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ハードシップメークス  作者: 小走煌
3 新チームの結成を目指して
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手応えと謎と脅威

登場人物


若月慧(わかつきけい)

高校一年生。文芸部へ入部する決意を固めたものの、野球部へ入部させられてしまう。部員勧誘や普段接しない先輩とのやりとりに頭を悩ませる。


伊勢崎華凛(いせさきかりん)

高校一年生。慧を野球部に誘う。周囲の視線を奪う容姿の持ち主であり中学時代は名のある選手だったらしい。ただし硬式野球は高校から。部員勧誘に頭を悩ませる。


天宮捺(あまみやなつ)

高校二年生。野球部部長。楽天的な性格。文乃へ部員勧誘のボード作成を依頼する。行動派。


林直子(はやしなおこ)

高校二年生。基本的にテンションが高い。あっさりした性格。


近藤千春(こんどうちはる)

高校二年生。野球部副部長。真面目な性格。生徒会の活動が忙しい。


西川文乃(にしかわあやの)

高校二年生。夏の初戦では七番セカンドだった。美術の才能がある。恥ずかしがり屋。


吉田清(よしだきよ)

高校二年生。美的センスがあるかどうかは謎。


大崎梓(おおさきあずさ)

高校二年生。夏の初戦では六番ライトだった。

物静かで謎が多い。


中川幸(なかがわさち)

高校三年生。眼鏡をかけている方。おっとりしている。野球部は引退し塾通いの日々。


佐倉千秋(さくらちあき)

高校三年生。眼鏡をかけていない方。おっとりしており後輩の面倒見が良い。野球部は引退し塾通いの日々。

 捺は苦戦していた。部員候補がまるで現れないことに。

「なかなか引っ掛からないものね……」

「まあ、そりゃそうだって感じだけどなー」

「うーん……」

 捺と直子が並んでぼやく。皆が懸命に呼び掛けを行っているものの、帰宅中の生徒達は野球部の方をちらと見るのみで、足早にその場を通り過ぎて行く。

「嘆いていてもしょうがないでしょう。私達は行動するしかないのですから」

「……まあ、そうよね」

 千春が捺に発破をかける。それでも捺は憂鬱な気分が晴れなかった。

 部員勧誘用のボードが完成したその日から、メンバーは放課後を利用し、毎日校門前で勧誘活動を行っていた。

 しかし、一週間経った現在も成果はゼロだった。もっとすんなりと成果が出るものだと思っていたのだろう。部長である捺はこの状況を直視できずにいた。

「この学校にはこんなにも生徒がいるというのに、誰も野球に興味を持ってくれないのね~……」

 天を仰ぎながら呟き、捺は眼前の生徒達に目を向ける。

 スラッとした脚の、まるでモデルのような体格の少女。小柄な体に大きなリュックを背負って足早に歩く少女。仲の良さそうな、いかにもギャルといった雰囲気の集団。道行く生徒達は誰も彼も野球部の勧誘に足を止めてはくれなかった。

「悲しいなあ。ま、こんなもんじゃないかね。気長にやりゃあいいでしょ」

 直子はポンと捺の肩に手を置く。

「そ、それはそうだけどぉ……!」

 捺はすぐさまそれを払いのける。直後、直子はまた捺の肩に手を置く。捺はそれを高速で払いのける。そんなじゃれあいのようなやり取りで気を紛らわすしかなかった。

「ほら、よそ見してないでちゃんと声出さないと」

 ふと聞こえてきた声に耳をやると、華凛が何やら慧に注意しているようだった。

「うっ……ご、ごめん……」

 慧はばつが悪そうに首をすくめる。その様子を見て捺は思った。下級生もどうにか頑張ってくれている。何か成果を出さなければならない。なになにしなければならないという苦しい思考に引っ張られたその時、その目に懐かしい顔が映り込む。

「先輩……!」

「ひさしぶりだね~」

「みんなして、何やってるのー?」

 捺の目に飛び込んで来たのは、先の大会を最後に引退した三年生、幸と千秋の姿だった。それに気付いたメンバーは思い思いに挨拶をする。

「先輩、お久しぶりです!」

「なっちゃん、ひさしぶり~」

「新体制はどうー?」

 OGの問い掛けに捺は早口で捲し立てる。

「いやもう全然、これまでと変わらないですよ。楽しくやってます! でも問題がひとつ、ですね。新しい部員が全然入ってくれなくて……文乃に良いボードも作って貰っていっしょーけんめい勧誘してるんですけど、誰も見向きもしないんですよ。こんなはずじゃなかったんですよね~、もっとサクッと掴まるもんだと思ってたんですよ。それがショックで……部員が入ってくれないとまた大会に出られなくなっちゃうからひじょーに困るんですよね~」

