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ハードシップメークス  作者: 小走煌
7 秋の大会
62/227

香椎東対柳川女子③

言葉が上手く出ない。

チームの皆が、白い目でこっちを見ているような気がする。

どうしよう。

ゆるして。

どうしよう。

ゆるして。

身体が震えているのが分かる。ここに立っていたくない。一秒でも早く逃げ出したい。


苦しい。


どれくらいの時間が経ったか分からない。

気がついたらみんなベンチへ戻っていく。どうやら最後のアウトが取れたらしい。

途中、直子さんがやって来て何か言ったような気がするけど、あんまり覚えてない。

どうしよう。

いったい、何て言えば。


「まあまあケイちゃん、そう落ち込むなって!」

ベンチでは賑やかな喧騒があった。慧が引き揚げながら想像していたような怒りの表情は、そこには無かった。予想外の光景に戸惑う。

どうして良いか分からずに立ち尽くしていると、急に肩を掴まれ強引にベンチに押し付けられた。突然の出来事に心拍数が急激に上昇する。

「か、華凛ちゃん……」

その犯人は華凛だった。掴んだ慧の両肩を離し、おもむろにその隣に腰掛ける。

正体が分かってから、慧の心拍数は平常値に戻った。しかし、このような拘束をするからには恐らく何か用があるはずだ。きっとさっきのエラーについてこっぴどく言及されるに違いない。先程とは別の意味で慧の心拍数が上がる。

慧の心の狼狽を察知しているかのように沈黙していた華凛は、やがて口を開いた。

「いい、慧。エラーっていうのは、誰にでも必ずあるものだから。勿論私だって今までの野球人生でたくさんして来たし、今日もしないとも限らない。だから大事なのは原因を捕まえて、次、同じことを起こさないようにすること」

慧にだけ聞こえるボリュームでゆっくり、諭すように華凛は言葉を続ける。

「今回のエラーにもきっと原因がある。慧はこれまで一生懸命練習して来たんだから、普通にやれば問題なく捕れたはずだわ」

そう言いながら華凛はあの場面をもう一度頭の中で振り返り、やがて失くしたものを見つけたような表情で二の句を告げる。

「そうね。私が見てた限り、帽子を気にしたのが原因じゃないかしら」

「帽子……?」

そうだ。確かにあの時、風が吹いて帽子が飛びそうになった。気になって左手で押さえようとしたらいつの間にかボールが目の前にあったんだ。

慧の目の前にはその瞬間の様子がまざまざとよみがえった。それを察した華凛は優しく微笑む。

「プレイ中だもの。帽子なんて飛ばせばいいのよ。次からは気を付けなさい」

『気を付けなさい』という厳しい言葉とは裏腹に、そのトーンは優しく慧の心に沁みた。その場で俯き、涙が零れそうになるのをやっとの思いで堪える。

「……さ、攻撃よ。攻撃になったら自分の打席が来るまで一生懸命応援するものなの。だから先輩を応援しましょう」

華凛はそう言って視線をグラウンドへ移した。慧は、俯いた状態で呼吸を懸命に整え、やがて顔を上げた。

そこには、バッターボックス内で勢い良くバットを振り回す直子の姿があった。

「んじゃあ、景気づけにいっちょう行きますか!!」

振り回したバットを両手でしっかり握り直し、構えに入る。いかにも打つのが待ち遠しいといった様子で、静かにマウンドに佇む玲央と相対する。

既に投球練習を終えていた玲央は、直子の用意が整ったことを受けゆっくりとセットポジションの姿勢をとった。


そうして出来た間。刹那の静寂。


やがて、それを切り裂くように初球が投じられた。

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