82.お館へもどろう
「わかりました」
突然ヒビキが話し出した。
「ヒビキ、どうしたのだ?」
領主様がびっくりして尋ねている。
アベルさんや私、娘っ子たちに執事さんもヒビキに注目する。
「え、だっていま女神様が『早く館へもどるのじゃ』って」
ヒビキの返答に、みんなで首をふりふり。
もしかして、宝石の中に戻ったら、女神様の声聞こえなくなるのかな。
……あ、きっとそうだわ。
初めて領主様のお屋敷に行った時、ヒビキには女神様の声がずっと聞こえてたみたいだったもん。
「すみません。わかりました」
女神様からなにやら云われたらしきヒビキが、また返事をしている。
これ、何にも事情をしらなかったら、気がふれたと思われかねないなぁ。
「ヒビキ、女神様はなんと……?」
「えと、俺に通訳するようにと。それと、……早くしろとの事です」
煙状の人型になるのは骨が折れるって云ってたもんね。
「わかりました。では参りましょう」
部屋からでた領主様の隣に執事さん。
二人の前後を守るように騎士様が並び、その後ろにぞろぞろと続いて歩き、礼拝堂に戻る。
すでに受付テーブルは片づけられていて、一人残ったシスターが祭壇で祈りをささげていた。
「あ! 領主様! 回復なさったのですね!」
私達の足音に気付いたシスターが、パタパタと駆け寄ってくる。
「はい。もう大丈夫ですよ」
「『動物使い』様が診て下さったので、心配はしていなかったのですが、本当によかったです」
ふわりとほほ笑むシスターが、ぽん、と両手を合わせて続けて云う。
「私、みんなに伝えてきますね。領主様はもうお帰りになるのですか? 今朝町の方から頂いた美味しいお菓子があるので、もう少しお時間頂けませんか?」
「それは魅力的なお誘いですが、急ぎ戻る用があるのでね」
「それは残念な事ですが……。お忙しい領主様をお引止めしても申し訳ないので、またの機会にいたしましょう」
「ありがとう。では、失礼するよ」
教会の入口までお見送りしてくれたシスターに挨拶をして、ドアを閉めると【領主さマー!!】と嬉しそうな声が聞こえてきて、オウムのミニヨンが差し出した領主様の腕に止まった。
おお。君も付いて来てたんだね。
ちゃんと外で待ってて偉いなぁ。
「ミニヨン、待たせたね」
「オレ、心配シター!」
体を上下に揺らしながら話すミニヨンの体がぶわっと膨らむ。
領主様が、ミニヨンの首の後ろ辺りを優しく掻くように撫でてあげると、嬉しそうに目を細めだした。
うわ。かわええ……!
前を歩いていた騎士さんが、教会の前に止められていた馬車のドアを開けてくれた。
後ろを歩いていた騎士さんが、御者台に座り手綱をとっている。
……そっか。お館からこの教会まで、騎士さんが担いで来た訳ないよなぁ。
でも、その馬車は四人乗りなので……。
「では、私は後から戻りますので」
案の定、執事さんは一人で歩いて戻るつもりらしい。
さらに、申し訳なさそうにヒビキ達に云う。
「申し訳ないのですが、どなたかお一人御者席にお座り頂けませんか?」
「ヒビキ、アレをしましょう」
「良いですね! そうしましょう!!」
にやりと笑うアベルさんに、ヒビキが即答している。
十日間の特訓で、ヒビキの風魔法は”かなりのモノ”になっているとはアベルさん談。
タローさんをお姫様抱っこで運ぼうとした事を踏まえて、自分以外の人を運ぶ訓練もこなしていた。
なんか、自分の周りに起こした風を、両手を繋いだ人の周りにも廻らせて?
相手も結界で包む事によって、ぶら下がり状態になる事なく、並んで飛ぶ体勢で運べる? のだとか。
風の魔法使えないし、結界も思ったタイミングで発動できない私としては、さっぱり訳が解からなかったけど。
なんかそんな感じで、ヒビキもアベルさんも、人ひとりぐらいなら、楽に運べるようになっている。
ちなみに、まだ片手で一人ずつ運ぶのは、ヒビキにはまだ難しいそうな。
アベルさんも、万全の体調でないと出来ないと云っていた。
「領主様。執事さん。空を飛んで帰りませんか?」
「「えっ!! 良いのですか?!」」
「是非、お願いします。お前たち、私は『動物使い』様と戻るので、先に出発しててくれ」
「はっ」
ビシっと敬礼をしてドアを閉めた騎士さんが、すごーく小さな声で、「いいなぁ」と呟いて馬車の後部ステップに立つと、馬車が出発した。
「では、領主様は僕と行きましょうか」
アベルさんが領主様に左腕を伸ばす。
美丈夫のこの仕草って、ご婦人がされたら速攻で恋に落ちるぞと思っていたら。
領主様がアベルさんの手を取った途端、「「「「キャー!! 素敵ぃ!!!」」」と教会の周りに居た町の娘さん方から黄色い歓声があがった。
アベルさんのファンクラブの方達かな?
アベルさんも慣れたもので、お嬢さん方に空いている方の手を振って、領主様と共にふわりと浮き上がる。
ふたたび上がる黄色い歓声。
「すごい人気ですね」
感心したように漏らす執事さんの両腕を握ったヒビキが「いつもあんな感じですよ」と云いながら浮き上がる。
「「キャー! 『動物使い』様可愛いい~~!」」
実は、ヒビキにもファンが付いてるんだよねー……。
アイドルの母ちゃんってこんな気持ちなのかなぁ?
我が子が人気者なのは嬉しいんだけど、なんか、ちょっとだけ複雑っ。




