大切なもの
クラウス様の鱗…
アメリアは初めてクラウスの鱗を目にした時のことを、ぼんやりと思い出した。
あの日、馬車の中から見えたクラウスの右手の甲の鱗に、アメリアの心は一瞬で奪われた。
見えたのは本当に一瞬。
だけどその美しさはアメリアに焼き付いて、忘れられなくなった。
父親に見合いをしてみるかと聞かれて、是非にと飛びついた。
どうしてももう一度見たかった。
あの輝きを間近で見られるのかと想像したら心が躍った。
けれど見合いの申し出をクラウスは受け入れてはくれなかった。
アメリアは残念ではあったが、仕方がないと思った。
見合いの申し出を二度も断られては、流石に諦めるしかない。
そう思ってはいても、クラウスの鱗をどうしても忘れることが出来なかった。
アメリアの鱗への想いは日に日に募った。
そしてとうとう我慢出来ずにクラウスに会いに行った。
そこで目にしたのはクラウスの右顔の鱗。
風に髪が煽られて一瞬だけ見えた鱗はとても美しかった。
初めて見てから焦がれていたものと変わらぬ輝きを間近で見た感激で、アメリアは舞い上がった。
夢中で見合いの約束を取り付けた。
もう一度見られる!
そう期待して臨んだ見合いだったが、手袋と髪に隠された鱗をアメリアは見ることが出来なかった。
残念だった。とても見たかった。
しかしあの美しさだ。簡単に見ることが出来ないのも仕方がない。
アメリアはそう感じたし、また会う機会が約束されて嬉しかった。
そしてその次の機会に、アメリアはクラウスの金の右目を見た。
縦長の瞳孔は人の目ではない。光を帯びたかの様な金色は月を思わせた。
あまりの神々しさに、アメリアはこれは夢ではないかと感じた。
現実感の薄さの中で美しさを噛み締めていたら、次の日になっていた。
あの時、アメリアには見たくて仕方がなかった鱗も見えていたはずなのだ。
しかし鱗すらも意識出来ないくらいに金の目は圧倒的であった。
あれは人の目ではない。けれども爬虫類の目とも違う。ハナトカゲやツノイグアナと似てはいるけれど、違うのだ。
アメリアはドラゴンの目を見たことがないから、もしかしたらあれがまさにドラゴンの目なのかもしれない。
けれどきっと、ドラゴンの目とも違う様にアメリアには思えた。
人の目の形の中に、人ではない目がある。
あの圧倒的な美しさはクラウスが持っているからこそのものだ。
あの金色の目もきっとなくなってしまった…
アメリアは窓の外を見た。青空にはいくつかの雲が見える。
昼の青空の中には月は見えないけれど、月ならば夜を待てば現れる。
けれど…クラウス様の金の目は、待っていてももう見ることは叶わない…
時々見せてもらえた金の目。
何度見てもそれは美しかったし、何度見ても目の前にあると信じられない気持ちがした。
美しすぎて隠しておきたくなるものがあるなんて思ってもいなかった。
だから時々こっそり見るくらいがちょうど良いのだろうと思っていた。
でも、もう…
アメリアは両の手を見た。
……。
もう少しで結婚だったのに…
結婚したら鱗に触ってもいいと言われていたのに…
まだ手の甲と顔の鱗しか見せてもらえてなかったのに…
あの美しい鱗がある右腕を見たかった。
鱗で埋め尽くされた腕はどんなにか美しかったことだろう。
そして鱗に触れたかった。
服の上からでは分からない鱗の感触を手で味わいたかった。
見ることの叶わなかった腕の鱗のことは想像するしかない。
けれど顔の鱗や手の甲の鱗は鮮やかに思い描くことが出来る。
しかしもう決して触れることは出来ない。
アメリアは大切なものがなくなってしまったことを、まだ受け止めきれないままだった。




