これから続く幸せへ
後日談ですかね。久しぶりに、最初から最後まで主人公視点です。
二人に宝物ができました。
思えば、最初は婚約破棄から始まったこの屋敷での生活。
レイダスに求婚されたのは、昨日のことのようにも思えますし、もうずっと昔のことのようにも思えます。
何年経っても変わることのない景色。
緑に囲まれ、中央の噴水は、色とりどりの花々に飾り付けられています。
屋敷の自室から一望できるその庭園は、下に降りて実際に立ってみると、夏の訪れを伝える風が吹き、心地が良いです。
そんな中に、響き渡る大音響も変わっていない、けれどもいずれは聞けなくなってしまうであろう、日常の一部です。
「ぁーーーーーー!!!!」
聞きなれた大きな泣き声。どうやら娘がまたなにかしでかしたようです。
庭を駆けまわるのが大好きで、フレデリカさんにはいつも苦労をかけているそうな。
フレデリカさんのお子さんが、もうすぐ娘専属の世話係になるべく、この屋敷を訪れる予定ですが、もう心配で心配で。・・・・フレデリカさんのお子さんの方が、ですよ?娘に振り回されるわけですから。
大方今回も、どこかで転んだとか、悪くても、窓ガラスを割ってしまっただとか、そういうことでしょう。
まったくもう、しょうがない子です。まあ、好奇心旺盛な年頃ですし、そこが可愛くもあるのですが。
「ぅう・・・・うう」
「よしよーし。いいこいいこ」
「あらあら」
声の聞こえた方、つまりは美しき我が家の庭園の隅っこへ向かいます。
駆けつけると、すでに息子の姿。どうやら、娘は垂れ下がった木の枝に引っかかり、かすり傷を負ってしまったようで。それを、彼が頭なでなでで慰めているようです。
ついこの間まで、あなたが撫でられる側だったのにね・・・・なんて、息子の成長を愛おしんでみたりします。
微笑ましい光景に、頬を緩めていると、もうそこそこ長い付き合いになる侍女、フレデリカさんが頭を下げてきました。
「誠に申し訳ございません、奥様・・・・。どうやら、枝に引っかかって腕に傷ができてしまったらしくて。木の手入れを怠っていたようです」
もうすでに何度聞いたかわからないくらい聞いた口調で、いつも通りフレデリカさんが状況説明してくださいます。本当、娘がわんぱくすぎて、気苦労が絶えないですよね。いつもお疲れ様ですフレデリカさん。
娘が怪我をしたのは、目を離したフレデリカさんが悪い!なんて怒鳴りつけることも可能ではあるのでしょうが、うちの娘は注意して見ていてもいつの間にかどこかへ行ってしまいます。そんな透明人間のような子なので、きちんと見張っていたはずのフレデリカさんを責める気にはなりませんでした。
「いえいえ、大丈夫。これで少しは娘も懲りたでしょうし、フレデリカさんたちのせいではないですよ。でも、木の枝はやっぱり子供には危ないですし、少し手入れが必要なのは確かでしょうね」
「申し訳ございませんでした」
息子たちを真っ先に見つけてくれたフレデリカさんにひとまず下がってもらうと、いくらか落ち着いたらしい娘に話しかけます。
腕を見てみると、軽い切り傷。ほんのり血がにじんでいましたが、幸い傷も深くなさそうで跡も残らなそうです。よかったよかった。ひとまず安心。女の子の体に傷が残っては一大事ですから。
しゃがみこみ、娘の目線に合わせて言い聞かせるように言います。
「レミリー。これに懲りたら、変なところ入っちゃ駄目よ?もう、わんぱくなんだから」
「・・・・ごめんなさい。もうしない」
そういってまた庭を駆けまわったのは、今日で何回目でしょう。
どうせ次の日には忘れてまた変なところに入り込むに違いないのですが、あまり強く言っても怖がらせるばかりで、わかってもらえないでしょう。以前、やんわりと、でも確かに叱ったら、そのまま落ち込んでしまいましたし。まあ、翌日には、忘れてまた庭を駆けまわっていたのですが。勉強はかなりできる子なので、頭はいいはずなのに、生活面はおバカさんなんです。わんぱくな年頃だから体を動かしたい、というのもあるでしょうが。
いつか自分でわかってもらえる日が来るのを待ちましょう。小さいうちはあまり複雑な躾やらで縛り付けたくはありません。
「はい、許します。ちゃんと謝れることのはいいことです」
「うぅーっ」
よしよし、と息子がしていたのと同じように、その父譲りの綺麗な金髪を撫でてあげると、気持ちよさそうに呻きます。ああ、可愛いです。
ふと隣を見ると、物欲しそうな目で息子がこちらを見つめていました。正確には、娘の頭に乗った私の手を、ですが。
どうやら妹のことだけでなく自分も撫でろ、と目で訴えかけてきているようです。
確かに最近息子を撫でる機会がめっきり減ったように思います。娘にばかり手を焼いているから構ってもらえなくて嫉妬しているのかも。まだまだ甘えていたい年頃なのでしょうね。
ご要望通りその黒髪を撫でてあげれば、されるがまま目をつぶりました。あなただって、まだまだ可愛いからね・・・・?
