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ハードシップメークス  作者: 小走煌
3 新チームの結成を目指して
21/227

西川文乃が出来ること

登場人物


若月慧(わかつきけい)

高校一年生。文芸部へ入部する決意を固めたものの、野球部へ入部させられてしまう。部員勧誘に頭を悩ませる。


伊勢崎華凛(いせさきかりん)

高校一年生。慧を野球部に誘う。周囲の視線を奪う容姿の持ち主であり中学時代は名のある選手だったらしい。ただし硬式野球は高校から。部員勧誘に頭を悩ませる。


天宮捺(あまみやなつ)

高校二年生。野球部部長。楽天的な性格。部員勧誘へ妙案を思いつく。


西川文乃(にしかわあやの)

高校二年生。夏の初戦では七番セカンドだった。自身の持つある特性から部員勧誘に悩む捺に目を付けられる。

 慧と同じぐらいの小柄な体格。

 整ったショートボブは伸びた前髪が目にかかっているせいか、綺麗な髪でありながらどこか暗めの印象を与える。

 反面、前髪の隙間から覗くくりっとした瞳はまるで小動物のような愛くるしさを有しており、思わず頭を撫でてしまいたくなる程だった。

 しかしその瞳からは、今にも決壊せんとばかりに水滴が溢れようとしていた。

「出来るわよね!? 文乃?」

「……ち、ちかい、こわいよ……」

 練習後の部室内。他のメンバーの帰宅に続き部屋を出ようとした彼女に対し捺は獣のように俊敏な動作で間合いを詰め、あっという間に壁際まで運んだ。

 香椎東高校女子野球部所属の二年生、西川文乃。この度、彼女の持つある特性から捺に目をつけられたようだった。盛んに詰め寄る捺にすっかり怯え、壁際で小刻みに体を震わせている。

「私のボードじゃ誰も寄り付かないの! 文乃の美的センスが必要なのよ!!」

「わ、わかった……わかったから……」

 テンションの静まる気配が一向に感じられない捺の体を懸命に押し、引き離そうとする。

「じゃあ、やってくれる?」

「……やる、やるから……」

「ほんと!? やったー!」

 力ずくで要望を通した捺は一瞬で文乃から離れ、バンザイのポーズで飛び上がった。

「わわっ……!」

 力の行き先を無くした文乃は勢い余って盛大に床にダイブする。

「あっ、ごめん文乃」

「もう……いたた……」

 手を差し伸べる捺に引き寄せられ、膝を摩りながら立ち上がる。

「……わかったよ。捺が作ったボードを作り直せばいいんだね……?」

「そう。良い感じにしてくれると嬉しいわ」

 ニンマリと笑みを浮かべる捺は満足気に椅子に腰かけた。

「文乃先輩の絵ってそんなに凄いんですか?」

 ふとそんな質問を投げた慧に対して、文乃は高速で首を横に振った。

「ぜ、全然……全然だから……」

 明らかに照れている様子の文乃に背後から抱き付き、捺が説明する。

「文乃はほんとに凄いのよ。うちの学校で絵画関係の賞を取ってくるのはたいがい文乃なんだから」

 文乃に絡み付いたまま興奮状態で捲し立てる。その中で、文乃はまるでスリーパーホールドでもされているかのような苦悶の表情を浮かべながらジタバタしている。

「そうなんですね。それは、凄い……」

 文乃の特性とは、その秀でた絵画の能力であった。絵画コンクールの季節になれば受賞者として西川文乃の名前が紹介されるのはもはや校内では恒例行事のようになっているらしい。その圧倒的な実績に華凛も感嘆する。

「そうなのよ。って言うか、そもそも元から文乃に頼んでおけば良かったわ」

「わ、わかった……わかったから……はなして……」

「私ったら何でもまずは自分で動いちゃうのよねえ」

「んっ……!」

 捺は頬に掌を当て自らの特性を嘆く。その隙に文乃は捺から離脱する事に成功した。乱れた息遣いを整え、部室に残っている三人に正対する。

「……でも、わたし漫画みたいな絵は苦手だから、うまくいかないかもしれないよ」

「大丈夫よ。少なくとも私のよりは何倍もマシでしょ」

「そう……わかったよ」

 あっけらかんとした捺に観念し、文乃は今一度、ボードの改修を担当する事を宣言した。

「すぐできるわけじゃないから……少し時間はほしいな」

「問題ないわ。大会までもう少しあるし」

 そう言いながら捺は鞄を担いだ。

「そうと決まれば今日は帰りましょうか。早くしないと下校時間過ぎるし」

「は……はい!」

 言われて慧と華凛は慌てて帰り支度をする。文乃は机に投げられた鞄を担ぎ直した。

「じゃ、今日もお疲れ様」

 部長は一日の最後の仕事として、残った部員が部室から出るのを見届け、それからしっかりと部室に鍵をかけた。


 捺は嬉しそうな様子を隠さず、鼻歌まじりに校門を目指している。

「先輩、嬉しそう……」

「そうね」

 後ろからその様子を眺めていた慧と華凛も微笑ましい気持ちになる。

「これで部員が獲得出来れば良いんだけど」

「まだわからないよ……」

「っ……!」

 華凛の希望にストップをかけたのは、二人の更に後ろを歩く文乃だった。

「先輩の腕ならきっと良いボードが出来上がる筈です」

 華凛は文乃の隣になるよう歩くスピードを落とし、諭すように話す。

「上手に出来るかはほんとうにわからないよ。それに……」

 猫背な文乃は伏し目がちにぼそぼそと不安を口にした。

「仮にいい感じにできても、それだけで部員が来るかなあ……」

「それは……ま、まあ、確かに……」

 華凛も慧も、そのトーンに反論出来ず押し黙るしか無かった。

 先頭を歩く捺と、その後ろを付いて行く三人。二者間には対照的な空気が流れていた。

20151012

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