優しい人ほど怒ると怖い
友人を庇って重体となった三上正成は、目を覚ますと戦国時代、後の石田三成である石田佐吉になっていた。
なんやかんやあって三献茶RTAを達成し、たったフラグをへし折った佐吉は、大和国でヤトウモドキに襲われてしまう。
通りがかった武士に助けられた佐吉は——?
すみません、随分と短くなりました。
申し訳ありません。
……なるほど、前にも似たようなことがあった。
目を覚ますと知らない天井、何やら話す人々の声。
鈍い痛みと熱を訴える身体。
重い頭がのろのろと数刻前を振り返る。
確か……ヤトウモドキを引きずって集落にたどり着いた。
集落に近づくにつれました賑やかさが、先ほどまでの非日常から解放されたのだという実感を与えたのか。
安堵か、緊張が解け、私はふらりと馬の背に倒れこんだ。
それで、そのあとは……
ぼんやりとこれまでのいきさつを思い返していると、若い女性がぼやけた視界に入り込んだ。
「あ、起きた? 」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
目線を女性に向ければ、ああよかったと笑みを浮かべ、くるりと戸口……に当たるであろう場所を振り向いた。
「島様~起きましたよ~」
にわかに騒がしくなる。
どた、と重さを感じさせる足取りが近づく。
「嗚呼、よかった。起きましたか。と……佐吉どの」
声とともに現れた顔は、ヤトウモドキ達から救ってくれた武士のものだった。
……であれば、島様、というのがこの男のことだろうか。
島、しま、島……。
だめだ、さっぱりわからない。
そんな名前が授業で出た覚えは、いや、いつだったか彼女が。
ぐるぐると渦を巻く思考もそこそこに、何とか体を起こそうともがいていると、近くにどっかりと腰かけた男に制された。
「無理しなくて大丈夫ですよ」
怪我人なんですから。
とにこやかにいわれる。
漸く、手当てをしてもらっていたことに気づいた。
「あ……すみません、何から何まで……」
「いえ、そんなことは」
「気にしなくていいですよ、もとをただせばこの辺りににらみを利かせ切れていないのが悪いんですから」
「いや、そんなことは……」
ないんじゃないだろうか、知らんけど。
はは、と苦笑しながら、
「まあ……そういうわけですから。気にせずで大丈夫ですよ」
「そうそう、子供は大人しく甘えていればいいのよ! 」
との言葉に、ああそうだ、今の私はまだ子供だったのだと思い返しながら、再び私はまどろみに沈んだ。
いや、沈もうとした。
佐吉どの。
島という武士が口にした、今の私の名。
初対面であるはずの男の口から出た。
……どういう、ことだ。
なぜ彼が、私の名前を。
偶然か?
私が夢うつつに名を聞かれ、答えたとでもいうのか?
あるいはよくある名前で、とりあえず呼んだとか?
それか私と瓜二つの、同じ名の、同じ年ごろの子供と知り合いで、間違えたとか。
そんなわけがあるか。
冷静な理性がツッコミを入れるが、かと言って。
そのいずれでもないとするならば、なぜ——?
私が知らない、覚えていないだけで会ったことがあるのだろうか。
大和の国の武士が、近江の国の地侍のこどもに?
何のために。
どこで、いつ、どうやって。
だめだ。
考えがまとまらない。
まとまるはずもない。
何もわかっていないのだから。
ああ、そうだ。
ちょうど、半年ほど前と、同じ――。
限界だった。
そこでやっと私の意識は途切れ、沈んでいった。
再び目を覚ます。
お、だかあ、だか、小さく声を上げたのは、なぜか近くに座していた男だった。
伸ばされた手が額に当てられる。
「……熱はもう下がったようですね。良かった」
にっこりと、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
どうする。
聞くべきか?
「……あの」
「そういえば」
聞こうとして被った。
どーぞ、と譲って相手の言葉を待つ。
「帰り方がわからない、と言っていましたが……一体どこへ帰ろうと? 」
「あぁ……えっと、近江国の……」
「嗚呼」
また、この笑みだ。
人当たりの良い。
笑みを浮かべた男が口を開く。
どこか試すような目で。
楽しそうに。
「近江……佐和山——いや、確か坂田郡の辺りでしたっけ? 」
佐和山?
確かにそんな名前の山城はあった、いやそれよりも!
「……っ! 」
どうして。
にこやかに微笑いながら男は続ける。
「そう、確か。石田村……」
それを
「知っているのですか……?! 」
まだ完全には塞がっていないのだろう、肩と腿のあたりがずきりと痛んだ。
構わず跳ねるように体を起こす。
制するように伸ばされた手を気に留めることなく、男の顔を正面から見る。
なぜ。
なぜ、知っているのだ。
私の名を、私の故郷を。
目の前のこの——確か島とかいう——男は。
……島?
