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ハードシップメークス  作者: 小走煌
7 秋の大会
72/227

香椎東対柳川女子⑬

「よし、いっちょ行ってくるぜ!」

「捺からのアドバイスを忘れてはいけませんよ、清」

「わーってるって!」

 香椎東ベンチがにわかに騒がしくなる。

 華凛が決死の勝負を敢行している間、捺の号令により『待球』という作戦がチーム全体で取られることとなったのだ。

 相手は手がつけられない鬼。それでもどうにか退治しようと考案された方針は明確に進むべき道筋となり、ナインの折られた心を再生しようとしている。


 マスク越しに見える姉さんの顔は『済まない』と言っていた。余分な四球を与えたと悔いていた。

 別に、そんなことはどうだって良い。連続三振だって狙ってやっていたわけでもない。どうせツーアウトなんだ。ここで切れば何でもない話。


 姉さん、わたしが心配しているのはーー


 直後、姉さんが右手をゆっくりと左手甲、左肩、左腕へ順番に触れていく。

 普段はわたしから姉さんへサインを出すことで配球している。でも、必要な時だけは姉さんが直接サインを出すように二人の間で決めている。

 今、姉さんが行った動作は正にその特殊なパターン。それは、変化球主体の組み立てを希望することを意味していた。

 この意図はなんだろう。深い意味があるのかーーなどという邪推は即座に棄てた。

 今日は変化球を大して投げていない。このタイミングで全ての球種を試しておくのも良いかも知れない。それにーー


 わたしは姉さんの意思に添う。それが全て。


「おっ……?」

 不意をつかれ、清は思わず前のめる。

 玲央が投じたボールは、これまでの剛球から速度を大幅に落として小さな曲線を描いた。カウント稼ぎの緩いカーブ。

 これまで香椎東を沈黙させたのは直球を主体に押す『力』のピッチング。それとは正反対のボールに、清は完全に裏をかかれる結果となった。

 緩い球なら打っちまうかーーほんの一瞬だけそんな考えが頭をよぎったが、すぐに取り払った。

(そうだ……ここで俺があっさり手を出しちまったら、さっそく作戦が破綻しちまう)

 今やろうとしているのは、チーム単位での作戦。その意味を理解しているからこそ、見逃す。この打席でどんな投球をされようが、ここは追い込まれるまで待つ。

 次に投じられたのは、外角のボール球。

 さっそく待球の効果アリかーー安堵する清の思いを嘲笑うかのように、ボールは鋭く沈み込みながら外角いっぱいに入ってくる。

「な、なんだとーー!?」

 清は愕然とした。ボールだと思った球がストライクになるという事実。シンカー系の軌道を描いたそれは、速度こそ抑え気味なものの切れ味抜群。恐らく、いわゆるツーシームとは違うものだろう。変化の量が尋常じゃない。

 謎のボールを清なりに解釈してみようとするが、現状はそれどころではない。結局のところ、たった二球で追い込まれてしまった。

 追い込まれたからには簡単に見逃し三振で終わる訳にはいかない。両の手に自然と力が入る。そんな清に対して、淡々と三球目が投じられた。あろうことか、そのボールはど真ん中を通過しようとする。

「ーー待った甲斐があったぜ! 失投、もらった!」

 その好球ぶりに清はありったけの力を込めたフルスイングで迎え撃つ。

 そして次の瞬間、その決断は誤りだったと知る。

 ど真ん中に着弾するかと思われたボールはその手前で急激にブレーキがかかる。ホームベース上でバウンドするほど沈み込んだボールに全力のスイングが止まるはずもない。

 唖然とする清に、投球を難なく体で止めた蘭奈が無言でタッチしアウトが成立した。

 ひとつの四球を挟んで、また三振。

 しかも、絶対速度の直球を用いない変化球だけによる三振。そのピッチングは玲央という投手の不気味な奥行きを示していた。

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