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傷の謎

 そうしてしばらく、反省の色を濃くして頭を下げ続けるコウキに対し、「もういいですから、誤解だということは重々承知しましたので」と、フィーナはコウキを許し、罪には問われずに済んだようだ。


 改めてフィーナの寛容さに感謝し、もう二度とあんな真似はしないと胸に誓った。


「……それでは改めて、フィーナ……さん?」

「はい。フィーナです。よろしくお願いしますね、カミヤさん」


 一瞬、彼女に苗字で呼ばれて戸惑ったが、顔には出さずコクリと頷いて見せる。


「助けてくれて、ありがとうございました。……その、俺は何も持ってないんで、特にお礼とかはできませんけど」

「ははっ。いいんですよ、お礼をしてもらうために手助けしたわけでは……ないので。そうですよね? レオちゃん」


 フィーナはそう言いつつも、先ほどからレオを膝に座らせてしきりに頭を撫でている。「わぁぁー……、レオちゃんの毛、モッフモフだぁ」と幸せそうな顔で。


 これが礼になるというのならば、別にいくらでも触ってもらって構わないのだが……。


 コウキは、チラリと彼女の膝に寝転ぶレオを見る。レオの様子は、「ムフー」っと寝心地様のいいソファーを見つけた犬といった具合で、彼女の慈愛を堪能しているようだった。


 コイツ……俺の時は散々な態度だったくせに、借りてきた猫みてぇに大人しくしやがって。そんなに俺の事が気に食わなかったのか?


 いや……単純に、美人の女が好きなだけか……。


 まぁ確かに、相手が美形であることに越したことはないが……と、コウキは味の薄く具材の少ないお粥を啜る。飲まず食わずだったせいか、いつもよりも食事に対して有難みを大きく感じていた。

 しばらくコウキが飯を啜るだけの時間が続いたが、ふと、思い至って問いかける。


「……そういえば、ここは何処なんですか?」


「———え?」


「ここって……フィーナさんの家ですよね」

「そう、ですよ」


 幸せそうだった彼女の表情が、コウキの一言で曇り、撫でる手を止めた。


 それに気付いたレオは、ぱちりと目を開け、フィーナの顔を覗き込む。その後、コウキに向けて目配せをした。コウキもほんの数ミリ首を縦に振って理解を示す。


「……その、俺は川に落ちる少し前から頭がボーッとしてて、記憶が曖昧で……。そうなる前はずっと何もない草原をひたすら歩いてたんですよ。だから……今いる場所が分からないというか……」


 しどろもどろになりながらも、上手く説明できたと思っていたコウキだったが、


「……では、この村を知らない。そういうことですか?」


 フィーナの態度は激変し、深刻そうな顔つきになっていく。


「ええ……まぁ」


 ぎこちなくコウキが肯定すると、フィーナは一度目を見開き、その後俯いて唇をキュッとすぼめる。理由は分からなかったが、確実にコウキの発言によるものだろうと、コウキ自身察していた。

 すると、フィーナは徐々に顔を上げて、ポツリとこう尋ねる。


「では……カミヤさんは、王都から派遣されてきた、役人ではない?」


 コウキの黒い瞳を、自分が鏡のように映り込みそうなくらい見つめてくるフィーナ。


 それに対して、コウキはこう返答することしかできなかった。


「何の話、ですか……?」


 無意識に、首を傾けた。


 その瞬間、フィーナの宝石のような瞳から、ふっと光が消えた。

 彼女の態度、それと瞳から伝わってきたのは……溢れんばかりの悲嘆、それと俺に対する明確なまでの失望だった。


 何に失望されたかは分からない。


 ただ……その顔で失望されるということ自体が、俺にとっては途轍もなく堪えた。

 心臓を抉り、胃を捻じ切られたと、錯覚くらいに……。


「……すいません」

「…………ぁ」


 フィーナはコウキの謝罪によって我に返り、焦って自分の口元を両手で塞いだ。多分、自分が無意識に余計なことを口にしてしまったのかと思ったのだろう。


気にしなくていいですから……と、コウキは首を横に振る。


 フィーナは、ゆっくりと両手を口から降ろし、申し訳なさそうに体を縮こまらせた。不意にコウキと視線が合えば、すぐに逸らされてしまう。その気まずさといったら、何物にも例えられないほどだ。


耐え切れず、コウキは手に持っていた皿と匙を、近くの机へ置いた。


「……何か、あったんですか? よければ、その……事情を聞かせてもらえると」

「…………。」


 また目を逸らされて、しかも今度は口を硬く閉ざされた。


 話したくないことなのだろうか、それとも、俺みたいな部外者には話すわけにはいかないことなのだろうか。まぁ役人というくらいだし、機密事項の一つや二つあったところで何もおかしくはない。

