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やれば出来る子の努力とその結末

 また一人、どさりと地に伏した。

 レーナは倒れた兵をまたぎ越え、傍らに転がった剣を足で踏み折った。これにて10本。

 残り10本、そのうち5本は持ち主ごとどこかへ消えた。即ち、逃げたということである。

 そして最後に残った5名と5本が、今もレーナの前で慄然と息を呑んでいる。

 そんな彼らを振り返るレーナときたら、それはもうものすンごい笑顔であった。


「思ったよりは残ったね。上等上等」


 嬉しげに響く声に、兵たちは答える言葉を生み出せない。


 ジョルジュもまた汗を一筋垂らしながら、低い呻きを喉元で鳴らす。

 10人もの屈強な男を打倒し、その身体には傷の一つも負っていない。どころか、動けば動くほどにその動きは精妙さを増し、匂い立つほどの色気をまとう。

 相対した男たちが、不覚にも一瞬、見惚れてしまうほどに。そんな風にして仲間がやられていく中で、


 すでに驚きや恐怖などはとう昔に通り越し、呆れるやら笑えてくるやらと自分の感情の整理に忙しい。

 せいぜい強がりを吐くぐらいが、今のジョルジュに出来る精一杯だった。


「……ふん。たいしたものよ。その腕前は店主の仕込みというわけか」


「違うよ。全然違う。あたしには師匠は居ない──」


 ──少なくとも、このセカイには。


 ジョルジュ達にとっては意味不明なつぶやきを漏らし、レーナはきちんと向き直った。一歩、また一歩と覇者の如くに歩み寄る。不可視の壁に押されるようにして、男たちは後退る。


 ──重圧(プレッシャー)


 強者のみが醸しだす、結界じみた独特の空気。そんな恐ろしい物をまき散らしながらも、レーナは未だ微笑んだまま──溌剌とした暴力の気配に、周囲の空気がキリキリと張り詰める。

 やがてそれが限界まで引き絞られ、否応なしに激突の瞬間が差し迫る。気勢が弾け、駆け出そうとしたその時、誰よりも早く動いた影は、レーナの前方、そして兵達の後方からひどく唐突にまろび出る──洒脱な身なりを泥土に汚した、ほかならぬボンクラ貴族──ジョルジュであった。


 思わず出鼻をくじかれ、レーナは思いっきり前方へつんのめった。衛兵も動揺に、あやうくパトロンを切りかけた剣先を無理矢理に引き戻す。

 まるきり意味がわからない。6人全員、全く同時に疑問を抱く──骨無しチキンが今更に、蛮勇ふるってなんとする?


 その疑問に答えるジョルジュは、キリッと真顔でこう答えた。


「すまん、ちょっと作戦タイムだ」


 妙に生真面目なその様子に、レーナは思わず頷いてしまった。


 ◆


 奇妙な光景であった。


 残った5人をかき集め、それぞれが肩組み合って輪をなしている──その中央に、鎮座ましましキメ顔でおわしますのは領主の4男。円陣組んで語らう様子は既に一端の指揮官ヅラであった。


「待たせたな」


 これまた律儀に声をかけ、ジョルジュはレーナに向き直る。

 そして今度はレーナが瞠目する番だった。


(なに……?)


 あのドングリが『何か』を言った──ただそれだけ。それだけの事で、衛兵たちはにわかに勢いづき、その目に戦意を滾らせ始めた。彼ら一人一人が戦士の顔に戻っていた。

 眼前にそびえる暴力の塊を前に、互いに頷きを交わして励ましあう姿は健気ですらある。

 これではまるで、自分のほうが悪役ではないか──ドングリのくせに……そもそもそっちが悪いくせに。


(……ムカつく)


 早速に短気を疼かせるレーナをさしおき、ジョルジュは今一度、己の手駒にもう一度向き直った。


「では諸君、よろしく頼む」

「応ッ!」


 その号令に遅れることなく、残された五名が左右に展開。隊長を中心に、それぞれ左右に2名ずつ──半月を描く包囲陣形。恐るべき相手を遠巻きにして、各々に剣を携え睨みを効かす。

