第57話「S級へ」
――ドゴォォォン。
「……来る。」
木々の向こうから、地面を揺らすような足音が響く。
一歩。
また一歩。
その度に、枝葉が震えた。
「全員、構えて!」
アイリスの声と同時に、森の奥から巨大な影が飛び出した。
――ズドンッ!
地面が大きく陥没する。
「……でか。」
現れたのは、四本の腕を持つ黒い魔物だった。
全身を覆う硬質な外皮。
額には一本の角。
そして――何より異常なのは、その魔力。
「これが……S級。」
シリウスが息を呑む。
『推定危険度を再計算します。』
《最適化》の声が頭の中に響く。
『S級。間違いありません。』
魔物が咆哮する。
――グォォォォォッ!!
空気が震えた。
「来る!」
次の瞬間、巨体が消えた。
「ッ!」
「アレン!」
反射的に横へ跳ぶ。
直後、俺がいた場所を腕が薙ぎ払った。
――ドゴンッ!
大木がまとめて吹き飛ぶ。
「速すぎる……!」
「《炎槍》!」
アイリスの魔法が直撃する。
しかし――
キィン!
外皮に弾かれた。
「嘘……!」
「なら、俺が――!」
《アストレア》を握り、踏み込む。
「《斬撃》!」
――ガキィン!
刃が外皮に食い込む。
浅い。
「硬っ……!」
『警告。』
「!」
魔物の腕が迫る。
『正面からの攻撃は推奨しません。』
咄嗟に身体を捻る。
拳が頬を掠めた。
「……今の、まともに食らってたら終わってたな。」
『肯定します。』
「じゃあ、どうする?」
『対象の右肩。』
《最適化》が続ける。
『攻撃時に、魔力循環が一瞬停止します。』
「一瞬……。」
『0.37秒です。』
「十分だ。」
俺は魔物へ向かって走る。
「アレン、援護する!」
シリウスが魔法を放つ。
魔物の視線が僅かに逸れた。
「今!」
アイリスの炎が地面を走る。
魔物が跳ぶ。
その瞬間――
「【幻奏】!」
セレナの音が響いた。
魔物の動きが、一瞬だけ鈍る。
「今だ!」
俺は懐へ潜り込む。
右肩。
魔力の流れが――止まった。
「――そこ!」
《アストレア》を振り抜く。
――ズンッ!
確かな手応え。
魔物が初めて後退した。
「効いた!」
だが――
『異常を確認。』
「……何?」
魔物の傷口から、黒い魔力が溢れ出す。
傷が徐々に塞がっていく。
「再生……?」
『違います。』
「え?」
『魔力による強制修復です。』
魔物がこちらを睨む。
そして――
突然、俺たちを無視して森の奥へ走り始めた。
「……逃げた?」
「追う?」
俺は魔物の進んだ方向を見る。
『推奨します。』
「理由は?」
《最適化》が答える。
『シヴァ=リグレットの魔力反応と、対象の移動方向が一致しています。』
「……!」
「シヴァのところへ向かってるってこと?」
アイリスの問いに、俺は頷いた。
「たぶんな。」
魔物を追って走る。
木々を抜ける。
すると――
「……何だ、これ。」
地面に、巨大な傷跡が続いていた。
まるで何かを引きずったような跡。
その先に――
「……シヴァの研究道具?」
地面に散らばっている。
壊れた魔導器。
そして、その中央に一枚の紙が落ちていた。
俺は拾い上げる。
見覚えのある筆跡。
――シヴァだ。
『アレンへ。』
「……!」
続きに目を走らせる。
『もし君がここまで来ているなら、僕の予想は外れていない。
この森には、僕たちが知らない魔導技術が残されている。』
そこで文章が途切れている。
その下には、たった一行。
『そして――それを利用している者がいる。』
「……利用している者?」
その瞬間。
森の奥から、再び咆哮が響いた。
――グォォォォォッ!!
「……まだいる。」
《アストレア》を構える。
だが、今度は違った。
魔物の咆哮に混じって――
微かに、人の声が聞こえた。
「……アレン……?」
「……!」
間違えるはずがない。
「シヴァ!」
俺は森の奥へ走り出した。




