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詩織さんの微笑みは天使のように冷たい。  作者: 綾峰 はる人
Mの遺言
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私には、きっと……。

霧が消えれば、晴れると思ってた。だけど、そこには何もなかったんだ。握りたかったあの温もりさえも……。

 やぁやぁ、そこのお嬢さん。お人形遊びはお好きかな。こっちへ来て、私と遊ぼう。魔女のポルカの音に合わせて、私と踊ろう。そうすればほら、みんな一緒。悲しみも喜びも、分かち合える。ほら、最高の楽園が待っている。怖くない、みんないるから。怖くない、死すらも遠いこの場所なら。


「――……ここは。どこでしょう」

 私は、辺りを見渡す。暗闇に覆われたその空間はひどく埃っぽく、空調の効かない室内だということが分かる。足元には、恐らくだがガラスのような触感もある。恐らくここは、荒廃した建物の中。

「……ふむ」

 何度か瞬きを繰り返す。さっきまで何も見えなかったものが、はっきりと見える。私の生まれつきからある驚異的な身体能力。それは当然、視覚や聴覚も含まれます。

「それにしても、随分荒れていますね」

 暗闇に紛れていたものは、随分酷いものだった。簡単に言えば数十年と放置された研究室というべきでしょうか。ところどころ、蜘蛛の巣も張っています。

「………………私が憑依した人物は、ここで何をしていたのでしょう」

 そういえば、蒼井さんは私に憑依先の情報を全く教えてくれませんでしたね。いつもなら、必ず教えてくれるというのに。まぁ、教えてくれなくとも、別に構わないのですが。私はとりあえず、自分の体を確認する。

 恐らく、服装からして何かしらの調査員。性別は女性。握り手が血に濡れた

ハンドガン。そして小さな懐中電灯。

「なるほど、これは厄介です」

 見た目までは憑依できなかったということですか。“彼女”には、名前もあり容姿もあり、物語りに何らかの形で登場している人間ということ。

 今は、彼女のことを知る必要がありますね。探索をしながら調べていきましょう。私は部屋をゆっくりと見渡し、内ポケットから名刺を取り出す。彼女の名前は『赤羽(あかはね)(つかさ)』国家直属の特殊調査員。年齢は二十五歳。コードネーム『カナリア』として活動。なるほど、国からここの調査を依頼されて訪れることになったということですか。そして、この銃。持ち手が血まみれだというのに、彼女の体は無傷に等しい。恐らくですが、これは一緒に来ていたパートナーの遺品でしょう。その証拠に、血痕のついていないマグナムが足元に落ちています。きっと、何らかの脅威と仲間を残してここまで逃げてきたのでしょう。どちらも残弾数は確認していませんが、期待はできませんね。

 さて、彼女の簡単な情報を整理しつつ、この部屋の全体を軽く見て回りましたが、なんとも不思議な部屋です。一見するとここは理科室のような雰囲気。しかし、置いてあるものはなんとも統一感がない。病院のベッドのようなものもあれば、子供部屋を連想させられるウサギの可愛らしいぬいぐるみやメイク道具が置かれている。そして、一際目立つのが、刀、ハサミ、槍、ノコギリ、包丁が飾られている額縁。それはどれも、何かの血に濡れて赤く錆びている。

「この部屋……。今思えば、誇りっぽいだけでなく血の匂いもしますね」

 なにやら、ここは不穏ですね。早急に出ましょう。依頼を解決するヒントらしいものもなさそうですから。

「さて、右か左。何方に進みましょうか」

「――答えは右だ。お嬢さん」

 左端の視界に、突如として人が現れる。私は一気に距離を取った。全く気配に気づけなかった。物音の一つも、完璧なまでに無かった。

「誰ですか。あなた」

 目には酷いクマがあり、疲れたように垂れ下がった瞼。そしてその瞳は、冷たく刺すような殺意が宿っている。


 ――彼は、危険だ。


 私の直感が、そう告げる。彼は、きっと敵だ。私ではなく、“彼女”の。

 そう、私が今憑依している彼女にとって、彼は脅威となる。そしてまた、彼も彼女を警戒している。これは、まずい。一言でも選択を誤れば、彼は牙を向くでしょう。

「おやおや、こんなところで迷子のくせして、俺の事を気にしている余裕があるのかな?」

 この人、恐らく今の私の身体能力をもってしても勝てるかどうか。微妙なラインですね。そもそも、今の私は聴力も空間認識能力も高い。そんな中、彼は音も気配も消して私の近くに立っていた。一筋縄ではいかないでしょう。

「余裕はありません。ですが、殺意を向けられている以上は私も貴方を警戒せざるを得ません」

「へぇ。なるほどねぇ。……小太りの男と慌ててその部屋に入っていったときは考えなしの馬鹿かと思ったが、案外察知能力は高いようだ」


 ――キリキリキリキリ…………ッ。


 彼の手から、何かの刃物を擦りつけるような音が響き渡る。しかし、その手には何も握られていない。しかし、その音はよく聞きなれたものだ。カフェで働いている私にとっては、嫌というほど聞きなれた音。これは、そう。ナイフとナイフが擦れる音。それに違いありません。

「音だけで俺の武器の種類も特定出来る勘も持ってる、か。なるほど、外の世界のお偉いさんは格が違うみたいだ」

「はて、何のことでしょう」

「おどけたって無駄だ、お嬢さん。俺はそれなりに頭がいい。そんな陳腐な噓じゃあ騙されない。俺の武器がナイフだってことを分かっているはずだ。違うか?」

「……たまたまです」

 ふむ。なんだか、気のせいでしょうか。彼と話していると、『赤羽さん』は警戒と恐怖を感じているが、『私』は逆に、どこか落ち着きます。何故でしょう。なんとも奇妙です。私の体は『赤羽さん』自身なので僅かに早く動く鼓動と冷や汗が私を圧迫しますが、『私』である思考はいたって冷静。今までにない感覚です。

 はい、ものすごく気持ち悪いです。

「で? 探しものってのは見つかったのかい?」

「いえ、まだ」

「ふっ。だろうなぁ。その部屋ン中で見つかってたら驚きだ」


 ――さっきから、この男。やたらと『部屋』を気にしますね。


「この部屋には、なにかあるんですか?」

「……お前、仲間が死んだのがショッキングすぎて、記憶でも飛んだのか?」

 目だけでもわかる程、彼は顔をしかめる。もしかして、『赤羽さん』のパートナーは先ほどまで私が居たあの部屋で、『何か』に殺されたのでしょうか。

「……たしかに、記憶があいまいです」

「ご苦労様なっこたなぁ。まぁ、そうでなきゃお嬢さん、あんた相当イカれてるね。部屋にはいる前とはえらく違う落ち着きようだ。これがシラフなら、日頃仲間に淡白な俺でも引くね」 

 

 

ここに置いていくよ。君の大好きだったもの。ついでに、僕の憎しみも。

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