45.駄女神様ならぬ、腐女神様登場
「こう見えて、私は炎の攻撃魔法が得意なのでね。指輪の魔力増幅の助けもあって、イナゴの大群を殲滅できたのだよ」
「りょーしゅサマ、強イ!」
領主様の肩の上で、バサバサと羽を上げ下げしながら、己が主の自慢をする。
領主様が、そんなミニヨンの喉の辺りをコリコリと撫でてやると、くーっと云いながら目を細めた。
ミニヨン可愛ええー。
「魔物の暴走であれば、私一人での殲滅は難しかったがね。只のイナゴでよかったよ。ただ……殲滅した後部屋に戻ると、待っていた妻が……目の前で石化したんだ」
「そりゃそーでしょーよ」
重くなりかけた空気を、ピーちゃんがぶった切る。
「その指輪、”領主様が愛する人に着けろ”って伝えられてるのよね?」
「その通りだが……」
「魔力を増幅する効果があるのは、両サイドの小さい石の方ね。真ん中の大きいのは、女神様の祝福と制約を受けてるわよ」
「領主様、指輪を外してくれませんか?」
「『動物使い』様、申し訳ないのだがイナゴを焼き払った時から、外れないのだよ」
「……領主様、今からご覧になる事は、他言無用に願います」
「……わかった」
ヒビキが、再び領主様の手を取って、指輪に話しかける。
「女神様。美の女神様。お聞きになった通りです。領主様は、何も知らなかったようですよ」
(知らなければ良いというものではないわッ!)
真ん中の大きな宝石から赤い煙が立ち上ると、見るまに人の形をとり、空中で美しい女性の姿になった。
煙で構成された女神様の体は、向こう側が空けて見えているとはいえ、その姿かたちの美しさを損なう事無く、そこに或る。
今、突風が吹いたらどうなるんだろう、なんて一瞬バカな妄想が頭をよぎった。
(あれほど、ピュグマリオンには”愛する女性にしか着けさせてはならん”と、子子孫孫に伝えるように言い含めておったのに!)
「しょ、初代領主をご存じなのですか?」
(ふん。あやつは、妾の姿を模った石像に恋をしおってな。毎日毎日祈りを捧げてきよったので、美の女神様が憐れにお思いになっての)
初代領主様に、石像を人に変える力を持つ指輪を授けた、との事だった。
(妾は、美の女神様の一部。御使いのようなモノじゃ。石像に妾を定着させていたのも、その宝石に込められた女神様の力じゃ)
初代領主の奥様の体が寿命を迎えてからは、真ん中の石の中に宿っていたと云う。
(人間の世界を眺めるのは面白いし、妾が産み育てた子孫の行く末も、気にかけてはおるのでな)
(それなのにッ!)
赤い煙な女神様が、わなわなとふるえながら、領主様を指さして罵倒し始める。
(妾が宿った指輪をっ! 事もあろうに! むさくるしいッ、髭の生えたッ、オトコの指に嵌めるとは!)
ええええぇぇぇ。
女神様、男嫌い?
(ピュグマリオンに嫁いだ頃は、良かったのじゃ。肌もすべすべだったしの)
……これ、駄目な部類に入る方の女神様だ。
(そ、れ、がッ! 年々髭は濃くなるわ、息は臭くなるわ、腹は出てくるわッ!)
あ、領主様が、ちょっと泣きそうになってる。
ひとしきり、男性の悪口を罵りまくった女神様が、トドメと云わんばかりに告げた。
(だから、そやつの生命力と魔力と寿命を使って、日に一体、奥方の石像を作り上げてやったのじゃよ)
「……女神様、許してあげて頂けませんか?」
赤い煙な美の女神様が、ヒビキをじーっと見つめて、うふふと笑う。
(そなた……。ぷるぷるのほっぺじゃな。年はいくつじゃ)
「じゅ、16です」
駄目な方っていうか、腐が付く女子のお仲間だった。
(よかろう。そなたの旅に同行しても良いのなら、呪いの解き方を教えてやろう)
しょっぱい顔になったヒビキが、私とピーちゃんに視線を向けてくるけど、断れないでしょーよ。
どーぞどーぞと手を前後に動かした。
「わかりました。では呪いが解けたら、一緒に旅をしましょう」
(約束したからの)
妖艶に微笑む赤煙女神様に、ヒビキが頷く。
(呪いの解き方は簡単じゃ。指輪を奥方の石像に嵌めればよい)
あ、ほんとだ、簡単じゃん。……と思った矢先、女神様の爆弾発言が飛び出した。
(ただし、先に、毎日作った方の石像すべてに嵌めんと、使った分のお主の生命力と寿命は戻らんからな)
……え。
奥様が、嫁いだのが、7年前で。
翌年に、指輪はめちゃって呪われたんだよね。
って事は、6年間……毎日1体……奥様の石像が出来てたわけで……。
…………2190体もあるよ?! 奥様の石像!!




