『静寂に咲くあの花のように』ーー最終回後編2ーー
――薄明かりが灯す松明からの淡い光に浮かび上がる壁画の数々をぼんやりと見つめる。
誰が何の為に描いたのか少し色褪せはしているがその者がその時代の中、後世に伝えようとする世界が壁一面に広がりを見せる。
藍色の情景に赤や黄色を散りばめた世界の果てを思わせる景色を背景の一番下には両手を天に翳す様々な人なのであろうか。
白地に赤い刺繍から見えるようにかつての王宮に例えられた街の人々の表情はけして豊かではなく。その苦悩に満ちた人々を天から支配するナニカ。
壁画を仰いでは、既に時の流れにより擦り切れた箇所を口元を歪めてはそれが何なのか予想を膨らます1人の青年。
その青年と共に行動する背の低い老人はゆっくりと口を開く――
「悪魔の儀式。闇の時代の到来の図じゃな」と…
「そうか、あんたは確か、その話とは関係あるか知らんが”天空人”とか言う奴等。多分その奴等の襲来とか関係あんのかと」
「天空からの使者。わしはそんなもんは知らんな…じゃがお前も知っておろう。わし等の領土やお前の国の街。それを奪って行った竜人と名乗る輩の噂を」
少々ぎこちない仕草で下顎にびっしり生え揃う武将髭を太い指でなぞっては、右手に持つ老人の体格に不具合な露骨なスプリンクラーアックスを軽々しく背中に背負う。
「天空からの使者…うむ」
「ああ、まぁ〜多分竜か知らんがそいつも含め、俺は多分そいつ等の片割れに会っているかもな…すまないが時間のようだ。じゃな、ヒエムス爺さん」
その一言を後にドマーニの一角にそびえる白い壁に囲まれた古城を青年は苦笑を零し、後にする。彼の背後から「クリスチル…我等ドワーフ族の導きがお前の道しるべにあらんことを」と伝える老人の台詞を受けて――
▼
▽
『ジェイ、そっちは後どのくらいだ?』
「ああ、問題の場所はなんとかなった。後は主電源にもなる端末を予備になるコイツを代用させれば」
時折り来る大きな揺れが区画全域を揺さぶり軋み音が不気味に響く。
その都度事に断続的に焼き切れた電子機器からのスパークが眼前を掠める。
直径数メートルにも満たない配管用バイパス内部によじ登る形で足元をフレームに固定し、手持ちの使い古した端末を頼りに入り組んだ剥き出しの電線を順序良く外し作業をする。
『なあ、ジェイ。問題は分かったんだから早くしてくれ、こちとら遺跡内の臨界点突破がもう持って後15分らしい。とにかく』
「――ああ、だからもう大丈夫だから、10分内で終わらす」
信頼する相棒とのやり取りを耳に流し、緊迫するタイムリミットとの戦いに冷静に対処して行くジェイ。
ある程度切断された箇所を外し終えながら今度は代用にもなる使い古したタブレットを惜しみながらも別れを惜しみ。取り付け作業を進める。
「これで、最後の通信だ。康介。作業は完了。後はあんたに」
『すまなかったな、ジェイ。お前の大切なパートナーを、あたしは』
「え?」
設置され、バイパスを彼が託した愛用の端末で再稼働を確認。その端末に割り込む形で康介じゃなく今現在彼と共に過酷なミッションに挑むもう1人の仲間。
ナッサウからの優しげな掛け声にジェイは一瞬戸惑う。
『おかげで機関内部のエネルギーは正常値に達した。れ、礼を言うぞ。後はお前や同行する仲間の安全を確保しながらあたしの機体』
「弾倉用ラック内に退去でしょ?…なっさんは今からの大仕事があるんだし。そんな事を言う為にわざわざ割り込み通信」
『ば、バカ、それはちゃんとバイパスの接続がちゃんとしてるかの確認だ。どのみち居住区画まではかなりの危険を伴うからな。後、5分後にショートジャンプの意味はジェイならわかるだろ?』
「はいはい、もうなにを言いたいのかわかりますってナッサウ」
少し照れ隠し際に口早になるナッサウ。ほんの数時間での僅かなコミュニケーションが、何故かずっと以前から知り合いのように確かな絆を結ぶ。
そして彼と同じ区間で待機中にもなる連れことサラとシルビア。ここ数日間での出会いをきっかけに今から起こる巨大移民船遺跡内倒壊。更にその予想不可能な縮退炉心の暴走での破壊が待ち構えるも、彼にとってはかけがえの無い新たな仲間達との物語の始まりでの祝杯にもなるのだろうか。
▼
「ジェイの奴。俺は信じてたぜ…さあて。全バイパス接続良好だな、残り時間は…」
凡そ数千度の溶解炉と化す遺跡内区間の視界が揺らめく中。もう既にカウントが始まり。臨界を超えた縮退炉心の暴走による熱波とフレアを有視界的に船体ギリギリに回避運動をする。
眼前に、更に彼が狩る脱出用ランチでの熱源センサーをも予測不可な数値が更に斜め4時と7時方から異常的に増大。
『ちょっ…と!康介っ。左右から高エネルギーが増大してんのよ。それにショートジャンプするにも距離や座標とかの計算もあんの。危険なのはわかるけど迂回ルートを。ねえ、聞いてる?…』
まるで地獄絵図的な惨状のさなか。揺らぐ視界。目の前には途轍もない巨大なフレアが遥か下方数百フィートから湧き上がるのを予測データで検出したのか。決死に回避運動を投げ掛けるラスラからの通信がモニターに映し出される。
しかし、こんな時こそ尚いっそう冷静にポイントを目視で抑える康介の勝算は、この瞬間を逃さなかった。
「カウント良好!このまま直進。さあ、来いよ」
『おい!さっきラスラからの指示が聞こえ……そうか。なら、康介、失敗は即ち』
『こりゃあ、もう行くしかないにゃあ。康介。お前の直感を私も信じるにゃ』
ラスラとの通信を割り込むように今現在同じく彼が操舵するランチの主要エンジンにもなる機体の操作をするエルザス。そしてナッサウからの彼に託す通信が入る。
康介は、二人の頼もしい仲間。そして今現在隣国にもなるドマーニからヒステリー気味に通信をするラスラ。
更にランチ内バイパス接続というミッションをこなしたジェイ達やこの船で必死に生きたいと願う避難民達全てが康介の持ち前の直感と操縦技術に掛かる。
「ファイルカウントダウン。座標軸西南西1800地点に固定。みんな、衝撃に備えろ!」
その一言を最後にまるでこの世界をもしはいするかのような火柱が差し迫る瞬間。彼と仲間達を乗せた脱出用ランチからの視界は空間を繋ぐ壁を突破。
まるでガラス細工の如くキラキラと弾け飛ぶエーテルの破片を粉砕し。褐色空間から光明な分子雲が渦巻く亜空間航行をへて、気が付けば、静寂な星空をバックに航行する。
「どうにか抜けた…みたいだな、それにしてもここは?」
未だパチリとエーテルの名残が弾ける視界。康介や避難民を乗せたランチは漆黒な森林地帯上空を独自の稼働音を響かせ航行していた。その彼達が飛ぶ森林の先に微かに見える白い壁の街に向かって…。
――入り乱れる天空人編。静寂に咲くあの花のように――完。




