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大英雄の息子の日常冒険譚  作者: いかぽん
エピソード4:商人からの護衛依頼

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第50話 決戦(3)

「くっ……!」


 ケヴィンはとっさに身を捻って、頭上から振り下ろされた鉤爪攻撃の回避を試みる。


 だがわずかに及ばない。


 飛行中だったケヴィンの脇腹が、鋭い爪の先によって引っ掛けられ、少年の小さな体はボロ雑巾のように吹き飛ばされた。


 ごろごろと地面を転がり、やがて力尽きたように突っ伏した状態で止まる。


 それでもケヴィンは、どうにかという様子で身を起こして立ち上がった。


「がはっ、げほっ……! はぁっ……はぁっ……く、そっ……!」


 少年の脇腹は、竜の爪によって鋭くえぐられていた。

 赤い染みが、衣服にじわりと広がっていく。


 しかも今のケヴィンは、超加速(ヘイスト)の効果時間が切れた反動により、強烈な疲労感に襲われていた。


 ただ立ち上がることすら、気力を振り絞らなければままならない状態。

 先ほどまでのような集中力で戦うことは、とうてい不可能だった。


 そこに怒り狂ったブラックドラゴンが、四足獣のように地を這って襲い掛かってくる。


 凶悪な力を持った怪物に立ち向かえるだけの力は、今のケヴィンにはもはや残されていなかった。


 それでも少年は、一度上空に退避しようと、飛行能力を働かせる。


 だが間に合わない。


 あっという間に目の前まで来たドラゴンの口が、鋭い牙でケヴィンをかみ砕こうと襲い掛かり──


「──ケヴィン!」


 少年は横合いから何者かに飛びつかれ、抱きつかれて、二人で絡み合ったまま地面を転がった。


 柔らかくて温かな、獣人の少女の感触。

 ドラゴンの牙からは、間一髪のところで逃れていた。


 獣人の少女はすぐに起き上がると、ケヴィンを抱きかかえてその場から離脱する。


 その動きは、普段とは比べ物にならないほど素早い。

 狼牙族の少女は、超加速(ヘイスト)の効果を付与されているようだった。


「ワウさん……」


「ケヴィン、かっこよかったぞ! さすがワウが見込んだオスだ!」


 ワウはやがて立ち止まり、ケヴィンを地面に下ろす。

 そこには神官の男が待ち受けていて、少年に治癒の神聖術を施していく。


 一方──


「今や、撃てぇっ!」


 盗賊ジャスミンの号令とともに、ドラゴンを遠巻きにした村人や冒険者たちが、手にした弓から一斉に矢を放った。


 矢の大半は外れるか、ドラゴンの硬い鱗に弾かれたが、鱗のない腹部などに命中した何本かが浅く突き刺さりダメージを与えた。


 弓手たちの先頭に立ったジャスミンは、その戦果に舌打ちする。


「チッ、硬い鱗やなぁ。よく少年はあんなのザクザク斬ってたもんよ」


「だがちっとは効いてるようだぜ。もう一発だ!」


 慣れない弓を手にした斧使いダリルは、次の矢をつがえていく。

 ジャスミンや盗賊の少年、それに村人たちも同じように二の矢を準備していった。


 さらに──


「氷の槍よ、わが敵を穿て──アイシクルジャベリン!」


「猛き稲妻よ、撃ち貫け──ライトニングボルト!」


 二人の魔導士から氷の槍と雷撃が放たれ、ブラックドラゴンへと突き刺さる。


 さしものドラゴンも、これには小さくないダメージを受け、苦悶した。


 だがそれで力尽きはしない。

 もはや風前の灯火という様子を見せながらも、ブラックドラゴンはまだ倒れずにいた。


「ダメっ、墜ちない……!」


「まだだ! 次を撃ち込めば──!」


 ルシアとローナ、二人の魔導士はさらなる呪文詠唱を開始する。


 だがそのとき、ドラゴンの目がぎらりと光った。


