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鬼の瞳  作者: 市
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朔魔の闘争

気に入らないものが、とにかく気に入らない。殺意さえ抱いて、自分の思い通りにならない事をひどく嫌悪する。

誰彼など関係ない。あれやこれやなど考えもしない。


――だって、オレは――


理解はしても判ってはやらない。ただ自分の思いによって行動するのみ。

約束はしても守ってはやらない。ただ自分の思いによって行動するのみ。

命令されても従ってはやらない。ただ自分の思いによって行動するのみ。

懇願されても許してはやらない。ただ自分の思いによって行動するのみ。

好奇にしたら逃してはやらない。ただ自分の思いによって行動するのみ。

邪魔するなら、生かしてはやらない。


――だって、オレは――


知らぬ。知らぬ。知らぬ。

文句などほざくな。

知らぬ。知らぬ。知らぬ。

抵抗などするな。

知らぬ。知らぬ。知らぬ。

理由など知らぬ。

理屈など知らぬ。

常識など知らぬ。


――だって、オレは――





この世で最も強き者なのだから。











――――――――――――――。











「あーあ……ほんと、人間様は進歩しねぇ生き物だよなぁ。おい、次」


ひょいと刀を投げ捨てる狐。細く可憐な指先は、それだけで舞の一部分を思わせる。

対して、その足下に広がる人型の死体。花形を立てるには、その有象無象の醜さは些か見栄えが悪かった。


苦悶。苦悶。苦悶。……苦悶。


どれもがそんな表情で死に絶えている。痛みに悶えている内に事切れたように、断末魔の姿勢のまま、侍の亡骸は狐を囲んでいた。そしてそれらから流れる血は淡々と丸い円を広げていき、同じものと引っ付いて着々と赤い池を形成していく。


――零れたばかりの血とは、悩ましく思えてしまう程に綺麗だ。いずれ泥と同じ色になるとわかっていても、最初の赤とはやはり目を奪うほど美しい。

故に、まだ空気に触れたばかりのその池はとても麗しく輝かしかった。その造形美やただの歪な血だまりといえど、作品と称されても文句は言えない。一つ残念な点を上げるとするなら、それが黄泉へと繋がる淵という点だろうか。


――その中で佇む虎と狐――朔魔は、怠そうに首を傾げていた。

もう少し骨のある奴らだと思ったのに、と力を抜いた姿勢で訴えている。あからさまな落胆の色、されど……その目は彼らを決して離さず。


朔魔を相手とする侍たちは、腕に覚えはあれ、心はまだ摩耗していない者が多い。それ故に彼の闘争を前にして、震える足を踏み出せずにいる。ましてや血と死体が目の前に広がっていては、自分もそうなってしまうという想像しか無く、ただただ刀を構えて警戒するしかなかった。


「……んだあ?次って言ってんだろ、早く来い。“オレを待たせるな”」


威圧を通り越して呪詛じみた言葉。従わないといけない気を起こさせる冷淡命令。けれど、侍たちは動かない。――動けない。

まだ言葉だけだからよかった。面で顔が隠れていなければ、侍たちは早々にその言葉を受け入れていただろう。


「…………あぁ、そうかいそうかい。オヤジを討ちに来るような馬鹿共だからちぃとばかしは期待してたんだがな。結局――そうなのかよっ」


瞬間、飛沫も上がらず赤い池に波紋が現れ、そこにいた筈の鬼が消えた。

侍たちは刀を構えたまま。少しだけ時間が経ってから、やっと目を見開いて驚愕の声を上げた。周りを見渡し、仲間に問い、危殆に瀕して消えた鬼を探す。


「――てめぇらは、闘い(死に)に来たんだろうが――」


声が届いた。先程、自分たちを蔑んだ声。のしかかる様に聞こえた為に急いで仰ぎ見ると、太陽の中に、黒いモノが一つ。


「なら縋るんじゃねぇ。生きて帰れるなんて思うんじゃねぇ。初めからそのつもりなんだろぅ?――だったら黙って、“オレに殺されろ”――!!」


まるで空が激怒したかの如く、鬼の言葉が圧力となって地上に叩きつけられる。見えない力は畏怖の塊として、侍たちに降りかかった。

思わず膝を折って屈む者もいれば、尻餅をつく者もいる。恐怖し狂ったように震えて立ち尽くす者もいれば、糞尿を垂れ流して涙を零す者もいた。


――朔魔の言葉は容易く、相手の心を崩す。自分の心思でしか考えず、自分の視点でしか語らない為、その身から発せられる言動と声質と覇気は、濁り無く正真正銘であり絶対的な唯一つの意味合いを放つ。

