どなられ
登場人物
若月慧
高校一年生。文芸部へ入部する決意を固めたものの、野球部へ入部させられてしまう。部員勧誘に頭を悩ませる。
伊勢崎華凛
高校一年生。慧を野球部に誘う。周囲の視線を奪う容姿の持ち主であり中学時代は名のある選手だったらしい。ただし硬式野球は高校から。部員勧誘に頭を悩ませる。
天宮捺
高校二年生。野球部部長。楽天的な性格。文乃へ部員勧誘のボード作成を依頼する。
近藤千春
高校二年生。野球部副部長。真面目な性格。生徒会の活動が忙しい。
西川文乃
高校二年生。夏の初戦では七番セカンドだった。美術の才能がある。
吉田清
高校二年生。美的センスがあるかどうかは謎。
「よし、今日も図書室いこっか?」
空の弁当箱をしまいながら桃枝は言う。その言葉を受け、慧は反射的に目を伏せてしまう。言葉をどうにか返そうとする唇は心なしか震えていた。
「え、えと……」
高校生になってはや数ヶ月。慧は多くの友達を作るのは得意ではない。しかし、一度仲良くなった者に対しては完全に心を許して懐くという特性があった。
慧がこの数ヶ月で特に仲良くなったクラスメート、日高桃枝。昼休みには食事を共にし、その後図書室に向かいオススメの本を紹介し合ったりそれぞれ本を読んだりして時間を過ごす、という一連の流れが二人の間でのルーティンとなっていた。
しかし今。その営みを本日もただ純粋にこなそうとする友を目の前にして、無慈悲な言葉を投げ掛けねばならない状況が横たわっていた。慧の心臓は普段の三倍増しで鼓動を繰り返す。
「……きょ、今日は……」
瞬間の沈黙の後、苦しみながら言葉を紡ぐ。
「……今日は部室に行かないと、いけなくて……」
「そうなんだ。野球部は大変そうだねー」
「うん……ごめん……」
「ううん、全然いいよー」
落ち込む慧とは対照的に、問題ないと言わんばかりに桃枝は平然としていた。
しかし慧は違った。明日以降の憩いの時間、そして友の消失を心より恐れた。身をよじらせながら、最悪の状況が来ない事を願いながら懸命に言葉を発した。
「でっ……できれば……っ!」
「ん?」
「……また、誘ってほしい、な……」
「もちろんだよー」
変わらずあっけらかんとする桃枝。その様子を見て、ようやく慧は安堵する事が出来た。
「ごめん、明日は行こうね……!」
一言だけ残し、桃枝の顔も見ずにそそくさと教室を去った。
――よかった。たぶん、気にしてない……また変なことで話さなくなったりしたらどうしようかと思ったよ……。
脇目も振らず一目散に部室へと向かう。自分でも気が立っているのが分かった。
――なんでわたしがこんな思いしなきゃいけないんだ……それもこれも全部。
早足で廊下を歩き通し、あっという間に部室へと到達した。その顔は紅潮し、膨れっ面を形成していた。
――全部、部活のせいだ……!
友との営みの時間を剥奪された慧。そのやり場のない怒りを爆発させんと勢いよくドアを開いた。
直後。
「おせーぞ、若月!」
部室全体に怒号が響き渡る。それは慧の勢いを一瞬で殺した。自らの怒りなど頭から消え去った慧は首をすくめ、おずおずと声のした方向を見る。
クレヨンを握り締めながら慧を睨み付けているのは、二年生の吉田清だった。
「ど、どなりすぎだよ……」
清の声にしかめっ面を見せながらも右手に握った筆を動かし続けるのは、つい先日、部員勧誘の為のボードを制作すると宣言した文乃だった。
「おめー、さっさと色塗り手伝え!」
「は、はいっ……!」
立て続けに怒鳴られ、反射的に席に着く。
――そういえば誰が来るかなんてわかんなかったもんなあ……このヒトがいるなんて考えてなかったよ……。
昨晩、捺より「昼休みを利用して文乃のボード作りを手伝いましょう! 来れる人は参加お願いします!!」というメールが部員宛に届いていた。
その中で参加可否が把握出来たのは、生徒会の用事があるため参加出来ない旨を律儀にも全員宛に返信した千春と「クラスでやる事がある」と午前中に直接慧の元までことづてに来た華凛のみであった。
――よく考えたら華凛ちゃんがいないのも珍しいし……なんか普段と違う感じだ。
捺は部長机で何やら作業をしているが、華凛について、慧に問い掛けて来る素振りは無い。恐らく華凛から既に連絡があったのだろう。
――まあ、いっか……とりあえず何をしたらいいんだろう。
華凛がいない事にどこか居心地の悪さを感じながらも視線を机の上に向ける。
そこで慧は異変に気付いた。
「あ、あの……」
「なんだよ」
その声質から清の鋭く睨み付ける視線が容易に想像出来た慧は、顔を上げられず俯きながら言葉を続ける。
「これって……文乃先輩が作っているボードと別なものなんじゃあ……」
文乃は文乃で熱心にボードに向かって筆を進めている。清の眼前にあるボードは、それとは完全に独立したボードに見えた。
「別だよ」
清がそっけなく答える。
――それじゃあ文乃先輩の手伝いにならないんじゃあ?
慧は心の中で発言する。
「なんでそんなの作ってるかって? 部長様のお達しだ」
まるで慧の心中を察したかのようにそう言って、清は部長机に目を向ける。その言葉にドキッとし、つられて机を見た慧はちょうど顔を上げた捺と目が合った。捺は不敵な笑みを浮かべる。
「そういうこと」
そう言いながらおもむろに立ち上がる。
「ほら、ボードひとつじゃなんか寂しいでしょ?」
――でも、そのボードが上手く作れないから文乃先輩にお願いしてるんじゃあ……。
慧の心の声が聞こえるはずもなく、捺は続ける。
「それに今度は校門あたりで全員で勧誘したいなーって思ってね。そしたらもっとボードが欲しくなったわけ」
――なんか話が大きくなってるような。そもそもボードってそんなに必要なの……?
と、やはり頭の中で声にしたものの現実への反映は出来ず、慧はただ曖昧な笑顔を浮かべて無言でいるしかなかった。
「絵の具がつきた……」
突如、注意していないと聞き逃す程の微かな声で文乃がぼそっと呟いた。それをしっかりと聞き取ったらしい清がぼりぼり頭を掻く。
「やれやれ、それなら売店で買ってくるしかねえか」
面倒臭そうに席を立ちながら、清は慧の方に目を向けた。
「若月、おめーもだ」
「え……?」
「いいからついて来い」
「は、はい……」
想定していなかった突然の指名を拒否する事は出来ず、襟首を掴まれたまま慧は部室から退場させられた。