 更に驚いたことに──ジョルジュまでもが剣を抜いた。兵達のそれとは違う、一本の細剣は細く尖る三日月を更に削って創りだしたような、美しいが儚い輝き。

 それを静かに携えたまま、ジョルジュはピタリと動きを止めた。遠く離れてはいるものの、もはや逃げも隠れもしないらしい。


 レーナとジョルジュ、彼我の距離は15ミーテル。その中間のあたりに展開した兵士たち。

 素手のレーナはおろか、兵達にとっても完全な間合いの外。彼らの闘志とは裏腹に、慎重すぎる立ち上がり。

 それもそのはず、ジョルジュが彼らに囁いたのは次の言葉から始まった。


『まず距離を開けよ。特に攻める必要はない──』


 レーナが下がれば同じ分だけ距離を詰め、前に出ればそれだけ下がる──徹底的な待ちの構え。


 ただし、先刻のようにおたついていては話しにならない。まずはじっくり、相手を視線で炙る。圧力をかけにかけまくり、動かざるをえない状況を作り出す。

 手負いの獣を仕留めるのと同じ理屈である。女一人に情けない限りだが、既に彼らの中に油断はない。

 常ならば絶対に受け入れぬであろう青二才の作戦を、この場に限って彼らは受け入れた。自分よりもはるかに屈強な男たちが、すがるような目つきを寄越してくる──本当にこれでいいのか。こんな事でどうにかなるのか。


 それで良い、とジョルジュは頷く。精々彼らが安心するよう、わざとらしいぐらいに應用に──本音を言えば、自信の程は五分五分だ。

 身の内で喚く弱音を怖気を無理くりに飲み下せば、ジョルジュが手に持つ細剣の刀身が、ほんのりと銀色の光を零しはじめる。幽玄の光をたたえた刀身から柄尻に至るまで、混ざりっけなし100%の無色の(ノーブル)魔石(エーテライト)製。市井に出回る安物とは値段も質も桁が違う、一級品の大業物。それを抜いたからには、サンパレス家に勝利以外は許されない。


 魔力とは『信じる力』。魔石(エーテライト)は術者の信じる現実を、世界へと侵食させる媒介にすぎない。

 故に。五分五分ではダメなのだ。


 じっとりと汗ばむ手のひらから、ジョルジュは懸命に自信を絞りだす。せめての一矢から、確実なる勝利へと己の未来を作り変えるために。

 大丈夫大丈夫。きっとメイビーうまくいく。なぜなら私は、『やればできる子』。幼い頃から、そう言われ続けてきたのだから……。


 それに、


(アイツの手の内は、たっぷりと見たからな)


 業腹な話だが、あの魔女めは心技体全てにおいて衛兵たちを上回っている。

 一対一ではどうしようもなく、さりとて数だけ揃えても意味が無い。先刻は空気に飲まれてまんまと罠にハマったが、その痛手の分だけジョルジュの中に得る物はあった。


 全ては反応と手数が決める──酒精の抜けた頭に浮かんだ、彼なりの方法論。

 どれほど早く、強かろうとも、攻め手は一つの拍子に必ず一回。その拍子のキワとも言うべき、攻防の間を打てばよい。

 そのためには先ず、攻めるのではなく攻めさせる。レーナが誰か一人を狙った瞬間、残りの4人で一気に包囲するというのがジョルジュの立てた作戦の第一段階である。

 そしてそれは、早速成果をあげていた。


(……やりにくいなァ)


 じりじりと前進後退を繰り返しながら、レーナはいきなり手詰まりに陥ってしまった。


 己の脚力を持ってすれば、ギリギリ一足飛びに襲えないこともないのだが……そうすればまともに策にはまり、必ず挟み撃ちに合う。一撃二撃を避ける間に、残りの3名が殺到してくる。

 素手ならまだしも剣五本を同時にさばくと言うのは、流石に無謀な判断だろう。

 つまりはどこかで注意を逸らしてやる必要があるわけで、目下のところ、その手段において頭を悩ませていた。


 真っ先に思いついたのが色仕掛け。

 しかし今更そんな手に乗るようなら、そいつは正真の大馬鹿者だ。

 第一そもそも色気がないと言われてしまえば、悔しいが局地的には認めざるを得なかった。明日からパッド入れようかな。涙ぐましい雑念が一瞬よぎる──いやいや、つうかあたしそんな安くないし。そもそもやりたくないし。では他に何がある? ……残念ながら、なにもない。

