4-4:魔法戦士はみんなを守りたいから
魔法戦士達が山来梨恋の歌を聞いておよそ二週間が過ぎた。
それまでの間、シャドーイーター達に目立った動きはなかった。
篠宮瑞希が仕入れている情報で言えば、対シャドーイーター対策会議で、山来梨恋の舞台への出演を禁止すべきだと高らかに語った国防省の高官がその瞬間に影に喰われてしまった位だ。
それ以降、国防省内では山来梨恋の名前を出すことすらタブーになりつつあるという。
「って事で、国防省や外的宇宙侵略者対策チームから切り離れたうちらが最後の希望って奴だね」
「オレも貴様も、影に浸食されているがな」
「もう、紅っちはそんな事言ってないでよ。この状況、流石にやばいっしょ。あ、おはようございます」
すれ違うスタッフ達に笑顔で朝の挨拶を送りながら金髪小麦肌の少女は語りかける。
二人がいるのは収容人数3万人を誇るアリーナ内の連絡通路だった。
スタッフや他のアイドル達が所狭しと通路内を駆け回っている。
まだ前日のゲネプロだというのにこの騒がしさに赤髪の少女は少しばかり閉口してしまいそうだった。
「だが、このステージを止めようとすればそれこそ、この影が黙っていないだろう」
「そうだけどさ、紅っち。明日やるのは全世界同時に開催される復興祭で、この会場の映像も全世界に中継されちゃうんだよ。そしたら、もう山来梨恋の声が世界中に拡がることになって、それこそシャドーイーターの拡販をとめられなくなっちゃうよ」
復興祭。
それは侵略民族:イルノリアの地球侵略から全世界レベルで壊滅的なダメージを受けつつも復興を続けていく今を、地球全体で祝おうというものであった。
日本のみではなく世界中で行われる一大イベントであり、各国の復興祭の映像は、世界中に共有され、日々復興の道を歩み続ける人々へエールを送る事になる。
日本で開催される復興祭の一つがこの会場で行われるアイドルステージであり、18時間ノンストップで有名・無名入り交じったアイドルが観客達に元気を届ける歌を披露していく。
この歌唱メンバーの中には、山来梨恋の名前も存在している。
外的宇宙侵略者対策チームの力で山来梨恋の出演を取り消そうとすれば、とりついた影が黙っていない。
シャドーイーターに感染する前であれば、手の打ちようもあったかもしれないが、今となっては進んでいく状況をただただ見守ることしかできない。
山来梨恋がこのステージに立つことが決まっていたから、萌黄色の髪をしたイルノリアはあのタイミングで真実をばらしたのだろう。
外的宇宙侵略者対策チームや魔法戦士をまずシャドーイーターに寄生させ動きを封じた上で、世界中にシャドーイーターをばらまく。
元地球侵略を企てていた赤髪の少女からしたら嫉妬をしてしまいそうなぐらい、彼の計画は順調に進んでいる。
おそらく彼にとって想定外であった事は、とある少女の出会いにより赤髪の少女も復興祭のステージに立つために準備をしていた事だ。
だが、同じステージに立つことになったといって、シャドーイーターに縛れている赤髪の彼女に打開策があるわけでもない。
与えられた楽屋のドアを開ける。
復興祭への参加アイドルが多いため、楽屋も共同だ。ここでも見知らぬアイドル達が所狭しと駆け回りゲネプロに向けた準備を進めている。
タイムテーブルを見れば、赤髪の少女を含む比較的無名なアイドル達の出演時間は早朝にセッティングされており、ゲネプロが行われるのも最初だった。
「あ、りっちゃん。おはよう」
「おはようだね、瑞希ちゃん。リコの番、すぐに来ちゃうから準備急がないと」
化粧台の前に座り自前でメイクを行っていた山来梨恋が二人に気づき小さく手招いている。
