52.氷魔法って、こんなんだったっけ?
「え……でも、大将さんに――」
世話焼き好きそうな女将さんは、やっぱりヒビキの返事を待つことなく、イキイキと部屋を出て行った。
「――相談してからの方が良くないですか? って聞きたかったのに……行っちゃうんだからなぁ、もぅ」
「ま、いいんじゃない? 今頃戻って相談してるでしょうし」
「……そうだね」
「それより、このジュースワタシにも頂戴ー!」
自由人なピーちゃんが、自分用のコップを取り出して、丸テーブルの上でぶんぶんと振り回している。
「ちょっとまってね」
ピーちゃんに声を掛けたヒビキが、長箪笥から取り出したハンガーに、濡れたトレーナーを掛けて窓際に吊るしている。
埃まみれのシャツとズボンも脱いで、トレーナーパンツに着替えてから椅子に腰かけると。
ピーちゃんのコップにジュースを移してから、自分も一口飲んで「うまっ」と顔をほころばせた。
「ほんと美味しいわね、このオレンジジュース。冷たかったら最高なのに!」
あ、嫌な予感がする。
ベッドに潜り込もうと忍び足で移動した私の頭に、ピーちゃんが抱き付いて来た。
「オカ~ン」
うっわ、すんごい猫なで声。
「ちょこ~っと、練習してみない? 氷、出したくなぁい?」
「え? 出せるの?」
ヒビキが速攻で喰いついてきた。
「水魔法が使えたらね、そこから氷と雷も派生させられるのよ。オカンは火も使えるから、熱湯も出せる筈よ」
ピーちゃんを頭に乗せたまま、ベッドに飛び乗って寝たふり開始。
猫ですから。面倒そうな事は致しませぬぅ。
まだちょっと、結界触った腕も痺れてるしね。
「氷はわりと簡単だから! ねぇオカン! 出てくる水を固めたらいいだけらしいから!」
私の眉手をむいむいとひっぱりながら教えてくれるけど、水を固めるってどーゆことさー。
「オカン、お願い。氷入れて欲しい!」
うわ~。ヒビキさんからおねだりされちゃったよ……。
弱いんだよなぁ、ヒビキのこの目。
おねだりなんて滅多に……っていうか、された事ほとんど無かった!
おねだりヒビキって、超レアじゃん!
ごめん、ごめんね。元いた世界じゃ、色々気を遣わせてしまってたんだもんね。
おし、母ちゃん頑張る。
氷でも雷でもどんと来いってんだ。
むくりと起き上がって、丸テーブルに戻り。
「ピーちゃん、ヒビキにお皿出してって伝えて」
「オッケー! ヒビキ、オカンがお皿出してって言ってる」
「よしきたー!」
失敗したら水浸しになるもんね。
サンドイッチをどけてもらったお皿の上に手をかざして……。
「このサンドイッチうまっ。オカンも食べる?」
さっそくサンドイッチをパクつき始めたヒビキに勧められたけど、首を横に降る。
朝に妖精キノコを食べただけなのに、全然お腹すかないんだよな。
小動物は一日1個でいいのかな? ……運動してないからだろうなぁ。
……おっと、いけない。集中、集中。
まずは、細い水の糸を出す。
これを……固める……。
止まれぇ~。留まれ水よぉおおぉお。
……直径1センチぐらいの小さい水の球が、掌球に留まった。
よし。これを……さらに……固める……イメージする……。
シュインッ
不思議な音と共に、急激に水球の温度が下がった事を感じる。
掌球から、細かくてほそい繊維のようなもので構成された、ホタテの貝柱サイズの氷の柱が出来ていた。
え……と。霜柱かな??
爆笑するピーちゃんの顔面に霜柱を投げつけてあげる。
「冷たっ」と云いながら、なおも笑い転げている。
もういっちょう霜柱を出現させて、笑いを我慢して変顔になっているヒビキにも、そいやっと投げつける。
笑い転げながら逃げ惑う二人に、霜柱爆弾を投げつけて遊んでいると、何かを閃いたらしいヒビキがストップをかけてきた。
「オカン、その霜柱をコップに入れてみて?」
言われた通りにコップの中に霜柱を投下してみると、溶ける事なく浮かんでいる。
「あと2、3回入れて見て?」
3回分の霜柱が投下されたオレンジジュースは、スプーンで何度もかき回すと、シャリシャリになった。
「やば! うま! シャーベットみたいになった!」
「えっ。ワタシも! ワタシも!」
ピーちゃんも自分専用のスプーンを取り出して、ヒビキのコップからすくって食べる。
「ちょっと、やだ、すっごい美味しい! オカン天才!」
さんざん笑い転げてた二人から絶賛されても嬉しくないものー!