島、
「左近……? 」
驚いたように男が目を見開く。
いや誰だ?
三成以上に知らないぞ?
思わず口をついた言葉に驚いていると、相手の口が大きく弧を描いた。
あたりの空気を震わすほどの大声で、男が笑った。
「っくく、これは……一本取られましたな」
「……? 」
合っていたのか。
よく知らないけど。
「まさか知っておられたとは」
へ、と間抜けな声が漏れたのは幸か不幸か聞こえなかったらしい。
「失礼、つい……」
からかってしまいました。
「先日貴方についての噂を聞く機会がありまして」
こんなところにまで!?
「……それで」
「ちょっと鎌をかけたら想像以上にいい反応だったものですから」
すみません、と全く思っていない顔で言われた。
謝罪で済むなら法も力も必要ないんだよ、と言ってやりたい気持ちを抑えながら、精一杯むくれてみせた。
こういう時は子供らしくした方が良い。
ここ半年ほどで学んだ、使い道のない知識だ。
くつくつと笑いを噛み殺しながら、男——島左近は言葉を続けた。
「それにしても……よく知っておられましたね。
」
いや知っていたわけではないのだが。
「……たまたまです」
「ご謙遜を」
ほんとだよ!
何だかどうもペースを乱してくるような奴しか戦国時代にはいないらしい。
諦めて話題を変えた。
「それで……その、ここから近江へは」
「あぁ、それなら——」
いつの間にか用意されていた地図を指差しながら、島が道のりを口頭で説明した。
「……必要なら案内しますよ? 」
頭に叩き込んでいると、面白い遊びを思いついた顔で、島が言った。
「え?いやいやいや大丈夫です結構です! 」
これ絶対道中遊ばれるやつだ……!
引っかからない、私は絶対引っかからないぞ。
というか忙しいでしょう、と言えば、連中を連れていくついでに途中までなら問題ない、と言われてしまった。
挙げ句、
「またあんな連中が出たらどうするんです? 」
というごもっともな言葉をかけられては、頷くしかなかった。
「……お願いします」
嬉しそうな顔をしていた事に関しては、丁重に記憶から消し去っておいた。
まだ島という男に聞かなければならないことは幾らでもある。
まさかあんなちゃちい理由で納得するとは向こうも思っていないだろう。
聞いたところで素直に言ってくれる相手ではないだろうが。
また、長い道になりそうだ。
ため息をこらえつつ、諦め半分で私は布団に突っ伏して休むことにした。
これからの旅を思えば、体力は温存しておくに限るだろうから。
そしてさらに月日が経って。
私は今、近江国坂田郡石田村の村長、石田正継の家で正座をしている。
どうも鬼の幻覚が背後に見える皆さんを前に。
あのあと、怪我が癒えるのを待って集落を出、まぁ予想通り何も聞き出せず、一方的にからかわれ遊ばれながらも無事な旅を送り、島と別れて。
ようやく坂田郡石田村にたどり着いたところで、うちに鬼を秘めた正澄に捕まり。
引っ立てられるようにこの場に座らされた。
正直ちょっと、いやだいぶお尻が痛いのだが、そんなことを言える状況ではなかった。
もぞもぞと足を動かしていると、静かすぎて逆に恐怖を覚えてくる居住まいの正継が静かに口を開いた。
「佐吉」
それはそれは静かな、確かに怒りを秘めた声が、部屋に落とされた。
怒ってる。
これは間違いなく怒っている。
押し殺された怒りが息苦しい。
いや私が悪いのだけれども。
重苦しい空気の中、肺から空気を絞り出すように返事をする。
「……はい」
にっこりと正継が笑った。
穏やかな笑みだった。
見た人を例外なく怯えさせそうな、それはそれは穏やかな笑みだった。
ひゅっ、という掠れた音はきっと私の喉からのものだろう。
笑みを貼り付けた鬼が、ゆっくりと口を開く。
「何か、言うことはあるかな」
……脅迫だ。
こんな見事な脅迫は初めてだ。
あのヤトウモドキたちが可愛く思えるほどの恐怖に震えていると、相変わらず微笑んだままの正継に返事を急かされる。
「佐吉? 」
鬼だ。
現世に鬼がいるっっ!
「大変……申し訳ありませんでしたっっっ! 」
頭をたたきつけるような勢いで土下座をする。
多分ここまで深く頭を下げたことは今までなかったように思う。
うん、と軽く頷いた正継と正澄、その他諸々皆々様がたから、それからみっちり絞られることウン時間。
もうこれ以上の目に合うことは無いだろう、と後に語ることになる、数時間が過ぎることになったのだった。




