30.トー爺さんの渾身の作品
ヒビキの空間収納に、何年分賄えるのか想像もできない程の、大量の妖精キノコが入り終わると、女王様から私を受け取ったヒビキが、ぎゅーっとしてくれる。
「オカン、ちゃんと目が覚めてよかった……」
ヒビキの顔を両手できゅーっと抱きしめ返したい……。
まって、まって。私は猫。私はかわいいにゃんこ。
ネコ、ニンゲンダキシメナイ。
猫の親愛の感情表現って、えーと、えーと。
頭ゴツンだ!
テレビで見た! にゃんこ同士が頭頂部ごっつんするのは、親愛の表現とナレーターが言ってた!
ヒビキの腕の中で軽くジャンプして、頭頂部を向ける。
ゴツン!
「んがっ!」
「ごめん」
顎を押さえて悶絶してるヒビキ。
私の頭頂部も、ジンジンしてる。
そりゃ真下からジャンプしたらこうなるよね。
猫的親愛表現が、まさか渾身のアッパーカットになるとは……。ごめんよ。
女は女優っていうんだもの。いつか猫道極めてみせるからね。
◆
「ヒビキー! すごいのできたー! つけてー!」
にぎやかな声の方を見ると、昨夜もじゃ爺三人衆が出てきた穴が開いており、そこから出てきたらしきピーちゃんが、両手で何かを掲げて飛んでくる。
「あ! オカンも起きたのね。もう大丈夫? 話せる?」
「話せるよ。大丈夫。心配させてごめんね」
「あ、わかる、わかる。オカンが云ってる事わかるぅ! よかったぁ! 何でだったんだろうね?」
心配してくれた皆には申し訳ないけれど、理由を言う訳にはいかない。
「わかんない……」と、あいまいな返事しかできなかった。
元気ならそれで良いと云いながら、ヒビキが撫でてくれるのでじんわりする。
「ところで……ピーちゃん、すごく聞きたくないんだけど、それ何?」
ヒビキが、ピーちゃんの掲げているモノを凝視している。
ピンク色のカチューシャの天辺に、ゴールドピンクの金属でアカンサスの葉の装飾が施された猫脚と、薄桃色の革が張られたロココ調の優雅な安楽椅子が、ちょこんとくっ付いている。
「これなら、ヒビキの髪の毛引っ張る事もないでしょ? すごいでしょ! この、ツァトゥグァの横隔膜の革の見事な薄桃色!」
「これを、俺に、つけろと?」
「うん!」
私のお気に入りの場所がヒビキの左肩なように。ピーちゃんのお気に入りの場所は頭の上らしい。
ずり落ちかけて髪をひっぱっては、苦情を受けていたので、気にしていたのだろう……。
ぴ、ぴんくの……カチューシャ……。ロココな椅子付きっ。
「渾身の出来栄えじゃ」
いつの間にかそばにいたトー爺さんが、フンスと胸をはっている。
徹夜で作ってくれたのだろう。もじゃもじゃに隠れて判りにくいが、目の下に隈ができている。
「う……」
ヒビキは混乱している!
「アカンサスの葉の彫り物が素晴らしいじゃろ? 葉脈の高さを少しずつ変えていくのに難儀したわい」
「あぅ……」
ヒビキは断る口実を探しているようだ!
「ツァトゥグァはな、強さはさほどでもないんじゃが、普段黒い沼の奥地に住んでおるから、めったにお目に掛かれない魔物なんじゃ。横隔膜の薄桃色が素晴らしかろ?」
上機嫌でこだわりポイントをアピールするトー爺さん。
ヒビキは断れない!
「……ありがとうございます?」
ヒビキは負けてしまった。
お腹かかえて爆笑したい。でも、爆笑してる猫なんて見たことないから、我慢、我慢。
「オカン、我慢してないで笑っていいよ」
……ばれてた。
私を肩に移動させたヒビキが、ピーちゃんからカチューシャを受け取って。
装着合体! パイルダーオン!
「に”ゃっはっはっは!」
「これでヒビキの髪を引っ張る事もなく旅ができるわね!」
ピーちゃんが、頭頂部のロココな安楽椅子に足を組んで座り、満足げに腕を組んでいる。
「おぉ、よぅ似合ぅておるわ」
満足げに云うトー爺さん。
「え? ピーちゃんここでお別れじゃないの?」
「何言ってるのよ! 世間知らずのヒビキと、ボーっとしたオカンの2人旅なんて、初日でジ・エンドよ! シッカリ者のワタシがついて行ってあげるんだから、感謝しなさい!」
「本当に? 心強いよ。ありがとう!」
ピーちゃんのマウントは、ヒビキと相性が悪い。毎回、悉く空回りしてる。
案の定「う……あぅ。こちらこそ、よろしくね」なんて、真っ赤になって返事しているし。
「でも、結界の外にでると、濃くなった分の魔素が体に残るんだよね? 無理に浄化しようとして縮んでたんじゃなかったの?」
「それは大丈夫です。ヒビキが名付けした事によって、ピーちゃんが”無意識で行う浄化”をする事は無くなっています」
「そーゆー事っ。だから心配ご無用っ」
ヒビキのカチューシャの上で前後に体を揺らしながらはしゃぐピーちゃん。
……そのうち、カチューシャごと落っこちそうだな。
少しでも、楽しい珍道中になると良いなと、心から思った。
とうとう30話まで来ました
ひとえにお読み頂いている皆様の後押しのおかげです。
いつもありがとうございます。すごく励みになっています。
妖精の国もあとわずか。あと数話挟んで、次の街へ出発します。
のんびり旅に、これからもお付き合い頂けると幸いです。