彼の感情は純粋な一。つまり、心が弱い者ないし心が強い者でさえ、【真の殺意】には堪えられない。朔魔という鬼にしか生み出せない、何も混ざっていない、本物の、感情の気迫ゆえに。


そんな者たちをよそに、黒点は落下する――


握り締めた拳を掲げ、着地すると同時に中身まで殺しかねない勢いで、爆裂音を轟かせて地中深くまで大地を砕いた。

地震が巻き起こる、視界が揺れ動く、まるで天変地異の前触れのよう。天雷じみたヒビが迸り、侍たちの足下を捕らえていく。そして穴の中心から大地は波を立てて――崩れ落ち始めた。


そこら中から悲鳴が上がる。落ちる筈の無い床から落下し呑まれてゆく。巨大な蟻地獄、そうとしか言えない。何故なら喰われる侍たちが、同じくちっぽけに思える程に、大地は割れて沈んでゆくから。

しかし、そんな比喩はまだ生易しかった。本来は地獄の中心から動く事の無い狩猟者が、次の獲物を求めて飛び立つのだから。


落ちてゆく地面から逃れられた者たちの中に、朔魔は降り立つ。そこを中心に、彼を視認した侍は我先にと尻を向けて逃げ出し始める。真正面に対峙してしまった侍は、息も吐けずに震える事しか出来ない。


「――うむっ。逃げずにいたその意思や良しっ。おめぇさんには褒美だぜ、ははっ」


屈託の無い暢気な声。朔魔はそう賛辞(ひにく)を与えると、高々と足を振り上げ、侍の頭に踵を落として潰した。痛みなど感じる暇は無い。それが彼にとっての褒美だろうか。

首無しとなった甲冑が倒れる前に刀を抜き取る。


「ほらほら。早く逃げねぇと、怖い怖い鬼が来るぞ〜っと」


言って、姿を掻き消す。

まず一人目の背中を突き刺し、そのまま持ち上げて投げ捨てた。驚愕する両隣にいた者を薙いで散らす。倒れる前に、刀をもう一本頂戴しておく。

大を二つ順手に持った朔魔は面の中でニヤリと笑い、逃げ惑う人間の中へ舞い込んだ。


――流れる五体。まるで風と戯れるかの様に、狐の面を被った虎は舞い踊り始める。


薙いでは一人。薙いでは二人。回っては四人。走っては八人。

途中で舞いに堪えきれずに折れた道具はその辺から補充して、白銀を鮮血で染め続ける。時には投げ飛ばし、何人かを突き刺すなり切り倒す。順手と逆手を片手に持って四刀にしたり、指の間に持って六刀にしたりはご愛嬌。


飽きたら次は槍。長い獲物を優雅に振り回して、斬、殴、斬、殴、斬、殴。二つ構えて、斬殴、斬殴、斬殴、斬殴、斬殴、斬殴。投げて、刺刺刺刺、刺刺刺刺。


飽きたら次は弓。人間が編んだ弦は玩具みたいな張力だ。瞬きと同じ速さで矢を引いて放つ。一人を貫通してもう一人。矢を三本引いて、三人を貫通してもう三人。


――嗚呼……何て――美しい。


無駄の無い、されど遊びを含んだ舞踏。優雅と妖艶の調和、殺戮を凌駕する流麗、死地を舞台と化す役者。

戦場の血腥い光景が、彼により悲劇にもなり喜劇にもなる。闘争心が剥き出しのぶつかり合いはそこには無く、主人公に倒される有象無象の端役の様でしかない。

何故そこまでも戦というものがそう見えてしまうかといえば、やはり朔魔の存在だろう。


元から彼は、戦闘を戦闘と思っていない。というより、思わない。

何故なら彼は、自分は勝って当たり前の存在としか認識していない。そしてその認識もまた、間違ってはいなかった。


邪眼は無くとも、彼の肉体は正真正銘の真祖である。ただ特殊な眼力が無いだけで、その身は確かに“最強”を宿していた。

故に、勝負など始めから成立しない。運命に似て、彼が生き残り勝利するは自然なのである。

それがわかりきっているからこそ、それがとてもつまらないからこそ、彼は本気で遊ぶのだ。――舞、として。


「だっっっはっはっはっはっ!」


笑い踊る鬼。虫とさえ思っていない敵を倒して、己の中の遊戯を楽しむ。

童子の様な所行、けれど恐るべき闘争。彼に打ち勝ち生き残るなど、土台無理な話だ。


朔魔という鬼は元々、そういったモノなのだから――。


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