ホワイトハウスとボンゴレ・ロッソ(1)
「ホワイトハウスが、ポンコツでさ」
突然非日常的なワードが飛び込んできたので、私は聞き耳を立てた。
ここは、都内某所のお洒落な創作イタリアンである。黒城の頼み事を先生が受諾したあの出来事のあと、今日が私の二十八回目の誕生日だと言ったら、先生が飲みに誘ってくれた。「どうせ一緒に祝う男性もいないだろうから」と、失礼な枕詞を添えながら。図星なので、何も言えないが。
私としては、録り溜めた大河ドラマを見ながらシャンパンにピザのあと、半身浴をしながら戦国ものの人気漫画を読み返して孤独をごまかすという素晴らしき予定が入っていたのだが、職場の上司の誘いは断れない。まあ、管野先生は美味しいお店を知っているし、食事をおごるときだけは気前がいいので、謹んでお受けした。
その管野先生は、トイレで化粧直し中である。別に私と差し飲みなのだからどうでもいいだろうと思うが、先生はいついかなるときも完璧な状態でいないと気がすまないタチなのだ。恐らく五分は出てこないので(本当にトイレに行きたい人の迷惑だ)、私は斜め後ろの三人組の会話に聞き耳を立てた。
「まだ原稿上がってこないんでしょう?」
「そう。明日の昼までにもらえないと、俺徹夜だわ。もしくは、期日の延期。どっちもキツいんだけど。延期になったら、各方面に謝るの俺なんだから」
(???)
最初政治の話かなと思ったが、もしかしたらプレスとか、出版関係の人なのかもしれない。原稿が上がらない場合に、謝って済むのかは不明だが。観葉植物の影からこっそり見た目を確認すると、私と同世代のスーツを着た三人組だった。男一人に、女二人。全員シンプルなスーツに身を包んでいて、真面目そうな外見ではある。
「何、コソコソしてんのよ?」
気づくと、先生が席に戻ってきていた。一番時間のかかる、アイメイクは省略したようだ。
「あの三人、何者ですかね? ホワイトハウスとか、原稿が遅れたら徹夜とか言ってましたけど」
私は小声で、先生の見立てを聞いてみた。間にある背の高い「幸福の木」ことドラセナのおかげで、三人から私達は死角になっている。
管野先生は、細いグラスに入った泡の立ち上がる黄金の飲み物を一口のみ、ナッツを囓った。ちなみに、シャンパンではなくてジンジャーエールである。一升瓶を飲み干しそうな外見のくせに、期待はずれだ。
「何者って、裁判所の職員じゃないの。東京地方裁判所民事第五部の書記官。書類出しに行ったとき、会わなかった?」
なんと、推理するまでもなく、先生は知っていた。
「でも話題が、プレスっぽいですよ」
「原稿っていうのは、多分判決原稿のことよ。事前に書記官がチェックするの。ホワイトハウスは裁判官のあだ名」
「変化球なあだ名ですね」
「まあ、結果的にインパクトはあるわよね。氏名をただ英訳しただけなんだけど。東京地裁民事第五部の白舎裁判官。白い家だから、ホワイトハウス」
なるほど。
謎が解けたのでこれ以上聞き耳を立てる必要はないのだが、自分の仕事と接点がある人たちなので、会話の続きが気になる。先生がアクアパッツァに集中している間に、私は裁判所の皆様の会話に集中した。ちなみに私の前には、ボンゴレ・ロッソが提供されている。さきほど、ボンゴレ・ロッソとボンゴレ・ビアンコの、どちらがトマトソースだったかを先生に質問し、散々馬鹿にされたばかりである。ロッソが赤で、ビアンコが白なので、ボンゴレ・ロッソに決まっているだろうと。イタリア語を知らないくらいで、ディスられる筋合いはない。自分だってイタリア人の血は一滴も流れていない、真性の日本人のくせに。
手前に座っている女子のうち、髪の長い方がホワイトハウスこと白舎裁判官の印象を話し始めた。
「でも、なんか憎めないのよね、ホワイトハウス。優しいし、ピュアだし。この前派手な寝癖つけて遅刻してきたときは、キュンとしちゃった」
「わかる~」
「え? 女子って、ああいうのが好きなの? ほぼ「のび太」じゃん。ネクタイ結ぶのに五分くらいかかってたぞ。あれで結婚してなかったら、社会不適合者だね」
「まあ、担当になったらイライラするかもね。期日のブッキングとか多そうだし」
「そう、そう」
私はホワイトハウス裁判官を存じ上げないが、なんとなく好印象を持った。お人好しなポンコツとは、私と通じる属性だ。自分でお人好しというのもなんだが。
「でもああ見えて、あの期では次席で修習終えたらしいよ」
今度はショートカットの女性書記官の方が言った。ちなみに、二人とも背中を向けているので、顔は見えない。
「次席って、半端な武勇伝だな。誰だよ、首席」
奥に座っている、軽薄そうな男がおしぼりで指先を拭きながら言った。エビの殻を剥いていたので、手が汚れたらしい。
「首席はあれよ、ほら。あの、え~と、ホワイトハウス風に言えば、ブラックキャッスル」
髪長女子が声を潜めて言うと、
「ブラックキャッスル……。ああ、あのヤバ(、、)い(、)弁護士(、、、)」
男が半笑いで答えた。




