4-3:ただ歌う事の何が罪だというのだろうか?
山来梨恋はずっとスポットライトに照らされたステージに憧れた。
始りは幼い頃にパパとママに連れられた、アイドルのステージだったと思う。
すっかりアイドルに魅了された梨恋は、帰ってくるなり雑誌を丸めて作ったマイクを握りしめ、ソファーの上に立ち、即席のステージで自分の歌を両親達に聞かせていた。
きっとあの日がアイドル山来梨恋の始りだった。
あの日から夢を忘れたことはなかった。中学生として勉学に励みながら、芸能事務所のオーディションもずっと受け続けてきた。
途中、イルノリアの地球侵略なんてあって、夢が頓挫しそうになった。
それこそ、現地人の生態調査サンプルとして彼らの宇宙船に拉致されたときは終わりを覚悟していた。
でも、梨恋の夢は終わらなかった。
むしろ、あの日のイルノリアとの出会いが、アイドルとしての始りだった。
イルノリアの地球侵略が終わり、人々が少しずつ日常を取り戻しつつあった初夏のある日。山来梨恋も無事に高校へ進学し、新生活になれ始めていたあの日。
少女は再会を果たした。かつて、地球軌道上に浮かぶ宇宙船で自分をモルモットのように扱っていた萌黄色の髪をもつ異星人と。
異星人は宇宙船で出会った時とそんなに変わりは無かった。
唯一の変化点は、負傷した左目を隠すための眼帯をつけている事ぐらいだった。
イルノリアの彼は、今度は梨恋を拉致することはなかった。
その代わりに「お前の夢は何だ」と奇妙な問いかけをぶつけてきた。
夢なんて、子供の頃から何も変わっていない。
「アイドルになる事、そして、リコの歌を世界中のみんなに届けること」
かつてこの地球の大半を支配した宇宙人を前にしても、山来梨恋は自分の夢に嘘をつかなかった。
まっすぐに宣言すると、眼帯の彼は心底嬉しそうに唇を歪めていた。
そこから先は、実に恐ろしい位に話がとんとん拍子に進んでいた。中堅の芸能事務所への所属が決まったかと思えば、その勢いのまますぐにインディーズレーベルでCDデビュー。
売り込み期間のため、CDショップやフリーイベントでの歌唱も毎日のように行ってきた。
実に楽しかった。
スポットライトを浴びて、ファンの声援を受けて、自分の歌声を他人に届けられる瞬間、山来梨恋はまさに生を実感できた。
でも、このステージがイルノリアによって仕組まれた物だと知るのもそれほど時間がかからなかった。
デビューして半年ぐらい立つと一定数のファンもついたが、仲には過激な行為に走るファンもいた。
山来梨恋のスタッフに送り迎えされる彼女の姿をただ静かに見つめる瞳がいつしか現れていた。
とある現場で会場から直帰する事になったときも、山来梨恋を追う瞳は消えることはなかった。
独りになった帰り道で振り返れば、けして近寄らずしかし離れることもない薄汚れた男と視線があった。
アイドルへのストーキング行為であった。
本能的に恐怖を感じた梨恋はとっさに走りだした。
すると男も同じペースで走り出した。
つかず離れず一定の距離を保ちながら、男が梨恋を追いかけてくる。もうすぐ家にたどり着くというのに、男は消えない。
このままで、ストーカーに家の場所がばれてしまう。より一層の恐怖にかれた梨恋は、男から逃げるのを辞めた。
立ち止まり、振り返る。
やっぱりストーカーの男はそこにいた。
怖さの余り震え出しそうになる足腰に力を入れて、精一杯にストーカーに向かって叫んだ。
「もう、これ以上リコを追いかけないで。迷惑なんです!」
叫んだところで何かが変わるなんて梨恋は思っていなかった。
しかし、現実は動き出した。
山来梨恋の想いに呼応するように、ストーカーの男にとりついていた影が蠢き、ストーカーを飲み込んだのだ。
影に飲み込まれた男は、まるでブラックホールに飲み込まれてしまったかのようにぽっかりとその存在をこの世界から消してしまっていた。