篠宮瑞希は元々無愛想な赤髪の少女に対しても初対面から遠慮なんて何も感じさせない親密さで接してきた強者である。
監視目的とはいえ山来梨恋とこの二週間、常に同じ現場にいたのだから篠宮瑞希という人間が仲良くならないはずがない。
「そうすね。外的宇宙侵略者対策チームの人達とこの後の進め方、相談していたら、ちょっと思った以上に時間喰われちゃったっすよ。もう、りっちゃんの声が全世界に届いたら、一大事だからね」
「でも、リコはこの子達に守られているから止められないよ」
「それも分かっているよ。だから、ノープランっしょ。それにりっちゃんが歌いたいって想いも聞いちゃったしね。ああ、うちはもう馬鹿だから、正解なんて分からないっすよ」
山来梨恋の隣に座り嘘偽りのない本音トークをしながら瑞希もメイク手伝っていく。
あんなあっけらかんとした少女だから、山来梨恋も心を開いてすぐに親友になれたのだろう。
もっとも国防省や外的宇宙侵略者対策チームの計画が全て対象相手に筒抜け状態になるのはいかがな物だと思うが、赤髪の少女はあえて指摘しないでいる。
壁に掛けられた時計を見れば秒針が静かに、だが確実に時を刻んでいく。
時は止まらないし、逆戻りもしない。
ただただ無慈悲に過ぎていくだけである。
山来梨恋の声が世界中に届き、シャドーイーターが拡散されるその瞬間に向かって。
薄暗い舞台袖から見るステージはスポットライトに照らされ、輝いていた。
今はステージでリハーサルを行っているのは5人組のアイドルユニットである。
メジャーデビュー前のグループであるが、個々人の躍動感にあふれたダンスは見ている側まで、思わず動き出さずには居れない力を与えてくれる。
まさしくこの復興祭のコンセプトに合致したアイドルグループであった。
壁に張り出されたタイムテーブルを確認すれば、このグループの次に書かれている名前は山来梨恋である。
「いよいよ、次はりっちゃんの番だね」
制服をアレンジしたかのようなアイドル衣装に身を包んだ金髪小麦肌の少女が赤髪の少女の横に立ち、同じようにタイムテーブルを見つめている。
山来梨恋が歌えば、シャドーイーターへの感染者が増える。
きっとこの会場にいるアイドルとスタッフ達は、今日のゲネプロで一人残らずシャドーイーターの感染者となってしまうことだろう。
止められない悲劇がすぐそこまで迫ってきている。
しかし、既にシャドーイーターに感染している少女達が下手に動けば自らが、影に喰われてしまうことなってしまう。
山来梨恋に舞台に立たないで欲しい。
歌わないで欲しい。
そう願っていても、既にシャドーイーターに感染した少女達には、その願いを口に出すことも許されない。
「お前良い顔しているな」
「何言っているの、紅っち。自分でもわかるよ、きっと今のうちは、悔しさに溢れた憎い顔している。こんなんじゃ、みんなを笑顔にするステージなんて立つ資格なんてないぐらいっしょ」
「だから、良い顔じゃないか。偽りなんてない心からの表情だよ。そのまま地球侵略ができそうな位だよ」
まだ本番ではないが、流石に一度に出演するアイドルの数が多いのだろう、薄暗い舞台袖でもスタッフ達が慌ただしく動き回っている。
誰も、ただ静かにタイムテーブルを見つめている二人のアイドルに向かって声を掛ける余裕なんてない。
「地球侵略なんての紅っちじゃないからしないよ。うちはさ、本当に未熟なんだよね。雑誌とかの写真撮影は得意だけど、歌とダンスはまあ、それなり。きっと外的宇宙侵略者対策チームの力が無かったら、オーディションに落ちまくってさ、アイドルとしてステージに立つことなんて無理だったんだろうな」
「そうだな。お前は歌もダンスも下手だ。それこそ、オレが前に出会ったアイドル志望のあいつの方が光るモノがあった位だ」
