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二つの襲撃事件

 事が起きたのは唐突だった。アルクトスマの首都の街並みを眺めながら、ゆっくり歩いていた時だった。いつのまにか周囲に街の住民の姿が消え、そして物陰や路地の裏から次々と武器を持った男女数十名が現れて、取り囲んでいた。

 即座にフランが俺のそばで剣を構え、兄ガルムも剣を抜いた。


「炎の魔女! レオナ・ヘスティア・アポロン姫殿下とお見受けする!」


 正面の建物の上、全身黒ずくめで、マフラーで顔を隠した背の高い……男らしき人物が叫んだ。

 (レオナ)の名前を呼んだ。フランの警戒心が強まる。


「私は暗殺者! あなたの命貰い受ける!」


「暗殺者だと? まさか“水の国”からか。周囲の奴らは仲間か」


「いいえ雇われた人間です」


 ガルムの隣にいる兵士が集団の中の一人を指差した。


「あそこにいる男、冒険者ギルドにたびたび出入りしている姿を見たことがあります。周りにいるのは金で雇われた者達です」


「だが屋根のアイツは暗殺者で間違いないのだろう?」


「それはまだ分かりません。暗殺者があんな堂々としますでしょうか。あれがパフォーマンスで、彼らを雇った本物の暗殺者はどこかに隠れている可能性があります。周囲の警戒は怠らず、特に動きが的確な奴を探してください。それが本物です」


「と、言われてもな。まあ探してみるが……そうだレオナ、“ライオンハート”を出せ」


「え? でも先ほど自身がそばにいれば抑制できると……巻き込んでしまう恐れがあります」


「巻き込んでいいんだよ。ピンチになったらこの場にいる全員焼き尽くす勢いでチカラを使え」


 冷や汗をかいて不適な笑みを浮かべるガルムからは確かな恐れの感情が見えたが、それでも俺に笑いかけて心配させないように振る舞っている。

 巻き込むつもりはない。だが、みんなを守るために使う。俺は念じて“ライオンハート”を出そうとした。

 だが、出ない。


「で、出ません!」


「なんだと?」


「あの宝石は念じなければ出てきません。つまり私は、お兄様達を巻き込んでしまうのを恐れているのです」


「そうか……相変わらず、優しい子だな。ルビー! レオナを守ることを最優先としろ! 俺たちが逃げる道を切り開くから、城まで逃げ込め!」


「……承知しました!」


 フランはガルムの身を案じて苦悩の表情を浮かべたが、すぐに頷いて了承した。他に兵士の中から5人が俺の警護に当たる。

 屋根のヤツが飛び降りてきた。ナイフを持ってそのまま俺めがけて落ちて来る。

 フランが割り込む。背の高い男が全体重をかけていたナイフを、片腕だけで持った剣で受け止めると、ナイフを砕きながら、空いた手で相手の顎を殴りつけて一撃で気絶させた。

 さっきまで彼が乗っていた建物の壁にぶつかり、顔を隠していたマフラーがズレる。出てきた顔を見て先ほどの兵士が言う。


「こいつも見たことある顔です。やはり雇われた人間のようです。暗殺者はどこかに隠れている。急いで城まで逃げてください!」


「……ちょっと待て。何か変だ」


 作戦通りフランが俺を守りながら城に逃げようとした。だがそれを、ガルムが止めてきた。


「何か違和感を覚える……そうだ、なぜコイツらは顔を隠していない? すぐに身元が割れると言うのに、この国にいながら王族を襲うなど、もしバレたら死刑では済まないのに……」


「ガルム殿下。もしかして“直感”ですか」


「ああ、父上譲りのな。怪しい……おい! レオナの馬はどこにいる!」


「え? わ、私のですか?」


「そうだ! お前の“ポラリス”は城の方か?」


「それは……」


 フランに目を向ける。俺は知らない。

 彼女はすぐに答えてくれた。


「ポラリスなら街の正門そばの馬房に預けてます! でもそれが何か……」


「なら街ん中からなら聞こえるな! 吹け! レオナ!」


「ふ、吹けって……⁉︎」


「口笛で呼ぶんだよ! 来て欲しいと想いを込めて吹けば、必ず来るはずだ!」


 そんな口笛知らない。

 だがガルムは何か確信を持って行っている。この場を切り抜ける方法なのか。

 しかし……何度口笛を試してみても、空気しか出ない。

 その間、囲んでいた襲撃者達は兵士達と戦っている。

 フランも、ガルムも戦い始めた。“ライオンハート”が出ない以上、俺ができるのは兄上から指示された口笛を吹くこと。


(馬……いや、ポラリス! 来てくれ!)