 まるで親戚のおばさんの如く間を置かない捺の一方的な話だが、三年生はうんうん頷いて耳を傾けてくれていた。

「だいじょうぶだよ、なっちゃん。この学校にはこんなに人がいるんだもん。きっとひとりぐらい野球やりたいって思ってる人がいるわよ~」

 幸はそう言って校門に目を向ける。捺も釣られて同じように目を移した。

 校門をくぐり帰宅する生徒は後を絶たない。黒縁の眼鏡をして生真面目な雰囲気を漂わせる少女。小柄な体に大きなリュックを背負って足早に歩く少女。はっきりした歩みで快活さを感じさせる少女。実に様々な生徒達が帰宅の途についている。

「諦めないで呼び掛けていれば、きっと誰かが見てくれるよー」

「そう、ですね……そうですよね!」

 にこにこ笑う先輩の優しい言葉に、曇っていた捺の表情がみるみる明るくなる。

「めげずにやってみます。ありがとうございます!」

 すっかり元気を取り戻し、勢いよく頭を下げた。

「そんな、感謝されることじゃないよー」

 焦った様子で千秋が両手を横に振る。その後、ポソリと呟いた。

「……でも、ほんとうにうまく行くといいねー」

 無言で捺は頷く。二人が醸し出す空気により、一時の間、場は和やかな雰囲気に包まれた。しかし、やがて幸により静寂は解かれる。

「じゃ、わたしたちももう行くね~」

「もう行っちゃうんですか? せっかくだから手伝ってってくださいよ~」

 直子が間髪入れず三年生を引き止めるが、彼女達の意思は変わらない。

「わたしたち、塾に行かないといけないからー」

「塾ですか!?」

 真っ先に捺が驚きの反応を見せた。

「すっかり受験生ですね。わかりました、それなら止めません」

「ごめんね~」

「いえ。本当に、ありがとうございました!」

「またねー」

 皆手を振って、去る三年生を思い思いに見送る。

「……塾通いなんかしてるのか。あたし達も来年の今頃はそんな感じなのかな」

「そうね……」

 捺も直子もそれ以上何も言わない。しばし沈黙が流れる。

「……でも、憂えても仕方ないわ。私達は目の前の事をやりましょう!」

「そうだな」

 捺は再び道行く生徒達に向き直る。肩掛け鞄を落とさないように気を付けながら急ぎ足で過ぎ去る少女。小柄な体に大きなリュックを背負って足早に歩く少女。丈の長いスカートに身を包んで俯き加減に歩く少女。帰宅の波は未だに途絶えることはなかった。これだけの生徒がいるのなら、きっと誰かが興味を持ってくれる。先輩から貰った言葉を捺は心の中で反芻していた。