 それに……さっきの『王都から』という言葉の意味も気になる。


 コウキは、見つめていたフィーナの顔から視線を落とし、ある一部分を凝視し訪ねる。


「その手の傷と……何か関係が?」

「——ッッ!」


 そう口にした瞬間、フィーナは自分の手を恥部でも晒したかのように、ササッと隠す。

 どうやら、よっぽど聞かれたくないことだったらしく、その僅かに赤くなった表情からは羞恥が滲み出ていた。


 正直、彼女がこういった反応を示すだろうという事は、概ね察しが付いていた。


 女性が、自分についた傷跡のことを気にしていないわけがない。

 恥ずかしいと思う人の方が多いだろう。


 異性から聞かれたのなら……なおさらだ。


 しかし、俺は敢えてオブラートに包むことなく、ストレートに尋ねた。


 そりゃ……こんな言い方心苦しくはある。その証拠に、今は罪悪感でいっぱいいっぱいだ。

 けど、それでも口にしなければ始まらないこともある。


 コウキは、僅かにフィーナとの距離を詰めた。


「話して、くれませんか?」


 そして、声色を変えてもう一度訪ねる。


 ズン——と、胃が重たくなるようなコウキの言葉に、フィーナの膠着していた心が揺れる。


 ずっと……黙っていれば、自然とやり過ごせると思っていた。


 沈黙を続け、聞いてほしくないという素振りを見せれば、「言いたくないことなら、言わなくて良いですよ」といった具合に、深く干渉してこないだろう……と。


 実際、この村人の人達は、ほとんどがそうしてくれた。


 私に対し、何かしてあげられないかと声を掛けてくれるが、私が笑って一言「大丈夫ですよ! これくらい私一人でできますから!」と答えると、申し訳なさそうにしながらも、それ以上は踏み込んでこなかった。


 私一人でできることなら、私一人でやってしまったほうがいい。

 その分、その人達は他の事に手を回せるから。

 その方が、効率的だ。


 例え、本音は……手を貸して欲しいと思っていても。


 ……どうも私は、無駄に虚勢を張り、虚言を意図せず吐いてしまう人間らしい。


 そのくせ、誰かに手を差し伸べてもらいたいという願いを持っている。


 我ながら、なんと面倒な女なのだろう。

 自分で自分が嫌になる。


 けれど、この村にとってはそれがいいのだ。


 私が見本となれるよう誰よりも頑張っていれば、私の頑張りを見て誰かが勇気づけられる。そしてそれが、ほんの少しでも活力に変わるかもしれない。


 ……そうなればいいなと、私は頑張り続けてきた。


 これからも、そうするつもりだ……。

 そうするつもりだ……。

 そう……していく…………つも、り……。


 いつまで?


 この村が、私を必要としなくても大丈夫になるまで?

 それとも、私が死ぬまで?


 ————この村が、消えてなくなるまで?


 …………それはちょっと、むりかなぁ……。


 自然と、息を吐いていた。


 関係のない人を巻き込みたくなくて、硬く口を閉ざしておくつもりだった。


 けど……ただ、話すだけなら。


 だから協力して欲しいとは言わないようにしよう。助けて欲しいと縋らないようにしよう。何とかしてほしいと願わないようにしよう。何かを求めないようにしよう。何かを期待しないようにしよう。


 ただ……話す、それだけ————。


「……実は」


 フィーナは、閉ざしていた口を開き、この傷とこの村で起こっていることの全てを吐き出そうとした。


 その瞬間だった。


「その人が王都から来た役人さんかい⁉」「どうか、私達に救いの手を‼」「いつまで待たせるんだ⁉ こっちはもう戦々恐々だったんだぞ‼」「よかった、これでようやくこの村は救われる‼」「ああ、どうか救いを!」「はやくしてくれ、もう限界なんだ‼」「さっさとしやがれ‼ いつまでもこんなことを続けていられないんだ‼」「はやく‼」「はやくしてくれ‼」「ああ、神様。ようやくこの村にも救いが訪れます‼」「さぁ、早く! あのケダモノ共を一匹残らず滅ぼしつくしてくれ‼」


「————な⁉ なんだなんだァッッ⁉」


 突如、扉を蹴破るような音がしたかと思えば、扉から一斉に人間が雪崩れ込んできた。しかも、全員が鬼気迫る表情で、何かを叫びながらコウキの元へと集結していく。


 視界の全てが人の顔で覆いつくされ、仰天と恐怖でコウキの心拍数が一気に上昇する。


 非力ながらも人の壁を押し戻そうとするが、全くもって手におえず、混乱の中で溺れ死にそうになったその時。


「みなさん、落ち着いてください————ッッ‼‼‼」



 フィーナのあらん限りの叫び声が、混沌を極めた室内に木霊していた。



今回は、少し短くなってしまいました。

読んでいただいてありがとうございます。

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