28.ヒビキの涙と母猫ペナルティー発覚
ヒビキへの高速お賽銭が無事終わった時には、もじゃ爺3人衆はへべれけになっていた。
小さい妖精達も、「ねむイ~」と口ぐちに云ってランタンハウスへ戻っていく。
「ワシらもそろそろ戻るとしようかの。ヒビキよ、王様の角を出しとくれ」
空間収納に手を入れたヒビキが、「ぅわっ」と小さく声を出しながら、王様の角を取り出した。
角を受け取ったトー爺さんを先頭に、ふらふらと出てきた穴へ戻っていくと、ぽかりと空いていた穴は、金色の芝生に戻った。
ヒビキの驚いた声を聞き洩らさなかったピーちゃんが、「どうしたの?」と声をかける。
「金銭の価値が判らないんだけど、なんかすごい数が入ってたから、びっくりした」
「あー……。小さい子達いっぱいいすぎて、何人いるか私も分からないからなぁ。何がどんだけ入ってたの?」
「んと……」
ヒビキが空間収納に手を突っ込みながら、それぞれの枚数を答えていく。
小銅貨 1枚
銅貨 3枚
小銀貨 850枚
銀貨 2652枚
小金貨 354枚
金貨 20枚
大金貨 1枚
1+3+850+にせんろっぴゃく……うーわ。電卓欲しい……。
……3881枚?! 小さい妖精達、そんなにいたの!?
「あきれた……。あの子達、そんなに溜めこんでたんだ」
くつくつ笑いながら、ピーちゃんが硬貨の価値を教えてくれる。
10枚で次の硬貨1枚と同じ価値になる、十進法らしい。
「町の食堂のお昼のおまかせセットが、小銀貨1枚ぐらいかな。食事なしの安い宿屋が一泊銀貨1枚って所よ」
……小銀貨1枚で1000円ぐらいかな? って事は、10枚ずつで次の単位だから。
いち、じゅう、ひゃく、せん……んんん~~~?!大金貨1枚だけでもいっせんまん?!
私より速く計算を終えたらしきヒビキも、あまりの高額にはくはくと口を動かしている。
「ま、いーんじゃない? あの子達は、まだまだ外の世界には行けないし。ありがたく貰っときなさいよ。どっかの街に行ったときに、美味しいものを御土産にでもしてあげたら?」
「沢山見つけなきゃだね。美味しいもの」
「そーね」
ふふふと3人で笑っていると。
「ヒビキも、オカンも疲れたでしょう? 今夜は泊っていくといいわ」
女王様が、指で波を描くように動かしながら、金色の芝生の端にベッドを作り始めてくれた。
女王様がベッドを作るのを眺めながら、深く息を吐いたヒビキがポツリと呟く。
「これだけあったら、母さんに楽をさせてあげられたのにな……」
「ヒビキの、お母様? いまどこにいるの?」
「……遠い所。すごく……遠い所」
「もう会えないのですか?」
会話に加わってきた女王様を見上げて、ゆっくりと首を振るヒビキ。
「わかりません。『必要だと思った人に飲ませるのじゃ』って『世界樹のしずく』を渡された時に言われたんだけど……。いつか帰れるとは言ってたけど、『世界樹のしずく』を全部飲ませ終われば帰れるとは、言われてなかったから……」
「ヒビキは、神に呼ばれて来たのですね?」
こくりと頷くヒビキ。
「神の御心は判りませんが……。戻れると良いですね」
「どんな人だったの? ヒビキのお母様。『腹筋パンチ』の人よね?」
……いやん、ピーちゃん覚えてたのね、ソレ……
くくくっと笑ったヒビキが云う。
「いつも、何かと笑いを取ろうとしてくれる人だよ。大きな鍋で作り置きのカレーを作る時に『なんか魔女になった気分~』とか言いながら、ひーっひっひって笑う人。」
……おぉう。スルーされてると思ってたのに、覚えてたのね……。
「お化け屋敷で腰抜かしたりもしてたな。俺がホラー映画見だすと、布団かぶって枕抱えながら隣に座って、ほとんど目を閉じて見てた? っていうか聞いてた?し」
やめろー。私の黒歴史を、暴露するのはやめろー。
「……でもね……。父さんが突然居なくなって、失踪だから保険も降りないらしくて。追い討ちかけるように、父さんの会社が、他の人に乗っ取られたらしくてね。相当、生活苦しかった筈なんだ。なのに、俺との時間は『母ちゃんの癒しなんだから死守します!』って云って、俺が寝てから自分の部屋で副業してたみたい」
