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83.起きない奥様

「これが私の町……」


 キプロスの町にある建物は、白壁に木窓が嵌り、赤い切妻屋根で統一された家々が、整然と立ち並んでいる。

 上空から見ると、アスファルトこそ無いものの、綺麗に整頓された道路は、埋め尽くさんばかりに生えていた奥様の石像が無くなった事も相まって、大変に美しい。


 奥様の石像への苦手意識が勝るあまり、視界の端にとらえる程度だった町並みだけれど。

 意識して観ると、こんなに美しかったのかと感動する。


 自分の治める町を、初めて上空からみた領主様も感動しているようだ。


「あー! りょーしゅ様だー!!」

「ほんとだ!」

「いいなー!」


 空を飛ぶ領主様に気付いた町の子たちが、同じ方向に走りながら手を振っている。

 飛行機に手を振りながら河原を走ってた幼い頃のヒビキと重なって見えて、頬がゆるむ。


 でも、上を見ながら走ってたら危ないよー……と思った矢先、案の定最後尾を走っていた男の子が盛大に転んだ。


「アベルさん、先に行って下さい」

「わかりました」


 執事さんと手を繋いだまま、ころんだ男の子の元へ降り立つヒビキ。

 チュニックの中に納まっていた私も、着地と同時に飛び出して、大泣きしている4歳ぐらいの男の子に近付く。


 砂地で転んだものだから、両膝はズル向け。

 手を着いたものの、うまく受け身が取れなかった為、アゴも結構痛そうな怪我をしていた。


 即座に男の子に両の前足を向けて、回復魔法を発動させた。


「すげえ!」

「なおってってる!」


 先頭を走っていた子供たちが、転んだ子を心配して駆けつけつつ、口ぐちに叫んでいる。


 ふっふーん。

 連日の教会通いで、私の回復魔法もナカナカのものになっているのだよ。

 時折やってくる役立たず感に密かに悩んでいたので、出来る事が増えるのは嬉しい。


 自分を取り巻く緑色の優しい光に、すっかり泣き止んでいた男の子の頭をなでたヒビキが、そっと立ち上がらせながら云う。


 

「痛いところ、もうないかな?」

「うん!」


「上みながら走ったら危ないよ」

「はーい」


 子供たちの元気な声に笑顔で返しながら、私を再びチュニックの胸元に仕舞い込む。


「執事さん、お待たせしました。行きましょうか」

「はい」


 執事さんと手を繋ぎ、再び浮き上がったヒビキに、子供たちが自分たちも空を飛ばせて欲しいとお願い攻撃を始める。


「また今度ね」


「絶対だよー!」

「約束ねー!」

「明日ねー!」


 可愛い子供たちに「はーい」と返事をしたヒビキが、領主様の館へ向かって飛んだ。


◆


 領主様の館の門前に降り立つと、玄関の扉は開け放たれていて、メイドさん達がパタパタと小走りで動き回って忙しそうにしている。


「何事ですか」


 領主様の屋敷内のメイドさんが走るのはあまりよろしくないのだろう。

 執事さんが眉根を寄せて、近くを通ったメイドさんを呼び止めた。


「奥様が、お目覚めになった途端お倒れになったのです」

「なんと!」


 短く返答した執事さんが、「『動物使い』様、お願いします」とヒビキに声を掛け、お作法はどこへやら結構な早歩きで先導する。


 玄関ホールの両脇を、緩くカーブして伸びる階段を登り、奥へと続く扉を開ける。

 ながい廊下を進んだ突き当りの部屋で立ち止まった執事さんが、ノックをした。


「はいれ」


 領主様の声がして、室内へ入る。

 どうやらここは寝室らしく、白を基調としたロココ調の家具で統一されている。

 バラと矢車草、小さな小花のモチーフの布地で作られた調度品は、とても可愛らしい。


 部屋の中央にある大きな天蓋付のベッドに寝かされた、奥様の手を握っている領主様。


「石化が解けた後、奥様が倒れました。かなり衰弱しています」


 アベルさんが素早く状況を説明してくれる。

 頷いたヒビキが、早口でピーちゃんに問いかける。


「しずくと粉、どっちがいいかな?」

「ここまで弱ってるとしずくかな」


 ピーちゃんの答えを聞いたヒビキが、手慣れた動作で空間収納から『世界樹のしずく』を取り出すと、領主様が奥様の上体を少し起こしてくれた。


  ビスクドールのように整った顔立ちの奥様の白い肌は、石膏のように生気がない。

 長年石化した後遺症……なのかな。


 『世界樹のしずく』を慎重に奥様の口に垂らすと、ほどなくしてほんのりと金色の光が発生。

 少し見守っていると、口内に留まっていた『世界樹のしずく』を、コクリと嚥下する音が聞こえた。


 もう大丈夫だと、ホッとした矢先。


 光が治まっても、目覚める気配のない奥様に、一抹の不安がよぎる。


「女神様……。奥様は大丈夫なのでしょうか……?」


 返事がないようだ。首を傾げたヒビキが、きょろきょろと室内を見まわし……。


「? あれ? 女神様……ってあっちか!」


 窓際へと駆けて行き、垂れ下がるカーテンの下にしゃがみ込む。

 少しカーテンを持ち上げて、何かを拾い上げたようだ……って女神様の指輪じゃん!

 

 ヒビキが拾い上げた指輪から、赤い煙がぶわっと広がり、具現化した女神様の長い髪が放射状に揺らめいている。


 女神様……。なんか怒ってるよね……。

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