第73話 騎士道
アバディン北側城壁の作戦会議室にヘストロアの騎士30名が集まり、この後の戦争について打ち合わせを行っていた。
帝国兵はもう目と鼻の先まで近づいている。一刻の猶予もない。
会議室の大きなテーブルには密偵に探らせた帝国軍の規模と兵種の数が事細かく書かれおり、騎士たちは厳しい顔つきで、その情報を見つめていた。
騎士の中でも一番最年長の男が口を開く
「向こうの魔導士の腕前によるが、これでは1週間持つか分からんな」
「いえ、防衛に専念すれば1か月は持ちます。それまでに王都からの援軍が駆けつけてくれれば十分に巻き返せます!」
最年長騎士の言葉を最年少の騎士ユージンが否定する。
「うーむ。シリウス、ギュンター、君達はどう見る?」
最年長の騎士はこの集まりでトップ2の実力者である二人に尋ねる。ここにいる誰もがこの二人は勇敢で経験もあり、戦闘に関してはたとえ王の守護者にさえも引けを取らない事を知っている。これは実績を見て知っているのではなく、この国防任務の4年間でその人となり、そして実際に目の当たりにして感じた評価だ。
「そうですな。私としては平野にでて迎え撃ちたいところです」
ギュンターから信じられない言葉が出た。アバディン北側の門を出たら、スカリアの森に入るまで広大な平野が広がっている。そこで迎え打つというのだ。
「ギュンター正気か? この兵力差だぞ? たちまち踏みつぶされてしまうぞ」
これは帝国側が攻めに来たいわば防衛戦である。
戦争とは基本的には防衛側が有利だ。攻撃は敵部隊の戦闘力の撃破に主眼が置かれるが、防衛側は攻撃を粉砕するだけで事足りる。
それだけでなく、この城壁にはバリスタや、魔力をたっぷり込めた魔道砲も設置してある。打って出る場合、仲間の兵に当たると危惧するなら、せっかくの兵器が使えなくなってしまう。
「俺もギュンターに賛成だ。これは打って出るべきだ」
騎士たちにどよめきが起きた。ギュンターに続いてシリウスまでも正気を疑う言動だ。
自分たちが信頼を寄せる騎士二人が常識から外れた答えを導きだしている。他の騎士たちは城壁に籠り籠城戦で戦うと思っていただけにその動揺は大きい。
「一体なぜだ? お前たちには帝国兵を破る手立てがあるのか?」
「逆だ。このまま籠城しても、帝国に突破されてしまう未来しか見えない」
アバディンの東側には海が、西には瘴気エリアがある。そこを30万の大群は抜けられない。
そして帝国は援軍が到着する前にアバディンを落としたいはず。そう判断するなら、帝国としては最速でここを落とす為、初めから全力で来るとギュンターもシリウスも考えていた。
そうなった場合、いくら籠城でこのアバディンが屈強な城壁を備えていたとしても、たちまち落とされる可能性が高い。それであれば自分が自由に戦える平野で戦った方がいいと二人は判断した。
もちろんこの兵力差。二人とも勝てるとは思っていない。籠城をしては剣が、槍が帝国兵に届かない。後の戦いの為、少しでも帝国兵を減らすための選択だ。
だが今ここでそれを言う必要はない。負けると分かっている戦いは兵の士気を下げかねない。
「私とシリウスが先陣を切ります。みなさんは前だけを見て、敵を切ることだけを考えて下さい」
ギュンターがもう作戦が決まったように話し始める。
今の言葉で察しいい騎士たちは気付いたようだ。何人かは意志が揺らいでいる騎士もいる。
最年長の騎士もその一人だ。ギュンターの言葉に待ったをかける。
「まっ、待ってくれギュンター! 籠城と言う手もあるだろう!? そっちは検討しなくていいのか!?」
もちろんギュンターもできるならそうしている。しかし、帝国側が様子を見てくれる保証はない。敵が全力で来ると、こちらが籠城をした場合、下手すれば何もできずに落とされる可能性もある。そして何より――
「密偵からの報告にあったエムレバート・ルインという人物。こいつがいる限り籠城は無理です」
「なっ、なぜだ?」
