共に魔法陣から骸骨の顔部分が現れる。それはとてつもなく大きく、骸骨の目の部分が赤く光っている。その骸骨の口から黒い霧が放出されると、あたり一面を包むように広がっていく。
黒い霧に晒されたベルフィアの死兵たちはまるで上から糸で操られているマリオネットのようにゆっくり立ち上がっていく。
死人が動き出した事実に帝国兵は後ずさり恐怖している。いや、それは帝国兵だけでなく、ベルフィアの兵たちも同様の反応だ。
「ひっひっひ! これはまさしく闇の禁忌魔法! こんなものまで扱えるとは! 全く素晴らしい!! これでこそというものだ!」
エムレバートは黄金の目を輝かしながら見入っている。
「カトレア様……これはいくら何でも戦死した者たちへの冒涜では……」
「なぜ? 死人への冒涜なんてそんなものはどうでもいいでしょ? 重要なのは今生きている私達。 生き延びるためには綺麗ごとなど言っていられないわ」
「ヒルダさん! 私もそう思います! 私は生きてやらなきゃいけないことが沢山あります! こんなところで死ぬくらいなら死人だって利用します!」
ルーナの目には先ほどの諦めていた絶望の色はなく、なんとしても生き抜くという強い意志が見て取れた。
「ヒルダさん、大事なのは人間の体ではなく魂です。 体なんて魂の入れ物に過ぎないのですよ。持ち主である魂が抜け去った入れ物をどう扱っても構わないでしょう?」
ヒルダはまだ納得いっていないのか、微妙な顔つきだが、この状況を打破するにはカトレアに任せるほかない。
「それでは、偽りの生者たちよ。お行きなさい」
カトレアの合図とともにアンデットと化したベルフィア兵たちは、帝国兵に突撃して行く。
また明日も二話投稿します!
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