第86話 決断
俺たちは皇太子のいる場所に向け前進する。しかし、両サイドから挟みこむ大量の帝国兵がそれを阻む。これだけ入り乱れると、魔法では味方を巻き込みかねないから安易には撃てない。
視界の端に帝国兵にやられそうな少年兵の姿を捕らえた。
俺は肩に背負っていた、二本の大剣の一本を抜き、敵兵目掛けて投げつける。その大剣は綺麗な弧を描き、少年兵を襲っていた帝国兵を切りつけ、俺の元へ戻る。
これはトルキンが研究に研究を重ね作った大剣型のブーメラン。その名もブレイド・エッジ。刃はミスリル性の希少金属でできていて、なんと言ってもこれには二種類の魔法が組み込まれている。
一つはこの武器を軽くする魔法。投擲用大剣でも使われていた物だ。二つ目は投げた物が持ち主の元へ帰ってくる魔法。これで投げた物をいちいち拾いに行かずに済むようになった。
ミスリル性の剣は、その魔力耐性の高さゆえに、魔制剣にするには相性が良くない。しかし、だからこそこの剣の価値は高い。頑丈で魔法耐性が高く、投げたら戻ってくる武器。最高だ。まぁ、トルキンには研究開発費用や、ミスリル本体の値段などでこの二年稼いだ金は溶かしてしまったが、それだけの成果はあると思っている。
しかし、帝国兵が中央軍にまで侵入し始めて前に上手く進めていない。マリアとルーナは大丈夫だろうか?
俺は左目に魔力を込める。すると視界が切り替わりマリアのものになる。
マリアの目に映っていたのは雲一つない広大な空。
えっ……? これ飛んでる―――?
かと思ったら次の瞬間には急降下する時に感じる、フワッとした心臓が浮く感覚と共に、地面に向けて真っ逆さまに落ちていく。
マリアは下にいた帝国兵の首を一撃で切り飛ばすと、その帝国兵が乗っていた馬に着地。次の標的に向かって馬を足蹴りにして空をかける。
周りのサポートなしに、次々と帝国兵の首を落としていくマリア。この『視覚共有』の魔法は対象者の見ている物を共有する魔法だ。その性質上、マリアの顔は見えないが、帝国兵の目に反射したマリアの顔は見ることが出来る。
マリアの顔は不気味に笑っており、まるで悪魔のようだった。そのマリアの姿で、俺はアバディンで一時期噂になった首狩りの悪魔を思い出した。結局事件の犯人は見つからず、あの後は被害者も増えなかったことから迷宮入りしていたが……いや……まさかな……。
とりあえず元気そうなマリアの事を考えることはやめよう。左側はスケルトンの対処に帝国も苦戦するはずなので余裕があるはずだ。問題は右側、ルーナだ。
俺は右目に魔力を込める。するとそこは、ベルフィア軍と帝国兵が熾烈な争いを繰り広
げていた。
あたりにはベルフィア兵と帝国兵の死体がところかしこに散らばっている。隣にいるヒルダの肩に大きな切り傷があることからも、その死闘ぶりがうかがえる。
ルーナも風魔法を纏わせた弓矢で帝国兵を葬ってはいるが、多勢に無勢。それでもまだギリギリ帝国兵を食い止めている様だ。
そんな中、鍔の長い三角帽子を被った老人が帝国兵の中から現れる。双頭の鷲が描かれている赤いマントを羽織っていることからおそらく将軍だろう。
その老人の周りに魔法陣が浮かび上がると、ベルフィア兵がいる大地が盛り上がり、地面が巨大な剣の形に隆起する。そして、その先端部分でベルフィア兵の腹が貫かれる。その隆起はベルフィア兵側でいたるところで起こっていく。
ルーナの弓を持っている手が震えているのが見える。これは当然武者震いなのではなく、恐怖による震えだ。
ルーナが周りを見渡すと、ギリギリ保っていた戦線は崩壊寸前。ベルフィア兵達の目にはあきらめの色が浮かんでいた。それだけ敵の将軍が強力なのだろう。
このまま放っておけば間違いなく右師団は崩壊。ルーナの命も危ない。だがそうはさせない。
俺は『視覚共有』の魔法をきり、右方面を見ると、天高くそびえたつ巨大な土の剣が何本も見えた。あそこか……。
俺は馬の進路を右にきろうと方向転換しようとするが―――
「お待ちください。どこに行くのですか?」
カトレアから待ったがかかる。
「右師団が危ない。今にも壊滅寸前だ。助けに行かないと……」
「バカなことを言わないで! 今は前に進む時でしょう!? あなたが皇太子を討たないと、ここで犠牲になった兵たちは無駄死になのよ!?」
いつも冷静なエマが声を荒げる。
確かにそうだ。この戦いは俺が皇太子を討たないと終わらないし、討つのが遅くなればなるほど犠牲者が増える。だがしかし、ここでルーナを見捨てるという選択肢は俺にはない。
俺が迷っていると、痺れを切らしたベルフが俺に話しかけてくる。
「ここで時間を使う余裕ありませんぞ! フィンゼル様! 決断を!」
ベルフが言う“決断“とは右師団を切り捨てる決断という意味だろうか?だとしたらそれは聞けない。
俺はその場にいる者の顔見る。ベルフの顔からは右は切り捨てるべきという考えがひしひしと伝わってくる。こいつに頼んでも駄目だな。エマに頼むのは論外。となると……。
「カトレア……頼めるか?」
何を頼むかはわざわざ言わない。カトレアには俺の意志が十分に伝わっている。
「しかし、フィンゼル様……」
カトレアは困ったように答える。
「頼む……!」
「……。分かりました。 何とかしましょう。 フィンゼル様 もしもの時は……」
俺が悲痛の顔で懇願すると。カトレアは了承してくれた。昔からカトレアは俺が真剣に頼むと結局は折れてくれる。
「分かっている。無理はしない」
俺がそう言うと安心したようにカトレアは右に進路をとり、ルーナの方に向かって行った。
しかし、俺の判断にベルフは不満顔だ。
「良かったのですか? 彼女の噂はワシも耳にしたことがあります。皇太子を討つのに必要な力だと思いますが……」
「そうだな。だがしょうがないだろ? 右を見捨てることはできない。それに、俺一人でも皇太子くらい討って見せるさ」
ルーナもそうだが、右師団が崩壊したら敵兵が一気に中央になだれ込んでくる。そうすれば前に進むのがどんどん遅れるだろう。
俺たちは遅れた分を取り戻すように、馬を前に走らせた。
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