「彼は40年前から帝国の将軍でいるほどの猛者。それに加え触れた物を砂に変える魔法を扱います。彼の前では籠城は悪手になりかねません。ですが、逆に言えば、ルインさえ始末すれば籠城も出来るということ。しかし、此方が打って出ると知れば後ろに引く可能性があり、こじ開ける必要がありますが」
「そう……なのか……」
ギュンターの情報で気落ちする最年長騎士。しかし腐っても騎士だ。長年の経験もあるだろう。気落ちした次の瞬間に戦う戦士の顔になっていた。
それにしてもギュンターは思う。本当にここに坊ちゃま達がいなくて良かったと。
たしか2日後にはベルフィア次期当主としての決闘があったはず。今頃はもうアバディンからブリステンに向かっている最中だろう。
(悔いがあるとすれば坊ちゃまのベルフィア家当主になった姿を見れなかったことか。後はマリアの晴れ姿だな。マリアはメイドだしエマ様に正妻を譲ることにはなるが、マリアの事だ。それでも坊ちゃまと添い遂げるだろう。この最後の任務が終わったらアポダインのやつにマリアを最後まで面倒見れなかったことを謝らなければいけないな)
ギュンターが物思いにふけっていると、シリウスとユージンが近づいてくる。
「ギュンター、これが俺たちの最後の任務になりそうだな」
「そうだな。そういえばトスカナ教には、死んだらどんな人間も女神ディアナルナの身元に導かれ、夜空に浮かぶ星になるという話があるらしい。どうせならこの空を星で埋め尽くしてやろう」
「ほう、そんな話があるのか。しかし、これを埋め尽くすには30万ではいささか足りんな」
ギュンターとシリウスが笑いながら冗談を言い合っていると、ユージンが恐る恐る声を掛ける。
「なぜ諦めているんですか?」
「ん?」
「なぜ生きることを諦めているのですか!?」
どうやらユージンは最後の任務という言葉を生きることを放棄したと捕らえてしまったようだ。
ユージンの声はこの部屋に響き、部屋にいる騎士全員から注目を浴びてしまう。
シリウスはユージンに語りかける
「少年。いや、もう少年という歳ではないか。ユージン君、我々は別に死ぬために戦うのではない。君は騎士とはどういう存在か考えた事はあるか?」
「騎士とは主君に使える領地と民衆を守る誇り高い存在です」
ユージンは急に質問が飛んできたから驚いていたが、最後は自信満々に言い切った。
「ほう。それが君の騎士道か」
「どういうことでしょう?」
「いいか。ユージン君。騎士とは騎士道に生きる存在だ。その騎士道は一人一人違った形を持つ。例えば君は主君から、なんの罪もない人間を切れと命じられたら切るか?」
「切りません」
ユージンは即答した。
「そう。君は切らない。それは君の騎士道に反するからだ。だが切る騎士もいる。それは自らの騎士道に則ってのことだ。別にどちらが良い悪いの問題じゃない。騎士とはそういう存在ということだ」
「その騎士道と生きることを諦めることに関係があるんですか?」
「だから言っただろ? 我々は死ぬために戦うのではない。騎士道の為に戦うのだ。俺の騎士道はヘストロアの安泰だ。それが実現されるなら何人でも殺す。そしてここの防衛を成せばベルフィアは安泰し、次期ベルフィア当主になるであろうフィンゼル様とエマ様の結婚が成立すればヘストロアは益々安泰だ。俺はそれがなされれば死んでもいいとさえ思っている。
いいか、騎士にとって重要なのは騎士道だ。それがブレて、自分の信念を曲げた時、騎士は死ぬことになる。騎士の最後とは、命が燃え尽きた時に起こるんじゃない。騎士道に背いた時、自分の信念を曲げた時に起こるんだ。だからこの戦いで俺は全てを出す。ヘストロアの為に自分の全てを捧げる。その結果命を落とそうとも、それは本望だ。最後まで騎士道を全うする。それが騎士にとって一番重要なことなんだよ」
シリウスの熱い騎士道はユージンの、いや、ユージンだけではない。ここにいる騎士全員の胸を貫ぬき、戦いを恐れていた騎士、戦うか迷っていた騎士達はこの場からいなくなっていた。
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