何か起きたか分からずに、虚空となった空間を眺めて続けている山来梨恋。
だが、そんな彼女を賞賛するかのように拍手が送られる。
見れば、左目に眼帯をした萌黄色の髪をもつ彼が、満足げな笑みを浮かべながら手を叩いていた。
そして、彼は全てを語った。
山来梨恋が見た影の名前はシャドーイーターであり、彼女の歌はシャドーイーターを引き寄せるのだと。
山来梨恋の歌を聞いた者は、シャドーイーターに感染する。
シャドーイーターに感染した者が、山来梨恋へ危害を加えたり、彼女を罵倒したり、彼女に不利益となる行動を起こせばシャドーイーターによって喰われるという事を。
そして、左目に眼帯をし萌黄色の髪をもつ彼はシャドーイーターを操るための装置を開発している事を。
山来梨恋が芸能事務に所属出来たのも、所属後すぐにCDデビュー出来たのもすべてはイルノリアである彼が裏で手を引いていたからだ。
山来梨恋の歌を聴き、シャドーイーターの感染者を増やすことで、研究モルモットを増やし、シャドーイーターの操作術を発見する。
梨恋は、所詮そのための道具でしか無かったわけだ。
でも、それでも山来梨恋はよかった。
それで少女のアイドルになりたいという夢はかなえられたのだから。
少女は、自分を利用していた侵略異星人に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、リコをアイドルにしてくれて」
「お前変わっているな。真実を知ってもなお、まだ歌うつもりなのか?」
眼帯の彼の言葉に梨恋は小首を傾げる。
「どうして、リコが歌うのを辞めないといけないの? リコは歌っていたい。ステージで歌っていればそれだけで幸せなの。リコの歌を聞いた人が直接死ぬわけじゃないよね。その後、リコの歌を聞いた人の自らの行動の結果で、不幸になるかどうか決まるんだよね。だったら、誰かの見知らぬ罵倒のためにリコは、やっと叶えた自分の夢を犠牲にしたくないよ」
こうして、侵略宇宙人とアイドルの奇妙な関係が始まった。
アイドルはただただステージで歌うのみ。
ファンは輝くアイドルを応援する。
その声援と代償に影に住む魔物、シャドーイーターに感染することになる。
侵略者は静かに選りすぐる。
シャドーイーターを研究するためのモルモットを選別する。
魔法戦士達に気づかれないように闇に潜みながら虎視眈々と逆襲の時を待つ。
一気にシャドーイーターの感染者を増やせば、行方不明者の数が跳ね上がり魔法戦士達に気づかれてしまい可能性もあり、山来梨恋はメジャーデビューすることなくインディーズレーベルでの活躍にとどめていたが1年近く活動を行えばシャドーイーターに感染した人間も多くなる。
萌黄色の髪を持つ彼のあずかり知らない所で、シャドーイーターにより消失不明となる者も散発してきた。
そのため魔法戦士達も、シャドーイーターの存在をかぎつけ、動き回り始めたが、時は既に遅い。
山来梨恋の声音を解析した萌黄色の髪を持つ彼は、既にシャドーイーターを制御にある程度成功していた。後は、山来梨恋がアイドルとして歌い続けて、人間へのシャドーイーターへの感染者を増やしていけば良いだけだ。
スポットライトを浴びたステージの上で今日も少女は歌い続けている。
自らの夢を叶えるために、その歌声を人々へ届けている。
その結果が人類への侵略行為に繋がるとしても、少女は歌うのを辞められない。
だって、これは少女の夢だから。
自分の声がシャドーイーターを呼び起こせる物だと言われて、歌うのを辞められなかった。
ただ歌う事の何が罪だというのだろうか?
みんな歌っているのに、自分だけ歌を封じられるなんて、そんな理不尽な事、少女は認めることが出来なかった。