 竜は直前の攻撃で彼にもっとも大きなダメージを与えた魔導士──ローナに向かって、再び地を這うようにして襲い掛かる。


 巨体ゆえの歩幅が成す、おそるべき速度。


 第二の魔法攻撃は間に合わず、弓矢攻撃もろくなダメージを与えられずに蹴散らされる。


「──ローナ!」


 ダリルが弓を放り捨て、ローナを庇うように前に立つ。


 ドラゴンは邪魔者を、鉤爪で振り払おうとして──


「──うぉおおおおおおおっ!」


 そのドラゴンの横合いから、少年が突っ込んだ。


 ケヴィンの神聖力を宿した剣が、ブラックドラゴンの首元に深々と突き刺さる。


 その突撃の勢いに押され、弱っていたドラゴンはバランスを崩して横転した。


 そこに──


「氷の槍よ、わが敵を穿て──アイシクルジャベリン!」


「猛き稲妻よ、撃ち貫け──ライトニングボルト!」


 魔導士二人による再びの魔法攻撃が、ドラゴンの胸部に突き刺さった。


 氷の槍に身を穿たれ、雷撃に貫かれたブラックドラゴンの巨体は、びくびくと痙攣し──


 巨大モンスターはついに、その生命力のすべてを失い、力尽きて動かなくなった。


「や……やったの……?」


「た、多分……」


 トドメの魔法を撃ったルシアとローナが、自信なさそうにつぶやく。


 場が一時、しんと静まりかえる。


 そして次の瞬間──


「「「うぉおおおおおおっ! ドラゴンが倒されたぞーっ! 冒険者たちがやってくれたぞーっ!」」」


 村人たちの快哉の叫びが、村じゅうに響き渡った。

 やんややんやの大騒ぎだ。


 一方でケヴィンは、倒れた竜のそばで大の字になり、もう一歩も動けないという姿で空を見上げていた。


「は……ははっ……勝った……よかった……」


 ケヴィンはホッと安堵していた。


 自分が戦って倒すと言っておいて、最後は仲間たちに助けられてしまった。


 結果として一人も犠牲者が出なかったから良かったものの、危ないところだったのだ。


 何か一つでもかみ合わせがズレていたら、この結果にはならなかったかもしれない。


 ほかにもっと良い方法はなかっただろうか。

 自分以外、誰も危険な目に遭わずに、誰の命も奪われずに済む方法は──


 そんなことを思っていたら、突如、ケヴィンは先輩冒険者たちに襲い掛かられた。


 まずはワウが抱きついてきて、抱き起こされたかと思うと、さらにジャスミンまで抱きついてくる。


「ケヴィン、お前は本当にすごいぞ! あんなに大きくて強いドラゴンを、ほとんど一人で倒したようなもんだ! こんな強いオス、ほかに見たことないぞ!」


「少年、ようやった! えらい! お姉さんがぎゅーって抱っこして、たくさんほめてあげるからな。よーしよしよし!」


「うぷっ、ぷはっ……! ちょっ……埋まるっ……二人とも、胸が……!」


 ぎゅうぎゅうと二人の美女に抱きしめられ、大きな胸に挟まれて窒息しそうになるケヴィン。


 そこにルシアが駆け寄ってきた。

 魔導士の少女は、慌てて二人をケヴィンから引きはがそうとする。


「ちょ、ちょっとジャスミンさん! それ自分がやりたいだけじゃないんですか!? ワウちゃんも抱きつかないで! ケヴィンさんが困ってます!」


「うん……? そんなこと言うて、ルシアこそ自分もやりたいだけやないの?」


「そうだぞルシア。それやきもちだろ。もう騙されないぞ」


「えっ……ち、ちがっ、違うもん! ケヴィンさん、二人に抱きつかれて大変ですよね? 私が助けてあげますから、こっち来てください……!」


「は……はははっ……」


 力なくぐったりとした少年は、先輩冒険者たちに抱きつかれ、押し合いへし合いされ、奪い合われ、何だかよく分からない感じで揉みくちゃにされた。


 柔らかさといい匂いとでくらくらして、ケヴィンの意識は遠のいていったのだった。


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