 何度試しても出ない。

 出て欲しいのに!な、慣れない別人の体だからなのか……⁉︎


「許せレオナ」


 え?

 後ろからガルムの声がしたと思ったら、背中を思いっきりど突かれた。フランの焦った悲鳴が聞こえる。

 吹きかけたところで背中から衝撃を受けて、空気が一気に窄めた口から出て行く。


「ピューーッ!」


 大きな口笛が街中に響き渡る。

 遠くから、地響きが近づいて来る。最後に大きな重い音が聞こえたかと思うと、屋根を飛び越えで巨大な赤い影が降ってきた。

 俺の目の前にそれは落ちてきた。

 真っ赤な体に、黒い立髪、人の倍以上の大きさだった。


「元々雪山のソリ引き輓馬だったが、父上が大層気に入って貰ってきたコイツは、見ての通りの巨体と、普通の騎馬よりも速度が出る脚を持っている。持久力もあるし、レオナのことをあっという間に城まで運んでくれるはずだ」


「の、乗るんですか……?」


「当たり前だろ? お前にしか懐いてないんだから、お前にしか乗れない。さあ」


 ガルムが馬に俺を乗せて、すぐに馬のケツを叩いた。だが巨馬“ポラリス”はびくとも動かない。それどころか周りの襲撃者のことを殺気を持って睨みつけていた。

 その目つきは剣の訓練をしていたアポロン王とそっくりだった。


「確かにこの馬なら……でも、兄上は? フランも! 兵士たちも!」


「俺たちなら平気だ。ルビーもそれでいいよな。悪いなお前の仕事を奪うような形になっちまって」


「い、いえ」


「大丈夫だ。お前も無事にここを切り抜けて城で再会しよう。さあ行け! 俺じゃコイツを動かせない。お前が走れと命令するしかない」


 ガルム……。

 俺は決意して馬の首後ろを撫でた。どうやって操るのか全くわからなかったから、進んで欲しいと言う気持ちを込めて撫でた。

 するとポラリスは顔を動かさず目だけをこちらに向けたかと思うと、いなないて、襲撃者達を跳ね飛ばしながら王城に向かって走り出した。


「は、速い!」


 振り落とされないようにしがみつくので精一杯だった。


 ヒュン———!


 頬を何かがかすめた。小さな傷ができて、頬から血が吹き出す。

 それに気づいたポラリスが止まって、一方向に顔を向けた。

 傷がついた頬に手を当てて血が出ていることに気づいて寒気が全身を貫く。恐怖と、困惑。混乱しそうな頭を無理やりポラリスが見ている方向に向ける。

 日の光が当たってキラッと何かが光った。遠くて、高い時計塔の上から誰かが光る物をこちらに向けていた。傷からして……ゆ、弓矢?


「ぶるる!」


「え?」


 パタン、パタンとポラリスが俺に気づかせるように尻尾を自分の尻に叩きつけていた。

 ……つ、掴めってことか?