 ていうかほんとに眠いのよ。汗もかいたしお風呂も浴びたい。動いたからお腹も減ったし……どこまでも本能の赴くまま、徐々にイライラが募りゆく。その苛立ちが、レーナの思考と動きに粗い物を生み出しつつ有った。


 数度のフェイントも功を奏さず、無為に時間が流れ行く。……こうなったらもうアレだ、再び路地に引きずり込むか。かかればよし、かからねばその時はその時で──雑すぎるプランを脳裏に描き、くるり背後を振り向けば、


「あれっ」


 何ということでしょう! 背後にそびえる石壁が、彼女の退路を完全完璧絶っていた。

 匠の技に翻弄され、気づけば状況が劇的にビフォーでアフター。いつ!? どうやって!? 駆け巡る動揺に応えるものなどありはしない。衛兵たちは一見じりじり動かないようでいて、その実見事に彼女を誘導していたのだ。そして策を授けた相手こそ、再奥で拳を握る貧弱ドングリ。


 完全に嵌められた──レーナの背筋が凍りつく。そこに被さるジョルジュの雷声。


突撃(チャージ)!!」


 号令一下、待ってましたの突撃敢行──ご丁寧に上下左右、角度も呼吸もいちいちきっちり測ったような五連撃。動揺にレーナの初動が半瞬遅れる。しかしそれでも尚、レーナのほうが根本的に早い。殺到する剣閃のはざまを、恐るべき速さと巧みさですり抜け、一気呵成に駆け抜ける──背後に男たちを置き去りにして。


 これにて敵はただ一人──その敵が、動いた。


エル・デズガロ(引き裂け)──」


 詠うような低い声が、不意にレーナの耳をさらう。構う(・ ・ ・)もの(・ ・)か──更に身を低く、早く。少女型の暴力は迷いなく真っ直ぐに征く。

 そして、それ(・ ・)こそが──ジョルジュの真の狙い目だった。


ナイラ・ヴィンド(風の爪)──!」


 打って変わって力強い声が、風の咆哮を喚び起こす。月を断ち割るように振り上げられた銀の爪から、刃と化した疾風が迸る──虚空を、そして石畳を引き裂きながら、無色の暴虐が迫り来る。


「ちょっ──!!」


 問答無用で一撃必殺──殺意過剰の剣風を前にして、レーナの鼓動がドクンと跳ねた。あわや、そしてまさかの大逆転か──!?


「こンのっ……!」


 刹那の間に『死』を垣間見たレーナの野生が、崖っぷちで活路を囁く。

 間一髪、まさにそう呼ぶべきタイミングでの垂直飛翔が自身を救った。上空5ミーテルにも及ぶ野生児の跳躍の足元を風の刃が行き過ぎた。直後、背中越しに感じる爆風と衝撃。あおられた少女の体は着地をしくじり、肩からまともに叩きつけられた。一瞬息が詰まったが、慌てて夢中で地面を転がる──何かにぶつかる。通りの一角、むき出しの露店。またしても壁を背負うというレーナにとっての不幸(ハードラック)は、すなわち男たちの絶好の勝機。再度の突撃──しかし今度は気勢がはやり、浮き足立っている。レーナの野生はその油断を見逃さない。一網打尽の大チャンス──そこへ再び、ジョルジュが吠える。


「待てッ! 深追いはするなっ!」


 まるで犬でもけしかけるような態度──だがそれにより、兵は落ち着きを取り戻す。

 どうやら彼の「声」にはある種の威厳が備わっているようだ。その声に打たれると自然と頭がすっと冴え、己の役分を思い出すらしい。


(なるほど、名セコンドだわ)


 ついでに、大した食わせ物──だが感心してい居る場合ではない。少しでも気を逸らせば、再び彼らが殺到してくる──頭を冷やせ。こちらもなにか、もう少し頭を使わねば。トクトクと跳ねる鼓動を落ち着けるために、レーナはあえてジョルジュに語りかけた。さしあたって、今しがた見せつけられた奥の手について。


「んで、今のって何?」

「……蛮族ならば知らんのも無理はないか。これこそが『魔法』というものだ。……我ら人類の叡智の結晶。もっとも、このブドゥージョで使えるものは一握りに限られるが──」


