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三八 世界は再び時を刻みはじめる

 パラケルススの死は、メガラニカの指導部により隠ぺいされた。


 メガラニカ軍の部隊が急ぎエリクシル生産工場へと派遣されたが、残されていたのは単純作業をこなす工員と、役に立たない資料の山だけだった。多くの技術者がエリクシルの生産を続けようと努めたが、素材が不足しており、結局製造ラインは停止した。


 エリクシルの供給が滞ると、世界はパラケルススの死を悟った。


 その後、残されたエリクシルを奪い合うという抗争に人類社会は陥る。しかしそんな抗争も、エリクシルが底をつくと共に、自然と終わりを迎えた。人々は久方ぶりに、銃声の聞こえない平穏な生活を取り戻すことができた。




 こうして、世界は再び時を刻みはじめる。




 メガラニカに集った若者たちは、老化――彼らの年齢からすれば『成長』であるが――を感じだした者から、一人、また一人と南極の地を去って行った。永遠の子供たちの世界、ネバーランドは消えてなくなったのだ。


 数百万人の若者たちの指導者であったエリカは、廃墟と化したかつての首都『オィンガス』の執務室で、光のない街の景色を眺めていた。


「もういいだろう、姉さん」


 遥か年上の弟が、背後から語りかける。


「こんなとろこに残る意味はもうない。俺と一緒に帰ろう」


「帰る? 私に帰る所なんてない。第一、私は世界中から追われる身よ。戦争犯罪者なんですって。明日にも、連合軍が私を逮捕するために押し寄せてくる。あなたこそ、巻き込まれないうちに、ここから去りなさい」


 城島は、それ以上姉に対してかける言葉を持っていなかった。パラケルススの死から今日まで、彼の死を隠ぺいするため、そしてその責任の一端を果たさせるため城島は拘束されていたが、今ではもう、彼を見張る兵士すらいなかった。沈む船から逃げ出す鼠のように、若者たちは消え去っていた。


「馬鹿げた時間だった」


 震える声で、エリカは呟く。


「理想をもって、仲間が集まった。誰もが、輝ける未来を夢見ていた。そして、それが絶対的な正義だと信じていた。若者の、若者による、若者のための社会が築けると、本気で考えていた。でも、たった一人の老人の死が、全てを否定した。結局、虚構だったわけね……」


 仕方なかった、と城島は言えなかった。そう慰めるには、あまりに多くの命が失われていた。


「エリクシルという麻薬により、人類社会は皆幻想にとらわれていたんだよ」


「父と自分は正しかった、そう言いたいわけ?」


「正しいも悪いもないよ」


 城島は、涙を流していると思われる姉の背中に向かい答えた。その答えが、精一杯の彼の優しさだった。


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