……うわ。こっそり副業してたつもりだったのに、バレてたのね。
でも、失踪した事とか言った事ないのに、なんで知ってるの……。
「自分でおにぎり握って持って行くって言ってるのに、『栄養バランスは大事です』って。毎朝弁当作ってくれて。朝が弱い俺を『腹筋パンチ』で起こしてくれて。……いつ寝てるんだろうって。何度バイトするって云っても、『子供は遊ぶのが仕事! 勉強終わったら好きな事してなさい』って絶対許してくれなくて……」
ヒビキの瞳から、大粒の涙が一つ……二つ……とこぼれ落ちる。
「俺が6歳ぐらいの時かな。母さん過労で倒れて、入院した事があって。隣に住んでるおばさんが、一晩俺を預かってくれた事あったんだけどね……」
父親の失踪も、保険が下りなかった事も、会社の乗っ取りも、一言もヒビキには言ってない。
なんで知ってるんだろうと訝しんでいたけど、嫌な予感がする。
「おじさんと話してるの聞いちゃったんだ。『だから、落ち着くまでヒビキ君を施設に入れれば? って何度も忠告してあげてたのに』って」
ちょっと根掘り葉掘り家庭の事情に踏み込んで来る人だとは思ってたけど、「何かあったら遠慮なく言ってね! 力になるからね」と、お惣菜とか分けて下さったり、何かと気にかけて頂いてたから、完全に心を許しちゃってた。
「父さんの会社、乗っ取った人ってね。母さんに求婚したけど、断わられた逆恨みで乗っ取っんだろうって。玄関先で大声で求婚してて、ドラマみたいだったって。俺さえいなければ、母さんあんな苦労……父さんが出て行ったのも、俺がちっとも似てないからだろう、って……」
それは違う! ヒビキはちゃんとお父さんの子よ!
あんの紫もじゃ婆、子供がいる前でなんて話題出してるのよ。
ありえない、ほんとありえない。小さくったって、難しい言葉が判らなくたって、ちゃんと聞いてるのに!!
(ピーちゃん、ヒビキに伝えて! ちゃんとヒビキは父さんの子だって。負担に思った事なんて一度もないって!)
「ん? オカンちゃんと喋ってくれないとわかんないよー」
「にゃー!! にゃにゃにゃ、にゃにゃー!」
「オカンふざけてるの? ほんとわかんない。猫のマネ?」
なんで? なんで私の言葉が判らないの!?
「オカン、何で泣いてるの? ピーちゃん、オカンなんて言ってるの?」
「わかんないのよ。にゃーにゃーしか」
ヒビキは私と父さんの子! 大事な大事な私の子! お願い伝えて! 負担じゃない! 重荷だなんて思った事なんて一度もない! ヒビキがいたから頑張れたの。ヒビキが笑ってくれるから元気がでたの!
「オカ――大――夫?」
「――ど――の」
ヒビキとピーちゃんが、何を云っているのか判らなくなる。
何かに引っ張られる気がする。
涙でぼやけて視界が見えない。
やめて。引っ張らないで!
ぎゅっと目を瞑ると、視界いっぱいにサラサラとした金色の砂が舞い始める。
砂がスーっと集まって、小首を傾げた神様から飛び出した時の、金色の星の形に戻り、チカチカと点滅を始めた。
星の色が……金色から……血のような赤色に変わって……点滅を続けている。
……わかった。
この星は、私へのギフトではなくて、『神様の見張り』だったのね?
ヒビキが来たこの世界に、同伴させて貰えただけでも温情だと云いたいのね?
どんどん思考が遠のいていく。考えられなくなっていく。
やめて、ただの猫に戻さないで。
望まないから。
私はただヒビキのそばに居られたら、それだけでいいから。
絶対に、母親だと言わないから。
お願い。お願いします。神様。もう一度だけチャンスを下さい。
赤い星が瞬いている。次はないぞと云うように。
赤い星がくるくる舞うと、さらさらとした赤い砂になって……広がっていく。
赤い砂が視界いっぱいに広がって…………。
全身を……固くて重たい何かに……ゆっくりと押し潰されるような……圧力を感じながら……私の意識は、そこで途切れた。