 さりげなくその一握りであることを誇示しながら、ジョルジュは油断なく剣を携える。彼の周りを再び衛兵たちが固め、再び陣形が構築された。

 だが、レーナはそれを気にも留めない。もっと言えば、それどころではなかった。


 魔法──魔法と来たか。

 それはレーナにとって、耳慣れているようで新鮮な響きだった。


 この世界には魔法がある──再び生まれ落ちてから16年、頭ではわかっていたことだ。

 それが証拠に、レーナは日常のあらゆる場所で魔法に触れている。マジックビジョンや幻灯光(イリュライト)など、一家に一つは当たり前にある魔法道具の数々。

 しかし高度に発達したその品々は、前世でふれたテレビや蛍光灯と使い勝手は変わらない。高度に発達した科学は魔法と区別がつかないらしいが、その逆もまたしかり。前世にはなかった神秘に触れているという実感が、今日この時まで彼女にはなかった。


 だからこの不可思議な現象には心底驚いて、そして少しワクワクした。

 ゆえに賞賛も、ごく自然にすることが出来た。


「やるじゃん。ただのどんぐりって訳じゃなかったのね」

「お褒めに預かり光栄だ。だが今更媚びたところで慈悲はないぞ」


 ジョルジュは何やら褒められたのがちょっと意外らしく、口元を微妙にニヤつかせながらも精一杯尊大に振る舞う。

 ひょっとしたらコイツ、褒められなれてないんだろうか──そう思うと、悔しいことにちょっとだけ可愛いと思ってしまう自分がいて、つくづく『顔がいい』というのは得なものだとレーナは思う。けど、許せないことが一つだけ。チラリと視線だけで振り返る。未だ粉塵たなびく土壁には、がっぽりと大きな穴が穿たれていた。前衛パラには自信があるが、しかし流石に、これを受けてみる気には逆立ちしたってなれやしない。


「っつーかさ……たかが喧嘩でしょ? マジで殺して口封じするつもり?」


 この抗議の声には、衛兵たちもごくごくかすかに頷いた。事前に策を聞かされていたから避けられたものの、そうでなければ死人が出てもおかしくはなかった。

 どれだけ大金を積まれても命ばかりは売り渡せない──視線だけで臨時の雇用主に説明を求める。


 突如の糾弾に、ジョルジュは息をつまらせ目をそらす。頬に一筋、つぅっと汗が滴って落ちる。

 しばしモゴモゴと言葉を転がし、しかしどうにも誤魔化しが効かぬと観念すると、引きつり笑いで言葉を零す。


「……すまん、ぶっちゃけ加減を間違えた」

「えっ」

「以後気をつける」

「……えっ」


 三者の間を、気まずい沈黙が鉛のように落ちた。レーナも衛兵も言葉がない。

 もう何が何やら──お互いがお互い、無駄に必死で、頑張りすぎて、一体何でこんなことになったのか、お互いにわからなくなっている。もうこのままノーサイド。それが一番。頭では全員がわかっている。それでも尚相対している理由があるとするならば、ここで終わるには座りが悪い──ただ、それだけの話。


「あのさぁ……いい加減次で終わりにしない?」

「……異論はないな」


 ここに来て奇妙な意見の一致に、2人は馬鹿らしくもさわやかな笑みを浮かべた。たまらないのは衛兵たちだが、ここまで来て逃げようものなら、それこそただの骨折り損だ。

 せめて金だけでもむしってやらねば気がすまない。毒を食らわば皿までの精神で、彼らはこの場に留まることを決意する。先ほどとは違ってごく自然に、両者の争いは再開された。