「ルミアスもありがとうね。レミリーのこといい子いい子してくれて」
褒められたのがお気に召したのか、息子はやや興奮した様子で言いました。
「レミリ-はぼくがまもるんだー!かぞくはだいじにしなきゃなんだよ!」
フレデリカさんの入れ知恵でしょうか。正しく意味を理解しているかはわかりませんが、いい言葉を覚えましたね。偉い偉い。
「あら、よく知ってるのね。そうですよ、家族は大事にしなきゃ。本当に優しい子、誰に似たのかしら・・・・」
「さあ、誰でしょうね」
後ろから聞き慣れた優しげな声。ゆっくりと後ろを振り返ると、最愛の人が立っていました。
時刻はまだ昼時のはず。また職務をほっぽり出してこられたのかしら。まったく、困った人です。
「おとーさま!」「おとうさま!」
レイダスの姿を認めると、私には目もくれず、息子たちは彼の方へ駆けていきました。子供の無邪気さは時に残酷で寂しいです。
子供たちを独占されたような気持ちで、私が不服だという意思を込めた目で彼を見れば、にこやかに受け流されました。私のそんな目さえも、彼にとってはご褒美なようなのです。納得いきません。
まあ、それは置いておくとしましょう。
私は、先ほどの微笑ましい気持ちをレイダスと共有しようと、一部始終を説明しました。
「あなた。聞いてください、ルミアスが泣いていたレミリーをナデナデしていたんですよ。優しい子に育っています。本当に誰に似たのでしょうね?」
「さあ、誰でしょうね。それより、ルミアスばかり褒めてはレミリーが可哀そうですよ。こんなにも愛らしいというのに・・・・誰に似たのでしょうね?」
「さあ、誰でしょうね」
とぼけたような言葉の応酬。その後、互いに目配せし合います。
もうすでに、次に相手が言わんとすることがわかっているのです。
「「きっと、あなたにですよ」」
息を合わせたわけでもないのに一音一音完全に噛み合った答え合わせ。どうやら互いに考えることは同じなようです。
言い合って、そのまま笑いがこみあげてきました。
そのまま抑えることなく、笑い合います。
小さな宝物たちもまた、笑う私たちを見て、笑みをこぼしました。
庭の一角より響く、幸せそうな親子の声。
この笑い声は、いつまでも聞こえることでしょう。
それこそ、この幸せで温かい家庭が続く限り。
「私、とっても幸せです、あなた」
「私もですよ、ミーナ」
「ぼくもー!」「わたしもぉー!」
そんな我が家の温かなひと時。
その中で、私はこれから続く幸せへ思いを馳せるのでした。
長文注意です。読み飛ばしていただいて構いません。
これにて終わりです!ほんの短い期間でしたが、本作をお読みいただき、誠にありがとうございました。
本編よりも番外編の方が文量があったり、他者の視点から人物の性格を補完したりと、いろいろ歪で拙い本作でしたが、それでも応援して下さる方々がいらっしゃって、本当に嬉しく思います。
元々、イルミアナさんはもっとキツイ性格にするつもりだったんですよね。婚約破棄されて、やさぐれちゃったとか、そういう感じで。
でも、書いてたら彼女、勝手にどんどん真面目な子になっていくんですよね・・・・。キャラの一人歩きと言いますか、元々予定していた性格よりも、真面目で努力家な子、という性格の方がどんどん彼女のセリフが湧いてくるんですよ。
結果的に、考えていた話の流れを無理やりひん曲げて、今の形になりました。
ちょくちょくおまけみたいな小さい話書くかもしれません。あと、もしかしたら、娘を主人公にして新しく物語書くかもしれないです。
ともあれ、短い期間でしたが、応援ありがとうございました!