「……ん?」

 ふと、捺はある違和感に気付いた。変わっている風景の中に同じものが混じっているような気がする。

「捺先輩」

 直後、捺に歩み寄り声を掛けたのは華凛だった。鋭い目付きで帰宅する生徒達の方を見詰めている。

「野球部に興味を持っている可能性のある人を見つけました」

 華凛の言葉と捺の中での違和感が繋がる。

「……もしかして、あのカバンの子?」

「はい。気付いていましたか」

「ちょうど今、ね。やたら目の前通る子がいるなーって」

「この短時間に何回も行き来しているのは何か訳ありのように感じます。気付いてからは注意して見てみましたが、どうも私達に目線を向けているようです」

「……怪しいわね」

「話を聞いてきます」

 捺が唸る間に、華凛は早くも対象に向かって歩き出していた。歩きとは思えないスピードでみるみるうちに距離を詰めて行く。

「なんて行動が早いの……」

「お前が言うか」

 直子のツッコミを、捺はポリポリ頭を掻いて誤魔化すしかなかった。


「ちょっと」

 校門を出て十メートル程離れたところで残り距離をゼロにした華凛は少女の右手を掴んだ。驚いた顔で少女は振り向く。

「あなた、もしかして野球に興味があるんじゃない?」

「……」

 少女は何も答えない。しかし顔は下げずに華凛をじっと見詰めている。

「下校時間なのに何回も校門を往復して。忘れ物があった風でも無かったし、こっちをチラチラ見ていた。何も無いとは考えられないんだけど」

「……察しが良いっすね」

 少女は不敵な笑みを浮かべる。

「アンタ、伊勢崎さんっすよね。まさかとは思っていましたが、見間違いではなかったみたいっすね」

「!?」

 自分の知らない人間に対して取られるリアクションとしては非常に予想外。今度は華凛が驚きの表情を作る。

「私を知ってるの……? どこかで会ったかしら」

「伊勢崎華凛と言えば県でも屈指のプレイヤーでしたからね。そりゃ弱点探しに必死になったもんっすよ」

「……あなた、野球経験が……?」

 華凛の問いに回答せず少女は続ける。

「それにしても、アンタ程のプレイヤーがなんでこんな学校に通ってるんすか? 野球をしない、と言うんならまだしも」

「私の事は良いでしょう。あなた、経験者なのね。それなら是非ウチの部に入って欲しいんだけど」

「……残念ですが、それは出来ないっすねえ」

 一瞬の間を置き、少女は勧誘を拒絶する。なぜ。華凛は納得できずに食い下がる。

「それなら校門をわざわざ熱心に往復しているのはどういう理由なのかしら」

「そ、それは……」

 少女が言いよどむ。華凛は更に押す。

「かつて私を研究してくれていたみたいだけど。そこまで熱心な人間が帰宅部で我慢出来るとは思えないのだけど」

「そ、そんなことは……」

「いいえ、我慢出来ないはずよ。その証拠に何回も校門を往復しているのだから」

「そ、それは良いでしょ別に……!」

 少女の顔が僅かに赤くなる。ここがポイントと見た華凛は一気に畳み掛けた。

「どういった理由で拒否するかは解らないけど、自分の気持ちには素直になった方が良いわ。それにウチは今部員が八人しかいないの。あなたが入ってくれれば大会に出られる上にレギュラーが確定する。非常に良いことだと思うんだけど」

 少女は何も答えない。少しの沈黙の後、やがてぽつりと一言だけ呟いた。

「……野球は、つまんないっすよ」

 そう言って少女は華凛に背を向けその場を去ろうとする。

「……待って!」

 華凛は咄嗟に少女の腕を掴んだ。しかしそれはすぐさま振り払われる。

「!?」

 その瞬間、華凛の目に異様な光景が映った。華凛の手を振り払った少女は振り返らずにそのまま走り去っていった。


「あっ、華凛戻ってきた」

 捺が手を振って華凛を呼ぶ。

「どうだった?」

 目をキラキラさせて問い掛ける。華凛は言葉を選ぶように話し始めた。

「……どうやら、野球経験者のようです。恐らく中学時代だと思いますが私の弱点を調べた事がある、と言っていました」

「へえ。そんな子がこの学校にいたなんてね」

「調べられるなんて流石伊勢崎さんだな」

 直子が横から茶々を入れるが、華凛は構う様子なく話し続ける。

「結局入部は断られたのですが、どうも何か理由というか……事情があるようでした。それに去り際に彼女の掌が見えたのですが……」

「ですが?」

 華凛が一瞬言葉を詰まらせる。捺に続きを急かされ、重く二の句を告げた。

「……凄いマメでした。恐らく毎日振り込んでいるに違いありません」

「……そう」

 華凛の回答に捺も思わず考え込む。

「……でもそれなら、勧誘を断るのが謎ね」

「私もその点が解せません」

 捺も華凛も俯き、無言になる。

「なんか良くわかんないけど」

 二人の沈黙に直子が割り込んだ。

「そんなガチな人間がこの学校にいる、ってのは収穫じゃん。この活動もいつかは効果出るかも知れんね。とりあえずもう時間だし練習いこうぜ!」

 あっけらかんとした直子の催促に捺は時計を確認する。

「あら、ほんとね……今日は止めにしましょうか」

 捺は集まった全員に呼び掛け、活動を終了した。それから全員で部室へと向かった。


「あー今日もつかれたー!」

 くたびれた様子の直子が椅子に腰を下ろす。練習後の部室は喧騒のかたまりだった。

「グラウンドが使えるとやっぱり違うわね」

「空き地で出来ない事がたくさん出来るからねえ」

「そうよね」

 疲れながらどこか満足そうな直子に捺は相槌を打つ。捺もまた、心地良い疲労感に包まれていた。

「こうなると早く部員を揃えたいねえ」

「そうね」

「今日の例の子が入ってくれると手っ取り早いんだけどなあ」

 着替えを行いながら直子はぼやいていた。

「そうよね。ただ、今日の子のおかげでもしかしたら他にも野球経験者だったり、興味を持ってる子がいるかも知れないと思えるのは有難いわね」

 同じように着替え始めていた捺は、直子をあっという間に追い抜き制服姿へと化した。

「あの子、キャッチャーだったらいいな」

「ふふっ、そうね」

 直子の言葉につい吹き出してしまう捺。そのまま何気なく携帯電話をチェックした。

「……!」

 瞬間、捺は眉間に皺を寄せた。表情を崩さないまま画面に表示された文字を追う。

「よっし、じゃあたし帰るわ。おつかれさん」

「待って、直子」

 着替えが終わり帰宅の途につこうとする直子を呼び止める。

「……どうした?」

 捺の様子が先程から変わっていることをいち早く察知したらしい直子は声を潜めて尋ねる。捺は部長机に座り、無言のまま腕を前に組んだ。

 他の部員は皆着替えを済ませ、次々と部室を後する。喧騒のかたまりだった部室だが、ついには残っているのは捺と直子の二人だけとなった。

「皆行ったわね」

 長い沈黙を破り口を開く。

「どうしたんだ? いったい」

 直子の問いに捺は短く答える。

「悠莉から連絡があったわ」

「なんだって? そりゃ久しぶりな……けどいったい何の用で」

「練習試合の依頼よ」

「えっ」

 捺の回答に直子は息を飲む。

「ってことは、相手は、まさか!?」

「そう。天神商業」

「マジかよ……」

 捺も直子も黙り込む。部室は暫くの間、張り詰めた静寂に包まれた。

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