「う~~ん。紅っちは気持ちいい位にストレートに言ってくれるっすね。そのオブラートに包まない物言い。うち、そろそろMっ気が目覚めてきそう」
「ただの事実だ」
「ほんとう、優しさないっすよ………。でも、その通りっす。うちは、未熟ながらも魔法戦士の素質があった。だから、特別扱いしてもらえている。でも、球菜先輩のようにイルノリアから地球を守ったわけでもないし、シャドーイーターとの戦いでも現場には殆ど出れずに待機任務ばかりだっていうのに…………」
そっとタイムテーブルに触れる。
そこに書かれているのは櫻木紅の名前のみ。
外的宇宙侵略者対策チームの力がなけば、自分は復興祭のステージに立つことすら出来ない。
だというのに、今は金髪小麦肌の少女はステージ衣装に身を包みここにいる。
「この復興祭に出たいと思っていたアイドルは一杯いたっす。アイドルの本望は、見てくれるファンを元気にすること。だったら、この復興祭なんてまさにアイドルの晴れ舞台っしょ。この復興祭に出れずに涙した人をうちは何人も知っているっす。そんな舞台が悲劇に染まるなんてが分かっていて、何も出来ないのは、きっと罰が当たるっしょ」
ステージを照らして照明が落ち、舞台袖の闇もさらに一層深いモノとなっていく。
薄暗さの中、かつてこの地球を守り抜いた正義の魔法戦士のような信念と、決意と、覚悟を秘めた顔があった。
スタッフが照らしたペンライトを目印として黒いワンピースドレスに身を包み込んだアイドルが、二人の背後を歩き、ステージへ向かっている。
再びステージに光が戻って、山来梨恋が無人の観客席に向かって一礼をした。
ステージ監督の合図の元、伴奏が始まった瞬間、金髪小麦肌の少女は隣を見た。
赤髪の少女は何も言わず、顎でステージを示した。
心優しい先輩なら、こんな無謀なことを使用とする自分を魔法を使ってでも無理矢理に静止しようとしてくるかもしれなかったけど、元侵略者の彼女は全てを分かった上で、「行け」と示してくれた。
だから、もう躊躇うことはない。
この現場では篠宮瑞希が大好き人達が最高のステージを作り上げて、世界中を元気にしようとしているんだ。
そんな人達が輝く現場において、どうしようもないからって、大好きなみんながシャドーイーターに感染するのをみすみす見過ごすなんて出来るはずがない!!
篠宮瑞希は舞台袖に置かれていた予備のマイクを握りしめると、そのまま光り輝くステージに躍り出た。
突然の出来事にスタッフの誰もが篠宮瑞希を静止することが出来なかった。
既に歌い出しが始まろうというのに、突然の乱入者に山来瑞希も目を丸くしている。そんな友達の驚いた顔にしてやったりと満面の笑みを浮かべて、見習い魔法戦士は彼女の代わりに歌い始めた。
予想外の事態に観客席の後方側から舞台を見守っていた舞台監督が演出を一時止めようとしたが動けなかった。
ステージ上に立つ金髪小麦肌の少女、けして上手とは言えない歌声であるが、そこに確かな意志を感じだのだ。
嫌がらせでもない、ステージを乱そうとしている訳でもない、彼女はステージに立ち舞台を作っている。
魅せられた。
ゲネプロなんだから、いつくらでもやり直しがきく。
こんな馬鹿げたことすぐに音響を切れば終わる話だ。
周りにいたスタッフ達が指示を仰ぐように監督を見てくる。
そう、これはまだゲネプロだから失敗もまだ許される。なら、チャレンジしてみても良いではないか。
「続行だ。どうなるか、分からないが、このまま進めてみるぞ」
周りのスタッフに指示を出し、監督は舌なめずりをしながら、再びステージを見た。
突然の乱入者、篠宮瑞希によって舞台は占拠され、本来の主役である山来梨恋はまだ歌い出せずにいた。




