44.領主様
城門を通り、奥様石像まみれのミニ庭園を抜けると、お屋敷本体に到着する。
私達を送り届けてくれたカールさんとは、ここでお別れになるらしい。
ご挨拶をしていると、両開きの扉が開かれた。
プティ・トリアノン神殿風の、領主様のお館の玄関ホール。
溝が彫られた細身の柱身に、アカンサスの葉が掘られた柱頭がついた、コリント式の柱が規則正しく立ち並ぶ。
白い光沢を放つ床に、金糸で刺繍を施された赤い絨毯が敷かれている。
絨毯は、豪奢ではあるけれど、何代にもわたって大切に使い込まれてきているようだ。
絨毯の脇で、ずらりとお辞儀をして迎えて下さる、使用人の方々。
本当なら、もの凄い好意的な待遇を受けているこの状況に、かなり舞い上がるんだろうけど。
ご多分に漏れず、いるのだ。奥様の石像が。
そりゃもう、わんさかと。
さすがに、赤い絨毯の上には居ないけど、壁一面にずらりと……二列……ところどころ三列になって、並んでいる奥様石像。
玄関ホールの両脇を、緩くカーブして伸びる階段にも、一段毎に奥様石像。
これ、もぅ、実はひっそり何かに呪われてるんじゃないの?
もしくは、作らずにいられない病を患ってるとか。
ホラーモノに抵抗が無いヒビキですら、さすがに頬が引きつってる。
ピーちゃんは……あれ? 何か考えているみたい。……何か気付いたのかな?
銀色の髪をオールバックに纏めた、上品な初老の執事さんが先導して、大広間へ案内してくれる。
はい、でたー。
ここにも、壁一面を囲む、奥様石像。
ロココ調な家具類を囲む奥様石像が、異様な雰囲気をここでも存分に発揮していた。
もぅいいじゃんー。帰ろうよぉ。怖いよぅ。
「おぉ! 『動物使い』様、よくぞお越しくださいました」
両手を広げて迎えて下さったのは、華美ではなく、少し華やかかな? という程度に着飾った領主様。
町民の税で無駄使いをしていない風に見えて、好感は持てる。
血色の好い日に焼けた肌に、意志の強そうな眉と目。
短く刈りそろえられた金色の髪。
……あれ? 奥様は居ないのかな?
ミニヨンが「アルジ、ただいマ!」と叫んで飛んでゆき、領主様の肩に止まった。
「おぉ! さすが『動物使い』様! もうミニヨンを見つけて下さるとは!」
領主様、いい人っぽいんだけど、語尾が無駄に力強い。
無理やり元気を繕っているようにも見える。
……あれ? ヒビキもピーちゃんも険しい顔になってる。
何? 何? 気付けてないのは私だけ?
「領主様、すぐにそこの長椅子に横になって下さい」
唐突に、ヒビキがやや命令口調で話し始めた。
「え?」
ぽかんとする領主様の手を取って、長椅子に誘導したヒビキ。
領主様を横たわらせると、おでこに手を当てて、熱を測っている。
少し考えるような仕草をして、おでこから離した自分の掌を見て、ピクリと眉をあげる。
「領主様、あまり寝れていませんね? 顔色は……お化粧で誤魔化してますね」
「……すべてお見通しという訳ですか」
大人しくヒビキに従っていた領主様が、消え入るような声で答えていた。
さっきまでのは、やせ我慢だって事?
なんでヒビキわかったの?
今度はそっと領主様の手を取り、左手の小指に嵌められている、赤い宝石が3つ着いた指輪を見ている。
「……原因は、コレですね?」
「……!!」
領主様が、目を見開いて起き上がろうとする。
ヒビキはそれを手で制した。
「なぜこれを貴方がはめているのですか?」
「一族に代々伝わる指輪でな。特定の場合にのみ、使うことを許されているのだ」
「詳しくお伺いしても?」
目を瞑って黙り込んでしまう領主様。
代々伝わる指輪の使用理由だから、おいそれと話す訳にはいかないのだろう。
「イライラするわねー」
さくさくと進まない話に、ピーちゃんがイラつき始める。
ピーちゃんの頭を指で撫でながら、「我慢して」と小さく返事するヒビキ。
しばらくして、やっと目を開けた領主様。
「すまないが、皆席を外してくれないか。『動物使い』様と二人きりで話しがしたい」
使用人の方達が、深くお辞儀をしてから退出したのを確認すると、ヒビキの静止も聞かず、領主様が椅子に座りなおした。
「どうか、『動物使い』様もお座りになって下さい。お茶の用意もせず申し訳ない」
「お茶は後でゆっくり頂きましょう。今はお話を先に」
「妻と私は幼馴染でね。8年前、町に疫病が蔓延した時に、ユニコーンの角を使って、民を救ってくれた人なんだ」
妖精の王様追放の原因の乙女だったもんね。
「それまでは、身分違いの為猛反対されていたのだがね。民はもちろん、一番反対していた私の母上を救った功績のおかげで、結婚する事ができたんだ」
おぉ。こんな所でラブロマンス話がっ。
わくわくして続きを待ってみたけれど、お二人のラブ秘話はそこだけだった。
身分違いの恋の障害話を、もっと! くわしく!
……って、今はそれどころじゃないか。
「この指輪は、結婚式の時にだけ、妻となる人に着けて貰えるものなんだよ。美の女神様に祝福された宝石が嵌められているから、魔力の増幅が大きすぎてね。普段使うには危険すぎるんだ」
領主様の指輪に嵌っている、真ん中のひと際大きい宝石が、一瞬光ったような気がする。
「結婚式の時にしか着けられない指輪を、なぜ今嵌めているのですか?」
「……結婚した翌年、館の見張り台にいた騎士から、連絡が入ったんだよ。町の南東からイナゴの大群が飛んでくると」