椅子の上でふて寝を始めると、再びドアがノックされて、沢山の洋服を抱えた女将さんが入ってきた。
「『動物使い』様、ベッドの上に置いても良いですか?」
「あっ。はい、お願いします」
お尻が隠れる長さの半そでチュニック(襟と裾と袖に刺しゅう入り)黒・濃紺・深緑の各1枚。
胸の部分に太い刺繍が縦に施された膝丈より少し眺めのサーコート。黒と濃紺の各1枚。
袖なしで、腰から下にスリットが入ったシュールコー。こげ茶と黒の各1枚。
膝から足首までがしゅっと締まった黒のズボン。1枚。
カーゴっぽい黒のズボン。1枚
長靴下のようなタイツ。2枚
コットンリネン生地とサテン生地のブラウス。白と黒で各2枚ずつ。
女将さんが次々と広げて見せてくれる服は、どれも新品のように綺麗で、大将さんが大切に保管していた事がわかる。
「あとは、こっちは新品なので安心してくださいね」
と、広げてくれたのは、綿の肌着上下3枚ずつ。
ちなみに、パンツはトランクスタイプだ。
「こ、こんなに?! 大将さんは嫌がってなかったですか?」
ヒビキが、あまりの枚数の多さに遠慮しようとする。
「『動物使い』様に着て頂けるなら、全部渡して欲しいって言ってたんで、大丈夫ですよ」
驚いた顔のまま固まるヒビキ。
「数が多すぎても逆にご迷惑かなと思いまして、これでも大分厳選してきたんですよ」
なので、遠慮なく貰って欲しいと云って下さる女将さん。
もともと服にはあまり頓着の無かったヒビキだ。
町で着替えを買いに行く手間と天秤にかけたのだろう。ありがたく頂くことにした様子。
「ありがとうございます。有難く頂きますね。でも、せめて少しでもお支払さ――」
「ヒビキ、ちょっと」
支払を申し出ようとしたヒビキに、ピーちゃんが耳元で何かを囁く。
「なるほど!」と、相槌を打って続きを話し始めた。
「女将さん、妖精のキノコと交換にして頂けませんか?」
「ええええええ! 御代なら絶対いらないってお返事するつもりだったのですが、妖精キノコ!?」
どうやら、妖精のキノコの方が喜ばれるらしい。
「よかった。妖精キノコなら受け取って頂けますか?」
「ええ、そりゃあもう、喜んで!」
「よかった! この中に入っていますので、袋だけ後で渡して下さいね」
トー爺さんに作ってもらった袋の中には、まだ20個ほど入れてあった筈だ。
「こ、こんなに?! 『動物使い』様、もう宿代も要らないですよ! 何年でも泊って行って下さいね!! さっそく食べてきますっっ」
「何年?! あ、あのっ。ありがとうご――」
一気に捲し立てた女将さんは、ヒビキのお礼を最後まで聞くことなく、今にもスキップしそうな勢いで退出して行った。
魔素が濃くなり始める前なら、稀に妖精キノコが市場に出回る事はあったらしい。
ただし、その時ですら1個銀貨数枚で取引されていたそうな。
すでに魔素が濃くなってから、8年は経っている今となっては。
(空間収納に入れてなければ)採取してから1週間ほどしか日持ちしない事もあり、お目にかかる事はまずない。
その為、現在の妖精のキノコの価値は計り知れないらしく。
「なんというキノコ富豪……」
「まだ山盛りあるんだし、こーゆー時にバンバン使ったらいいのよ」
「いいのかな……?」
「いいわよ! あと、タローとハナコの結婚式の”お祝い”も、妖精のキノコにしたら良いんじゃない?」
くわっと目を見開くヒビキ。
「すごい! ピーちゃん賢い! 俺、お祝い何にしようか悩んでたんだ!」
「万一足りなくなったら、また森に帰ってお祭りしたら良いだけよ」
と、ニヤリと笑って云った。
……ピーちゃんが、山吹色のお菓子の前で微笑む悪代官に見えた。
ピーちゃん「妖精キノコは焼いて食べても大丈夫」
ヒビキ 「お料理に混ぜるのは?」
ピーちゃん「それは……おすすめしないわ」
ヒビキ 「なんで?」
ピーちゃん「食べてる最中に、他のお料理を思い出すと、妖精のキノコが反応するから」
ヒビキ 「あー……」
ピーちゃん「3番目の勇者が、ピザトーストにスライスした妖精キノコを乗せて、食べたらしいんだけどさ」
ヒビキ 「うん」
ピーちゃん「途中でイチゴジャムを思い出して、涙目になったらしいわよ」