 ポラリスを信じて尻尾を掴むと、強い力で引っ張られて、俺の小さくて細い体は掴んだ尻尾に持っていかれる。

 空中に体が投げ出される。ポラリスは走り出し、尻尾を掴んだ俺は引きずられる形で連れていかれる。揺れる尻尾に合わせて体が左右に振り回される。


「こ、これってもしかして……」


 王城の門前、門番達が騒いでいる声が聞こえた。振り回されて這々の体になっていた俺は、必死に声を出す。


「あ、あっちの騒ぎが大きい所で兄上と、フランが襲われてます……! 応援を!」


 門番達はすぐに詰所に連絡しに行き、兵士たちが大勢出て行った。


「姫様! 大丈夫ですか?」


 門番の一人が声をかけてくれた。

 地面に落とされた俺を抱き起こす。


「この馬に振り回されたのですか? やはり凶暴なんですね……」


「ち、違います。ポラリスは私を守ってくれたんです」


「守った? こんな目に遭わされたのにですか?」


「さっき時計塔のところから弓矢で狙われたんです」


 頬の傷を撫でながら説明する。

 ポラリスは時計塔の方をずっと睨みつけている。あそこからここは、城壁があってもう狙えない。それにもうあそこから狙撃者は逃げている頃だろう。


「揺れる尻尾に掴まらせることで弓矢の狙いをつけさせないようにしてくれたんです。それに左右に振ってくれたおかげで、地面に体が当たって怪我することはありませんでしたから」


「ぶるるん!」


 ポラリスが鼻を鳴らす。

 後はフランとガルム、それと兵士たちの無事を祈るだけだ。


(———! む、向こう(イザベル)側もピンチだ……)


△▼△▼△▼△▼

 水の国の第三王子エギルと街に出て、彼のイチオシというお店で食事をしていた。

 陽気な彼と、ギャルなリップルのおかげで楽しい食事ができていた。

 だが突然、エギルが苦しみ出して椅子から転がり落ちた。


「ぐ、ぐうう……!」


「エギル殿下っ⁉︎ そんな! まさか料理に毒が……⁉︎」


 ど、毒だって⁉︎

 で、でも確か俺らが食べる前にしっかり毒味はリップルと護衛の兵士達がやってくれたはずだ。毒が入っていたら先に彼女らが倒れていたはずだ。


「ち、違う……ぐ、こ、これは……睡眠薬、だ」


「睡眠薬?」


 確かにエギルの目元は今にも閉じそうになっている。

 眠らせるための薬を王子の料理に混入した人物がいる。だがだとしても、毒味の時に睡眠薬の効果が兵士に出るはず。

 ……。

 ………あれ、なら、薬を入れたのは兵士……?

 兵士たちに目を向けると全員立ったままだった。俺たちの周りを取り囲んだまま、リップルや俺のように王子に駆け寄るようなことはしていない。


「なんだ……ぶ、不気味な……」


「イザベル! 逃げるんだ!」


 エギルが力を振り絞って立ち上がり、俺とリップルを店の奥まで運んだ。兵士たちが慌て始めて追いかけて来る。

 奥の扉に俺たち二人を押し込めると、エギル自身は扉の外に残った。


「お、お兄様⁉︎ どうして⁉︎」


「エギル殿下!」


「行け……! お、俺はもう、眠ってしまう……! そこから先に裏道があるから、すぐに王城に逃げるんだ。いや、ダメだ……城までは、一本橋しかないから……はあ、はあ」


 え、エギル……!

 扉が開かない。向こう側からエギルが全体重を寄りかからせて、開かないように塞いでいるんだ。


「殿下……、姫様! 行きましょう! 姫の船“オアシス”なら安全です!」


「でも……」


「大丈夫です。兵士たちは決してエギル殿下を襲うことはしません。彼らは信頼できる……人たちですから。ただ、何かがおかしい。それを見つけるためにも、私たちはここから逃げなければならない!」


「見つける……! っ! え、エギルお兄様! 必ず戻ってきますから!」


「ふ……“ホエールハート”は、きっとお前を守ってくれるさ」


 青い宝石は出てこない。

 俺の心が落ち着いていないからだ。リップルに腕を引かれて、城の方角に連れていかれる。


「リップル! 船に行くんじゃ……!」


「海に行けば必ず乗れますよ!」


「え……?」


「大丈夫です、必ず連れて行きますから……ッ! あれは……」


 街に来た時民衆を集めた広場、その周りには三角屋根の建物が並んでいて、そしてその屋根の上に沢山の人影があった。


「うそ……何これ……」


「り、リップル……逃げられる?」


「……いいえ、切り抜けるしかありません」


 リップルが槍を構える。屋根の上から三人降りてきた。それらを槍の一振りで全員薙ぎ倒し、三人の後ろから隠れた状態で剣の攻撃を振り下ろしてくる相手も、隙なくしっかりと地面に叩き伏せた。


