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1・気の抜けた返事

この話は、ごく普通の高校生が日常で体験する些細な魔法の話です。

現代ファンタジーなので、異世界やモンスターなどは出てきません。



 満開だった桜は春の大雨に叩かれて、見事に散り落ちていた。

 花を失った枝は、青葉を茂らせて別の風景を映し出す。

 小さな水路沿いに連なる桜並木の横を通って、小さな橋を渡る。

 何も植えられていない、けれども息吹の予兆を感じさせる畑を両側に眺めながら舗装されてない道を自転車で進んだ。

 史美菜フミナは高校の友人である斉野美加に呼ばれて、彼女の家に来ていた。

 行動的で、何かにつけて突拍子もない事を思いつく美加に呼ばれると、史美菜は何だかワクワクしながらも、ちょっぴり裏腹に気が重い。

「これから魔法をやるわよ!」

 美加は眼を輝かせて徐に言った。 

 美加の家は昔ながらの専業農家で、敷地には畑とビニールハウスが在る。

 大きな引き戸の玄関前で史美菜がチャイムを鳴らした時、もう一人の友人、平井百夏ひらいももかは既に家の中にいた。

 早々に三人は家屋の隣に在る大きな蔵に向う。



 茶色の土壁で覆われた、黒い瓦屋根の蔵は家一軒分の大きさが在る。外壁の土壁は古びて風化し、あちこちが小さく崩れたりひび割れたりしていた。

 蔵の中は薄暗くて、麻袋や大きな樽が積まれていた。

 隅の方には使われていない耕運機が、黒々と影を浮かび上がらせる。

 史美菜と百夏は初めてそこへ入った。

 二人共美加の家には何度も来ているが、蔵に入るのは初めてだった。

 美加が柱に設置されたスイッチに手を伸ばすと、高い天井に吊るされた三個の裸電球に明かりが灯る。

 史美菜はポカンとそれを見上げた。

「こっちだよ」

 美加は古びた梯子を上り始めた。

 蔵の中の半分は二階建てになって、もう半分は吹き抜けのままだ。

 大きな木製の梯子がかけてあり、美加はそれを登っている。

 彼女は上階に差し掛かる手前で再び振り返ると

「早くおいでよ」

 片手で手招きした。

 史美菜と百夏はそれを見上げていたが、美加に手招きされるままどちらともなく梯子に手をかける。

「あ、フミ、先いきなよ」

「モモちゃん行きなよ」

「あたし、スカートだから最後でいい」

 史美菜は百夏の言葉で先に梯子を上り出すが

「そんなの、女同士じゃん」

 二人はロフト? に登ると、キョロキョロと辺りを見渡した。

 天井は人が立ち上がっても余るほどに、充分な高さがあるが、ホコリっぽくて薄暗い。

「クシュン」と、百夏が小さなくしゃみをする。

 大きな太い梁には太いロープが撒きついている。汚れた木箱が床に積み上げられて、その奥から美加の声がした。

「こっちこっち」

 木箱の陰から、再び美加は手招きする。

 史美菜と百夏は再び顔を見合わせてから、積み上げられた木箱の隙間を抜けた。

 奥は開けて、壁には古びた本棚が並んでいる。

 そこには、茶色く黒々としたいかにも古い書籍がズラリと並んでいた。

 美加が一冊のぶ厚い本を掴んで言った言葉が

「これから魔法をやるわよ!」

 史美菜も百夏も意味が判らずに、半分口を開けたまま美加を見つめ、同時に彼女の手元へ視線は移った。



 床に魔法陣を描いた。

 美加の言う魔法事典に描いてあったのを、そのまま真似して描く。

 わけの分からない記号を、意味も解らずに三人はひたすら書き写した。

「ねえ、魔法陣って小麦粉で描くもんなの?」

 史美菜が言った。

 鼻の頭に、小麦粉が着いて白くなっている。

「いいんじゃないの?」

 美加のいい加減な答が返る。

 彼女は何時もそうだ。

 何処かいい加減で、おざなりだ。そのくせやる気だけは満々にある。

 現に、彼女が最初に描いた一番外側の円は何だか歪んでいて、百夏がロープをコンパス代わりにして描こうと言い出さなかったら、そのままひしゃげた魔法陣を描かされるところだった。

「塩の方がよかったんじゃない?」

 百夏が言った。

「なんで?」

「だって、お塩ってお清めとかにも使うじゃん」

「ああ、そうか……」

 9割がた描き終えた直径3メートルほどの魔法陣をかき消そうとする美加を、史美菜と百夏は慌てて止めた。



「で? なんの魔法をやるの?」

 直径3メートルほどの大きな魔法陣が描き終えると、質問したのはやっぱり史美菜。

 史美菜は何時も、奇抜な発想をする美加に冷静さとリアルな現実を突きつける役目がある。

「魔法を使うって言ったら決まってるじゃん」

 美加はぶ厚い魔法事典などと言ういかにも胡散臭い物を両手で持ち上げると、ブンブンと振り回す。

「魔法って言ったら、恋でしょ」

「決まってるの?」

 百夏が言った。肩につく黒髪が揺れる。

「だって、漫画とか映画とかって、そうじゃん」

「まさか、あんた」

 史美菜が声を上げる。

「その、マ・サ・カ」

 美加は憧れの先輩をどうにかモノにしたがっていた。

 モノにしたいと言うのは、いわゆるヤッちゃいたいっていうヤツだ。

 彼の姿を見る度に、彼女ご自慢の細身の身体が疼くらしい。

 とんだエロ女だ。

 しかし、こんな小麦粉で描いた出来損ないの魔法陣で、魔法なんてかけられるのか?

 二重の円の内側に三角形を二つ逆向きに重ねた図形を描いた。二重に描いた円のその間は12等分に分けられて個別の文字を描いた。

 何かで、いや何処かで誰もが見覚え在る魔法陣だった。

 こんなベタな図形で……?

 百夏もそうだが、史美菜もそんな事は信じていなかった。

 美加の冗談に、というか遊びに付き合っていただけだ。

 美加の鼓動は、何時だって退屈しのぎの暇つぶしにはもってこいなのだ。

 21世紀の現代で、魔法なんて存在するはずはない。

 いや、16世紀だろうが、ローマ時代だろうがそんなモノがあってたまるか。

 史美菜はわざとらしく肩をすくめると、小さく溜息をついた。

 それを見た百夏は、声を出して笑う。

「ほらほら、笑ってないでいくよ」

 美加が魔法事典を広げて二人に差し出す。

「魔法って言っても、何するの?」

「この魔法陣を三人で囲んで呪文を唱えるの。その後で、あたしが心中で願いを唱える。魔法陣の上端に立った者が願いを叶えられるのよ」

「へぇ〜」と、気の抜けた返事が、二つ重なった。





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