 その様子が少しだけ、スポーツのハーフタイムみたいだと、レーナは思った。



 右に左に身を踊らせ、レーナは周囲に素早く視線を走らせる──相手の手札はチームワークと遠距離攻撃。

 対処法は──わからない。何しろこんなの、初めての経験だ。攻略の糸口をくれるセコンドはもう居ない。そういう人は、あっちの世界に残してきてしまった。

 ゆえに必死に目を凝らす──どこかに転がる、勝機をもたらす可能性を探して。


 視界の端に引っかかる物が一つ。閃きと同時、大きく右へ跳躍。

 兵達は見事な集中力を発揮して追従する。待ち受ける兵の凛々しい顔も近づくや、レーナの眼光が鋭く光る。気づいたジョルジュが鋭く叫ぶ。


「違う、左だ! 行かせるなッ」


 その声に兵達が反応するより早く、レーナは鋭く左に切り返した。串刺しにせんと突き込まれた剣先が次々と大地を叩き、ジョルジュはとっさに二の矢を放つ──再びの剣風は狙い過たずレーナめがけて吹き抜ける。しかし彼女は動じない。不可視であるはずの風の刃を本能と直感まかせで避けきって見せる。

 標的を失った刃風は虚しくも猛りながら露店や石畳に炸裂して瓦礫や土埃に変えていく。

 残響へと変わる頃、既にレーナは目当ての物を手をかけている。その何かとは、ズバリ『人間』──最初にレーナに蹴り倒された、一人目の犠牲者であった。


 今は健やかな寝息を立てている男をぬいぐるみのように抱き抱え、レーナはニヤリとほくそ笑む。その表情の意味を察して、ジョルジュは呻いた。


「……人質か」


 焦りと怒りの滲んだ声に、衛兵達から怒気と殺意が膨れ上がる。

 ここに来てまさかの外道戦法に、ジョルジュもまた失望と怒りを覚えていた。

 さて、どうする──思考のギアを入れ替え、猛烈な勢いで頭を巡らせはじめる。実際のところ、ジョルジュに使える魔法というのはそう多くはない。

 解法が導けぬまま徐々にテンパり始める童貞貴族。


 ところがレーナがとった次の行動は、ジョルジュの思考を純白に染め上げた。

 なぜなら彼女は、脅すでもなく盾にするわけでもなく──『装備』したかっただけなのだから。

 そして彼女は、彼女なりの魔法を起こす。奇跡を生み出す魔石もなしに、信ずる物は唯一つ。己の(かいな)、そして『力』──。


「んっ……!」


 聞きようによって色っぽく息を詰めながら、レーナはぐるりと右方向に装備品ごと一回転。そのまま止まらず、2回転──3回転──回るごとに速度を増し、うなりをあげる人間風車。

 ぶらぶらと揺れる男の足が、たっぷりと遠心力を乗せて浮き上がる。廻り回って勢いづいて、意志有る颶風が右に左にのたうちまわり──とうとうそれが、吹き(・ ・)荒れた(・ ・ ・)


 ──轟ッ!!


 ジョルジュが放った風の魔法──それに数倍する大気の撹拌が突然に現出した。

 風が逆巻き、あたりの瓦礫や小石がうねりの中心へと招かれていく。その恐るべき吸引力に、ジョルジュも、衛兵たちも否応なしに引きずられていく──災禍の中心に向かって。

「ばっ……!!」


 馬鹿なと言いかけ、ジョルジュはそれきり言葉がない。

 なんという力技、なんという頭の悪さ。馬鹿馬鹿しいにも程がある──凍りつくジョルジュの耳を、哀れな、そして勇敢だった(・ ・ ・)兵達の驚愕の声と悲鳴とがつんざいていく。

 もはやそれは、暴力などという生易しいものを通り越し──災害の域に達しつつあった。


 無理だ、こんなの──作戦も数の有利もクソもない。

 諦念に固まるジョルジュをさし置いて、哀れな兵士が木っ端のように散っていく。まもなく彼も吹き散るだろう。


 今日何度目かのフライトタイム。ジョルジュは思う。どれだけ生まれ育ちが良かろうとも、どれだけ懸命に鍛えても、どれだけ魔力を振り絞ろうとも──無理なもんは無理、ダメなもんはダメ。


 力は、あらゆる言い訳を駆逐する。


(──理不尽だ)


 悔しいが、しかしどこかで清々しくもある。強烈すぎる暴風が、彼が抱えた鬱屈したものを意識ごと吹き飛ばす。


 その中心、殺傷力の変わらない世界でただひとつの人間兵器が大声張り上げ勝利を叫ぶのを、ジョルジュは半ば白んだ意識の中ではっきりと聞いた。



 ──あたしは女サイクロン、何でも巻き込み粉砕するのだ!





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