表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/44

黒の部隊

 カズキは瞬間的に飛び出していた。


 喉から自分のものともしれぬ濁った音が溢れていく。


 柊が助けを呼んでいる。SOSを発している。それがカズキの冷静さを崩壊させた。復讐と怒りの激情が心を支配する。


 それにあの女。

 見覚えがあった。


 柊が書いた似顔絵の女にそっくりだ。


 柊の足と、公平を奪った張本人。


 人型ヴィクター。


「お前か、私の同胞を殺したって奴は」


 女は薄い笑みを湛え、おもむろに腕を前に突き出す。


 ヤバい。


 冷や汗が噴き出す。

 こいつらは生体金属を自在に操る。

 前のやつもそうだった。

 体内から黒い塊を噴出させ、イブの装甲をも貫く槍と化す。


 今になって思い出す。


 こちらは生身。

 イブに乗っていなければ、カズキはただの人間。それも、運動能力が他よりも一際弱い唯の案山子だということを。


「うおらぁ!」


 空気を震わす怒声とともに、鞄が飛んでいく。


「今だ!」


 寺坂がそこら辺にある物を無茶苦茶に投げている。女を怯ませようという作戦か。彼女もまた、目の前にいるものが人間でないと気がついたようだ。


「柊っ!」


 カズキは精一杯手を伸ばす。

 彼女は車椅子。自分で逃げることすら叶わない。人の手を借りなければ、自分の身を守れない。


 なんと卑劣な奴なのだろう。


 弱者を盾にし、こんなところにまで現れる。やはり、奴らは滅しなければならない。害悪を駆逐しなければ。


 目の前が塞がれる。


 無機質な金属の質感のくせに、うねうねとうごめいている。おおよそこの世のものとは思えない、奇妙な物体。


 それが、カズキの首元を覆い囲む。生ぬるい温度を持つ、蛇が巻きついたような感覚。


 嫌な笑顔だった。


「あんまりお痛が過ぎたね。あんたたちは、黙って私らに搾取されてれば良かったのに。手を噛む家畜には、罰を与えないといけないねぇ」


 女はカズキを軽々と持ち上げた。巻きついた生体金属が気道を押しつぶす。呻きともしれぬ音が喉から鳴る。


 金属は万力のようにゆっくりと、首を締めていく。

 頸動脈が狭くなっていく。視界に白い斑点が見える。柔道で何度か経験したことがある。これは気絶する前のサイン。


 まずい、死ぬ。

 四肢が痙攣を起こす。筋肉が弛緩する。死の予兆。


 今更死など恐れない。


 悔しいのは、こいつに何の反抗もせず殺されることだ。

 こんな奴らが、のうのうと生きながらえていることだ。奴らは、カズキから大切なものを奪った。何という理不尽。何という不平等。


 何という、災厄。


 ふざけるな。

 俺にも、お前から奪わせろ。

 大切なものを。

 心の支えを。


 命を。


 お前たちが人類にとっての災厄ならば、俺がお前たちの理不尽に、不平等になる。


 災厄となる。


 そう決めたというのに。


 力を振り絞り、女に向かって唾を吐く。見事に顔面に命中。


「何のつもり?」


 女がわずかに怒りを覗かせる。


「死に、晒せ、化け物」


 瞬間、鈍色の光が眼前に振り下ろされた。

 オレンジ色の火花が飛び散る。

 それは、一振りの刀。


 直後、カズキは重力に引かれ一瞬の落下を体感する。拘束が解かれ、首に巻きついていた黒い金属はたちどころに液状化する。


 激しく咳き込む。肺が酸素を求めている。


「どいてろ新兵!」


 イブが駆けつけたのだと分かった。


 咄嗟に柊の車椅子をひっ掴み、全速力で駆け抜ける。

 どうしてここに、なんて疑問が浮かぶが今はそれどころではない。一刻も早くここから離れなければ。


「ナメくさった野郎だ! バケモノ風情が、一人でこの辺見基地に乗り込もうなどっ!」


 両断する横薙ぎ。鋭い風切り音。


 女は予備動作なしに後ろへ跳ねる。生体金属を利用した跳躍。女の服が一文字に引き裂かれた。


 紙一重の攻防。


 騎乗者は、小島警部補。県警機動隊からの選抜で機甲機動隊へと転属になった叩き上げ。剣道六段の強者。


 慌てる様子もなく、小島は女に向き直る。


 基本に忠実な、中段構え。


 そこから繰り出されるは回避不能、雷のごとき突き。イブの爆発的な推進力が加わり、弾丸の速度で敵を貫く。


「誰が、一人だって?」


 唐突に現れた一体のヴィクターが、女の死を阻んだ。

 肉壁。黒い盾。

 無情にも、その剣が女の喉元に届くことはなかった。


「な、に……?」


 女の背後から無数の影。うぞうぞとこちらに向かってくる。徐々にシルエットがハッキリとしていく。


 それは軍団。


 黒の部隊。


 災厄の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