香椎東対天神商業15
20160505
内容に誤りがあったため修正しました。申し訳ありません。
(天神商業の攻撃イニングを六回表→五回表へ修正)
「よっしゃ大チャンス!勝ち越し打もこの林氏が叩き出してみせる!」
鼻息荒く大股で打席に向かう姿は正に勇猛。香椎東ナインの期待を一身に受け、今。林直子のバットから快音が響き渡る――!
「どりゃー!」
「ストライク! バッターアウト!」
などという事は、残念ながら起きなかった。
ノーアウトランナー二塁の得点チャンス。意気揚々と打席に立った直子だったが、勢いをそのままに、豪快な空振り三振を喫した。その結果を見届け、捺は思わず天を仰いだ。
「いやーごめんごめん、あとよろしく!」
ベンチに戻るや否や直子は文乃に適当な仕事の振り方をしていた。出迎えた文乃の目はジト目になっていた。
「文乃、気持ちは分かるけどとりあえず行っておいで」
捺の声に文乃は無言で頷き、直子と入れ替わりに打席へと向かった。
「あっ……!」
しかしその打席の初球。積極的に手を出したもののスピードのある内角球に詰まらされ、力のないセカンドゴロに倒れた。
「ごめん……」
すごすごと引き上げて来る文乃。香椎東に訪れた勝ち越しのチャンスはあえなく潰えてしまった。
「いやあ、ちと雑に行き過ぎたかな」
「うん。そうね」
呑気にポリポリ頭を掻く直子に、捺は腕組みの姿勢を崩さずに思った感想をそのまま告げた。
「ありゃ、手厳しい……」
少し言い過ぎたか、直子はすっかりしおらしくなってしまった。
しかし今、捺の関心は別のところにあった。
「でもあのピッチャー、直子の打席からちょっと変わったわね。得点圏にランナーを背負ってエンジンがかかった、ってところかしら」
「そうか。むしろあたしの気迫があやつを本気にさせちゃったんだろうね!」
「それはどう、かな……」
たちまち調子を良くする直子に、文乃が横から疑問符をつける。
「なにー! いっしょに凡退したくせに!」
「わ、わたしはバットに当てたもん……」
「そんなの関係ねえ!」
「うぅ……」
直子と文乃は仲良くじゃれあっていた。悪い結果が出ても引きずらないのがこの集団の良いところだ。
「まあ、分からないわ。とりあえず守備つきましょ」
捺は二人をたしなめショートのポジションに向かった。直子と文乃、そして残りのメンバーも同じタイミングでベンチを飛び出し、五回表の守備に就いた。
そしてそれは、天神商業打線が三巡目を迎えることを意味する。
「ボール!」
天神商業の一番、上条のバットはピクリともしない。あくまでも無表情を崩さないマウンド上の梓とは対照的に、ボールを受けた豊は思わず首を傾げた。
球審の判定に、ではない。打者の反応が明らかに過去二打席と違う。
――なんだ、コイツ……今の見逃し方、やな感じっすね。
この回先頭の九番打者を空振り三振に切って取り迎えた、上位打線との三度目の対戦。
梓は相変わらず丁寧な投球を続けている。その高いレベルでの安定感は、豊にある種の恐ろしさを感じさせるほどであった。
しかし、打席の上条はこれまで抑え込まれていた梓のボールを、まるで見切っているかのように平然と見送った。不意に訪れる嫌な予感を振り払い、豊は次のボールを要求する。梓は表情を変えず、出したサインと寸分も違わないボールを投じた。
直後。迷いなく繰り出されるスイングが短く甲高い音を生み出し、それと同時に射出された痛烈な打球が二遊間を破る。
「なっ……!」
豊は目を見開き、マスク越しに打球を追った。シングルヒットで済んだことが幸運と思われるほどの完璧な当たり。その余韻に思わず身震いする。
完全に捉えられた。二番の蓮花、三番の悠莉、四番の堀川。この三人以外はこれまで抑え込むことが出来ていた。勿論細心の注意を払ってはいたが、ここまで対応されることは想定していない。ホームベースに視線を落とし動揺を必死に隠そうとする。
その視界の右端に、黒いスパイクが映った。
最悪な巡り合わせ。打席には、この試合中で攻略法が見つかっていない打者の一人、蓮花。どうやって抑え込むか。豊は頭をフル回転させる。思考の闇に入り込む。しかし、そこから抜け出すことは叶わなかった。
どうしても攻略のイメージが湧かない。サインを待ち構える梓の姿を視界に捉えてから随分長い時間が経っているように感じる。
――もうやぶれかぶれだ、変化球から入る、決めた!
自らが作った間に自ら焦らされてしまい、耐えられずにカットボールのサインを出す。それを確認した梓は顔色ひとつ変えずにセットポジションへと移る。それから顎を引いて一塁ランナーを視線で牽制した。
やがて梓から蓮花へと第一球が放たれた。相変わらず要求通りのボール。小気味良く向かって来るそれは、豊に頼もしさを感じさせた。
瞬間。不意に、蓮花が頭の高さに構えていたバットを急激に引き下げ、地面と水平に構えた。身体を一塁方向に流しながらバットの先にボールを当てる。
「なっ――!」
打球の勢いを完全に殺したそれは、いわゆるセーフティーバント。あまりにも想定外の出来事に、豊は指示の声を発することが出来なかった。