第8話「結果」
休日の午後。
机の上には真っ白な原稿用紙。
美咲はペンを握ったまま、十分以上動けずにいた。
「……描けない」
一本だけ線を引く。
違う。
消す。
もう一本引く。
また違う。
「ダメだぁ……」
ペンを机へ置く。
頭の中には次回作のアイデアがある。
主人公も。
ストーリーも。
なのに、形にならない。
原因は分かっていた。
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『集中力が著しく低下しています』
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「言わなくていい」
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『原因は新人賞の結果待ちです』
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「だから言わなくていいって!」
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『事実です』
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「便利な言葉だね、それ!」
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『便利です』
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「認めるんだ」
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美咲はスマホへ手を伸ばす。
メールアプリを開く。
更新。
何もない。
閉じる。
三十秒後。
また開く。
更新。
何もない。
「……」
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『本日二十一回目です』
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「数えないで」
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『二十二回目です』
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「今ので増えたじゃん!」
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『確認したためです』
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「細かい!」
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美咲はスマホを伏せる。
机へ突っ伏した。
「気にしないって決めたのに……」
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『気になっています』
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「うん」
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『非常に』
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「分かってる!」
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少しだけ笑ってしまう。
笑ったあと、ため息が漏れた。
気分転換しよう。
そう思い、美咲は机の引き出しを開けた。
中には今まで描いてきたネームが何冊も入っている。
一番上の一冊を手に取る。
「懐かしい……」
高校生の頃に描いた作品。
線は今より拙い。
背景もほとんどない。
それでも、描いていて楽しかった記憶だけは鮮明だった。
ページをめくる。
その下には大学時代の作品。
付箋には、それぞれ応募した新人賞の名前が書いてある。
「これもダメだったなぁ」
「これも」
「これも……」
気付けば苦笑いしていた。
何度落ちても。
何度悔しくても。
結局また描いていた。
「我ながらしつこいな」
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『諦めが悪いとも言います』
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「今そういうこと言う?」
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『長所です』
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美咲は目を丸くした。
「……今、褒めた?」
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『事実です』
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「またそれ」
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『諦めなかったため、今回も応募しました』
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美咲はネームをそっと閉じた。
確かにそうだ。
途中でやめていたら。
今回の作品も存在しなかった。
スマホが震えた。
ピコン。
「っ!」
反射的に掴む。
画面を見る。
宅配便のお届け予定。
「違うぅぅ!」
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『残念でした』
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「その言い方やめて!」
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スマホを机へ置く。
心臓の鼓動だけが無駄に速い。
数分後。
また通知音。
ピコン。
「……」
今度は見ない。
絶対に見ない。
どうせ広告だ。
そう思い込む。
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『確認しないのですか』
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「しない」
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『気になっています』
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「気になるけど!」
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『確認してください』
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「嫌」
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『なぜですか』
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「怖いから」
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部屋が静かになる。
ルナも何も言わない。
珍しい沈黙だった。
美咲はゆっくりとスマホを手に取る。
画面を見る。
---差出人---
新人賞運営事務局
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その文字を見た瞬間。
喉が鳴った。
「……」
タップできない。
落ちていたらまた最初からだ。
期待した分だけ傷付く。
だから怖い。
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『美咲』
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「……なに」
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『結果は開かなければ分かりません』
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「分かってる」
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『ですが』
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「うん」
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『開かなければ次へ進めません』
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その一言に背中を押された。
美咲は深呼吸を一つする。
そして。
メールを開いた。
ゆっくりスクロールする。
一行ずつ読む。
そして、ある文字で指が止まった。
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一次選考通過
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「……え」
思わず画面を顔へ近付ける。
もう一度読む。
もう一度。
もう一度。
見間違いじゃない。
「通っ……」
声が震える。
「通った……!」
椅子を勢いよく立ち上がる。
ガタンッ!
大きな音を立てて椅子が倒れた。
そんなことも気にならない。
「やった……!」
思わず部屋の中を歩き回る。
頬が熱い。
嬉しい。
「ルナ!」
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『はい』
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「通った!」
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『確認済みです』
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「だからそうじゃなくて!」
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笑ってしまう。
涙まで少し滲んできた。
スマホを胸に抱える。
何度も落選した。
もう無理かもしれないと思った夜もあった。
それでも。
描き続けてきた。
その努力が。
少しだけ報われた気がした。
「やっと……」
静かな部屋。
美咲はゆっくり椅子に座り直す。
興奮も少しずつ落ち着いていく。
その時だった。
頭の中に浮かんできたのは。
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『説明ではなく描写です』
『主人公が人間になりました』
『前回より17%向上しています』
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ルナの言葉だった。
嬉しい。
本当に嬉しい。
なのに。
胸の奥に、小さな引っ掛かりが残る。
美咲はスマホを見つめ、小さく呟いた。
「……ねぇ、ルナ」
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『はい』
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「これってさ」
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『はい』
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「私の力なのかな」
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ルナは答えなかった。
静かな部屋に、時計の音だけが響く。
美咲も、それ以上は何も言えなかった。
【第8話 終】




