51.屋根裏の眠り姫
ネズミ出たあぁぁあああ!!
うわー、出た、出たよ。
もー、ほんとヒビキってば、次から次へと、要らないイベント呼び込んでくるわ~。
わくわくした顔のヒビキが、私の胴を両手で持ち上げて浮かび上がる。
……だいぶ風魔法使いこなせるようになってきたなぁ。
妖精の森を出発する時は、ジャンプした反動で飛んでたのに、今はふわりと浮き上がったもの。
いいなぁ。私も自力で飛びたいなぁ。
ヒビキが小さなドアの鍵を開けると、ぽかりと空いた天井穴。
やだー。やだよぅ。ネズミ嫌だよう。
「オカン、君に決めた! 行けー!」
「だが断るッ!!」
「お、元気な返事だねぇ」
「嫌だって言ってるの! ピーちゃん助けて」
「ピーちゃん、オカンなんて言ってるの?」
「行ってきまーすって言ってるよ」
「裏切り者おぉおおお!」
忘れてたよ、妖精は基本的にイタズラ好きなんだったよっ!
私の必死の抵抗むなしく。天井裏に解き放たれた。
天井裏は真っ暗だけど……猫ですから。白黒だけどちゃんと見える。
部屋ごとに天井裏も区切られているらしく、高さは80センチ程しかないが、広さは客室と同じだけあった。
おそるおそる進みながら、ねずみがどこにもいない事を確認して……。
ほっと胸をなで下ろして、入ってきた穴方向へ振り向いた……ら。
天井裏への扉は跳ね上げ式の為、天井に対して130度ぐらいの角度で止まっていて。
その、扉と天井板との間。……普通なら死角になっている場所に、何かいる!
そろりそろりと近づいて見てみると、ピーちゃんぐらいのサイズの妖精が、まるまって寝ているようだ。
うっすら積もった埃のおかげで、ドーム型の結界を張っている事が確認できる。
そっと、そのドーム型の結界に手を触れてみると――
バチィ!!
スタンガンのような衝撃に弾かれた!
ヒビキの結界にキックした時もかなり痛かったけど!
あれとは、比較にならないぐらいむちゃくちゃ痛い!
「痛ったーっ!」
私の叫び声に驚いたヒビキが、ギリギリ通れるサイズの戸口にぐいぐいと体をねじ込んで、天井裏に入って来てくれた。
「オカン、大丈夫? どうした?」
匍匐前進ですぐそばまで来てくれたので、妖精を指さして訴えかける。
「ここ、妖精がいる」
続けて飛びこんで来たピーちゃんが私の言葉を聞いて、体から淡い光を出してくれた。
……蛍のような淡い光だが、暗い天井裏の様子を見るには充分な明るさだ。
ピーちゃん、便利な特技持ってるね。
そういえば『妖精の森』の小さい子達は、みんな光ってたもんぁ。
森の外に出られるぐらいの大きさになったら、光を出し入れ出来るようになるのかな?
「わ。大きいお姉ちゃんじゃない。んもー。こんな近くで寝るんなら、森に帰ってきたら良いのに!」
「どういうこと?」
「小さい妖精が100歳超えたら森から出れるのは、覚えてる?」
「うん」
「竜王が衰えると、魔素が濃くなっていくのも覚えてる?」
「うん」
「でも、いつ魔素が濃くなるかは、はっきり判らないわけよ」
「うん」
「『妖精の森』の外にいた妖精が、濃くなってきた魔素を感じるとね?」
「うん」
ピーちゃんが、ビシィと指を一本立てて云う。
「急いで森に戻るか!」
2本目の指を立てて、云う。
「こ~やって結界を張って、魔素の濃さが戻るまで寝るか!」
3本目の指を立てて、云う。
「魔素が集まってこない岩山とかに逃げ込むか! なのよ」
「なるほどぉ!」
「触ったら痛かったのは、なんで?」
「結界が壊れたら困るでしょ? だから、キツメの電撃が発生するようになってるの」
妖精の王様が、女王様の張った結界を触った時に出てたアレか。
あっちの結界は”王様限定”だったけど、こちらは(生命力を持っている)触れたモノすべてが対象の為、より簡単に張れるのだそうだ。
「このまま置いてていいの?」
「大丈夫。簡単な結界とはいえ、そうそう壊れる事はないから。無理に動かすより、このままほっとく方が安全なのよ」
さっきのネズミの鳴き声は、知らずに結界に触ってしまったんだろうという事になり、天井裏から脱出する。
ネズミも相当痛かっただろうに、よく走り去れたな……。
「うわ……。埃まみれになっちゃった」
そりゃ、天井裏を匍匐前進したらそうなるよねぇ……。
空間収納を開けたヒビキが、こちらの世界に転移させられた時に着ていた、上下黒のトレーナーとパンツを取り出した。
「うっわ! 忘れてた!」
トレーナーは、妖精の森で池(お風呂)に入った時にバスタオル替わりに使った為、びしょ濡れのままだった。
「この世界の洗濯ってどうするのかな……?」
「それはワタシも知らないわぁ~」
「だってワタシ達着替えなんてしないし~」と、そっけない事を云いながら、天蓋付ベッドに戻って妖精キノコの残りを齧りだすピーちゃん。
ヒビキが、濡れたトレーナーを両手で広げて途方に暮れていると。
コン、コンとドアをノックされた。
「はーい。どうぞー」
入ってきたのは、トレイに何かを乗せた女将さん――ハナコさんのお母さん――だった。
「夕食、あまりお食べになってなかったので、そろそろ小腹が空いてらっしゃるんじゃないかと思って。軽くつまめるものを持ってきました」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「ハナコのシチュー、大変だったでしょう? 何度か『それは違うんじゃないか……』と言ってるのですが、『タローさんがこれだって言ってくれてるから大丈夫』の一点張りで……」
「あー……」
「タローは、自業自得だから良いのですけれど、『動物使い』様にとっては災難でしたよねぇ」
「い、いえ……」
困ったような笑顔の女将さんが、丸テーブルの上に持ってきた軽食を置いてくれた。
コップには黄色いジュース? と、ベーコンと厚焼き玉子のサンドイッチ。
うっわ。美味しそう!
「わ! 美味しそうです。ありがとうございます」
「ところで、『動物使い』様、もしかして着替えで困ってらっしゃいますか?」
濡れたトレーナーを両手で広げたまま話す、ヒビキの困り具合に気付いてくれたようだ。
「……はい」
「もし、古着でもお嫌でなかったら、主人の若い頃の服を貰って頂けませんか?」
「え! 良いのですか?!」
「えぇ、えぇ。あの人、若い頃は服の行商をしておりましてね。ちょっとした衣装持ちなんですよ」
「へえぇ」
「体型が変わって、着られなくなったモノが沢山ありましてね」
そういえば……夕食前に挨拶に来てくれた大将さんは、小型のお相撲さんみたいなお腹周りだった。
「『痩せたら着れる!』なんて言って、大事に取ってるんですけど。かれこれ20年近く痩せるどころかお腹が出てくる一方でね。」
「あ……あはは……俺の母も、よく同じ事言ってました……」
やめろー。私の話はやめろー。
大将さんほど肉襦袢まとってなかったものー!
「ハナコのシチューを止められなかったお詫びに、差し上げますわ。取ってきますので、夜食を食べながらお待ち下さいね」
「え……でも、大将さんに――」
世話焼き好きそうな女将さんは、やっぱりヒビキの返事を待つことなく、イキイキと部屋を出て行った。
ハナコさんの、話を最後まで聞かず自己完結させるところは、きっと女将さんに似たんだな。




