第70話 ヘルドロード帝国
ヘルドロード帝国。帝都サンクト・プロヴェンの皇帝の城前にはおよそ300万人の人々が集まっていた。
今日は9月20日。このヘルドロード帝国の建国記念日である。建国記念日には、皇帝が挨拶するのが、帝国の習わしだ。
城のバルコニーからヘルドロード皇帝が姿を現す。もう齢50を超えているはずだが、その立ち姿は全く衰えていない。銀髪をオールバックにし、黒い軍服とマントを纏っている。軍服の上からでも分かる膨れ上がった筋肉は、徹底した軍国主義を皇帝自らが体現しているように見えた。
民衆はそんな皇帝の言葉を今か今かと待ち望む。
そして皇帝は口を開く。
「国民は全て平等だ」
拡声の魔法に乗り、皇帝の静かな、しかし重みのある声は300万人の耳に届く。
「性別も出身も種族も関係ない。他の国の王族だろうが貴族だろうが、等しく人間は平等なのだ。だが連邦や王国が敷いている特権階級制度は、その名の通り上位数パーセントの貴族という名の特権階級が平民から吸い上げた税で豪遊しているだけの屑どもの集まりだ。共和国もそう。一見平民に政治権を与え、傍から見れば平民による政治を行っているように見えるが、全くの嘘だ。実際には教皇を頂点とするトスカナ教会が全てを牛耳っており、教会の方針にそぐわない者を排除しているのだけのこと。
この三国の行い全てが不平等。不平等とはすなわち悪である。この国民の権利が全て平等なヘルドロード帝国だけが正義なのである!! そして正義とは悪を討つためにある!! この世界に蔓延する悪を打ち滅ぼし!! 全てを正しい形に戻す為に立ち上がるのだ!! 国民よ!! 全ては正義の為に!!!」
皇帝が右手を天高く掲げると民衆の声援で大地が揺れた。
――
「父上!演説おみごとでした!」
ヘルドロード皇帝が演説を終え、執務室に戻ると、一人の少年が皇帝を訪ねてきた。
その少年は銀髪に整った顔立ち、高貴な衣服を着ている。
「アドレイか……。なにようだ?」
アドレイ・ゴルべフ・ヘルドロード。皇帝の三男にあたる17歳である。
「父上、そろそろベンセレム王国攻略に乗り出すご予定ですよね?その大役私にお任せ下さいませんか?」
ヘルドロード皇帝はアドレイの目を見る。その透き通った自身に満ちた目は、かえってヘルドロード皇帝を不安にさせた。アドレイの考えている事を皇帝は手に取るように分かっていたからだ。
今ヘルドロード帝国には三人の皇子がいる。長男は連邦の攻略で、次男は共和国との交渉で一定の結果を出している。次なる皇帝の座に一番遠いのは、なにもなしえていないアドレイだ。
ヘルドロード帝国は皇帝とその妻、そして生まれた子供以外の特権はないに等しい。ゆえに代替わりが起きると、皇帝になれなかった兄弟たちを厄介事になる前に、殺すか追放するのが帝国の通例だ。そうなる未来が見えているから何としても手柄が欲しいはず。
皇帝はアドレイの能力を疑っているわけではない。それどころか、能力的には魔力量もさることながら、魔法理論の知識もあり、剣術の腕前も悪くなく、頭もいいと評価している。
だが自分の能力が高いあまり、周りを過小評価する傾向にある。それだけならまだいいが、手柄欲しさに焦ってミスをする可能性も十分ありえる話だ。しかし、ここでアドレイに任せなければ兄弟たちに遅れをとるばかり。そんな戦いは平等ではない。
「父上。そろそろこの国の財政も危ないはず。早く侵略し、他国から奪わなければ! 兄様達に任せていては手遅れになりますよ! 私が何とかして見せます!」
アドレイの言っている事は間違っていない。この国の財政は危ない。帝国の、いやヘルドロード皇帝の掲げる信条は国民の平等。しかし、これにはいくつか例外がある。それの一つが軍関係の人間である。
帝国国民の約45%は軍人だ。そしてこの軍人たちは納税の義務が生じない。この特権のおかげで兵の不足はないが、国民の45%が納税しなければ当然国は立ち行かない。だから代々侵略で奪ってきた。
しかし、15年前のウライク王国の併合を最後に、帝国は他の国を侵略できずにいる。それもそのはず。最後に残った3か国は非常に力がある国だ。容易く滅ぼせるような国ではない。
それでも一番攻めやすいのは王国だろう。ベンセレム王国は貴族の力が強く、戦争の時も纏まらずに、貴族で好き勝手戦う傾向にある。似たような体制のレーゼンバニア諸侯連邦は、それでも貴族間で兵を出し合い、貴族連盟軍を結成しているが、王国にそのような軍はない。強いて言えば、王国騎士団と王の守護者がそれにあたるだろうが、それはあくまでベンセレム王の軍隊であり、王国の為の軍隊ではない。そして王国の盾であるベルフィアさえ落とせれば、その時点で、莫大な利益が出るのも間違えない。
「父上はまだウライクやベラルン残党のレジスタンスの駆除に時間が掛るでしょう?私がその合間にベンセレムを落としてご覧に入れます」
これもアドレイの言う通り。
帝国は全て平等と謳っているが、その適応はあくまで帝国国民のみ。
侵略、併合された民は、圧迫された財政を補うために多くが奴隷化され強制労働を強いられる。そのため、帝国中に不穏分子は数多くいる。これは体内にいつ爆発するかも分からない爆弾を抱えているような物。こんなものを抱えて残りの強国と戦えるはずもない。先のベルフィアに侵攻された時も、ここを上手く利用されてしまい、共和国にいらぬ借りを作ってしまっていた。
皇帝はしばらく考えた後答えを出す。
「分かった。お前に任す。だが条件を付ける。決してベンセレム王国を攻略しようとするな。あくまでも目標はベルフィアのみ。それを肝に銘じておけ」
「はっ!」
アドレイは跪いて返事した。
おはようございます!今日の夜もまた投稿します!
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