柳川女子
登場人物(柳川女子)
鍛治舎玲央
夏の福岡大会優勝校である柳川女子姉妹バッテリーの姉。
エースで主将。
鍛治舎蘭奈
夏の福岡大会優勝校である柳川女子姉妹バッテリーの妹。
キャッチャー。
とある学校の正門前。ワゴン車が横付けで停車している。サイドには、県内最大手テレビ局のステッカーが貼られている。
取材用のカメラを抱えたスタッフとマイク片手のスタッフが、一人の女子生徒を囲っていた。
スラリと伸びた長身に長髪。中性的な、整った顔立ちをしている。
制服ではなくユニフォームを着用している為、野球部の生徒であるというのは一目で判断出来る。しかし、そこから放たれる威圧感はただの一般学生とは一線を画していた。
今、その生徒にマイクが向けられ、インタビューが行われている。
「夏の大会は激戦区・福岡を見事勝ち抜いての優勝となりました!」
「全員の力が上手く噛み合った結果、だと思っています」
「全国でもその力を遺憾なく発揮した柳川女子ですが、その中にあってもやはり鍛治舎姉妹バッテリーの姉である玲央選手のピッチングにこそ、他県の選手は圧倒されているように見えました!」
「いえ、私だけの力というわけではありません。妹の蘭奈が良いリードをしてくれましたし、バックの固い守備に幾度も助けられました。チームメイトには本当に感謝しています」
「これから秋の大会が始まって行きます。春の全国大会行きへの切符がかかるこの大会ですが、一言抱負を頂けますか!」
「これまで同様、一戦一戦全力で戦い抜くのみです。その結果、また全国へ行ければ良いと考えます」
「力強いお言葉ありがとうございます。以上、柳川女子よりエースで主将の鍛治舎玲央選手からでした!」
生徒はその長身を行儀良く折り曲げ一礼し、正門を後にした。スタッフは一様にその背中を見送る。
「……まさに優等生の回答、って感じですね。リードやバックの守備に助けられたなんて謙遜も良いとこですよね」
「そうだな……でも、妹さんのリード、そして守備の固さが他チームに比べ群を抜いているのは事実だ」
「ですね。このチームから点を取るのは一苦労ですね」
「ああ。というより、姉が本調子なら出塁すら一苦労だろうな」
「確かに」
スタッフは思わず苦笑する。
「今の雰囲気だと調子が悪いようには見えなかった……となればやはりこの秋も県制覇の最右翼は柳川女子、というのは間違い無さそうだな」
「そうですね。じゃあ次行きますか。時間もないし」
「ああ」
スタッフ達は手際良く資材を仕舞い、車を発進させた。
「姉さん」
グラウンドに再び姿を見せた姉に、わたしは誰よりも先に反応できた。
「待たせて済まない。今取材が終了した」
「そんな、謝ることではありません……」
「わざわざ学校までお越しになって話を拾ってくれるということは、そこまで注目されているということだからな……有難い話だ」
「……」
柳川女子は夏の大会の覇者なのだから取材など来て当然。それどころか、むしろグラウンドまで降りて練習の様子を撮影してしかるべきではないのか、と内心憤りを感じる。
しかし、この模範のような感謝の姿勢を見せつけられては何も言えない。その言葉にただ相槌を打つのみだ。
「他の皆はどうなっている?」
「姉さんの考えたメニューを、時間通り順調にこなしていますよ」
「そうか、良かった。取り仕切り有り難う、助かるよ」
「い、いえ……」
本当に、この人は全てのことに敬意を払い対応する。こんなこと、やって当たり前なのだから気にしなくても良い。
まして他の部員ならまだしも、肉親にくらいもう少しくだけても良いだろうに――。
「……さて、今日ももう時間が無い。少しブルペンに入りたいから付き合ってくれ」
「……はい!」
でも。
こんな主将で、こんなエースだからこそ。
皆も厳しい練習に音を上げずについて来てくれるのだろう。
この人がいれば、次もきっと勝てる。
――そして、この人を勝たせたい。
キャッチャーミットを一つ鳴らして、先を行く背中を追いかけた。
「ナイスボール!」
上質なキャッチングから産み出される乾いたミットの音と共に、蘭奈の高い声が聞こえてくる。本当に、キャッチャーには似つかわしくない幼い声だとつくづく思う。
思わず笑ってしまいそうになるが、それでは緊張感が無いのでどんどん投げることにする。もう一球、ストレート。
「……ナイスボール!」
やはり、蘭奈のキャッチングは良い。この音のおかげで、ボールが走っているような錯覚を起こす。
――本当は、死んでいるボールなのに。
肩が重い。まるで何か大石が載っているようだ。夏の大会後からやや違和感はあったが、ここに来て顕著だ。
あまりの苦痛に顔を歪めたくなるが、蘭奈に心配を掛けるわけにはいかない。あくまで平静を装わねば。
蘭奈は気付いているのだろうか。このボールの質に。
それとも今は力を抜いて投げている、と思ってくれているのだろうか。
いずれにしても、もう時間が無い。
この大会は、持てる引き出しを全て使って戦うのだ。
「次、スライダー!」
「はい!」
蘭奈は元気に要求に応えてくれる。それで良い。
私が、皆を勝たせる。
――絶対に。