「お前ら! 何人たりとも姫様には触れさせはしない! 覚悟があるものだけがかかって来い!」


「———いいや、こっちは捨て身でね」


 真っ黒なマフラーで顔を隠した中背中肉の男が屋根の上から言って来た。ポケットに手を突っ込んで、ヤンキーっぽい感じ。


「そんなオドシに効果はないよ。命なんて惜しくないのさ」


 彼の言葉を合図にして次々に降りて来る。

 それらを次々に薙ぎ倒して行くリップル。彼女はとても強い。だが人数が多い。

 俺は“ホエールハート”をなんとか出せないかずっと試していた。だがうんともすんとも言わない。


「ぐあっ!」


 風を切る音がした。

 見ればリップルの槍を持っていた右手の甲から血が出ていた。槍を落としてしまう。

 今のは……弓矢か!

 飛んできたであろう方向を見るが、どこから射たれたのかわからない。背の高い建物が多い。

 リップルの元へ襲撃者達が襲いかかる。俺は彼女の前に立って、立ち塞がる。襲撃者達は足を止めない。


「ダメ———! 姫様ッ!!」


 リップルが背中に抱きついて無理やり自分よりも後ろに下がらせようとする。だが踏ん張って彼女を守る。

 襲撃者の持つ剣がギラリと光る。

 ゾッとして、目を瞑る。

 切られる———という瞬間、金属がぶつかる音がした。目を開けるとエギルが襲撃者の剣を横合いから弾き返していた。


「お、お兄様⁉︎」


「はあっ、はあっ! 無事かリップル! イザベルも、良かった……間に合った、か」


 彼は額から血を流していた。

 まさか自分から怪我をして無理やり睡魔を取り消したのか。それであの店からここまで助けにきてくれたんだ。

 さらに彼の護衛兵達が来て、俺たちを守る。


「貴様ら! これ以上の狼藉は第三王子エギルの名の下に許さん!」


 襲撃者達の動きが止まる。みんな怯えたように後退りを始めた。

 す、すごい……か、カッケェ……!


「っ! 弓矢⁉︎」


 だが弓矢の奴だけは狙撃をやめなかった。矢がエギルの顔の前を横切った。


「……やはり逃げろ! イザベル! 海に行けば“オアシス”が待ってるはずだ!」


「はい! 行きましょう姫様、ここは危険です!」


 リップルに担がれて海に一緒に飛び込んだ。

 空中に体が投げ出される。

 下を見れば岩肌に波打つ激しい海が待っている。


「え、え、え、えーッ⁉︎」


 絶叫がこだまする。

 海に落ちる、そう思ったがリップルは何かに着地した。彼女の履いている靴がゴトンと音を立てて、何かに乗った。


(……! この音、木製の板を歩くときの靴音?)


 家の中を新しい靴で試し歩きしてみると、ゴトゴトと音が鳴る。割と聞き慣れる音。

 目を開けてみると船の上にいた。

 見上げれば帆が風に当てられて暴れていた。


「ふ、船……⁉︎」


「フリゲートですよ。姫様の“オアシス”でしょう? まるで初めて見たような……」


「あ! でも弓矢に狙われる!」


 橋よりも下にある海面の位置なら、高いところからうち降ろして簡単に狙える。船に屋根はない。


「来た!」


 キラリと光り、矢が飛んでくる。

 俺を真っ直ぐ狙っている。


「大丈夫ですよ。だってこの船は楽園(オアシス)なんですから」


 飛んできた矢は、突風によって狙いが外れた。そのまま海にぽちゃんと落ちた。


「え……外れた……?」


「この船には妖精が宿ってるんですよ。姫様のことがだーいすきな妖精さんが」


「よ、よよ、妖精……?」


 そんなファンタジーな。

 あ、い、異世界だっけここ。

 それに何より、今目の前で起きた“奇跡”が証明している。弓矢が風によって防がられ、そして海に飛び込んだとき船なんてどこにも無かったのにいつのまにか俺たちは乗っていた。

 操縦している人が見当たらないから、勝手に動いて助けてくれたんだ。


「ほ、ほんとに……でも」


 俺はイザベル本人じゃないのに……。

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