↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/25

武将 真田昌幸 第23話信玄死去

【第5章‑1】 信玄死去


1573年、信玄が死去し、

武田家の政治の支柱が崩れた。

揺れの向きは外から内へ反転し、

勝頼政権の命令は、

信濃国衆の家中へ“再調整”として落ち続ける。

その再調整の最中、

1575年、長篠の崩れが起きる。

武田家の軍役・兵站は根本から揺れ、

その余波は信濃へ直撃した。

さらにこの年、

真田家の当主が一気に空白化する。

兄・信綱、弟・昌輝が戦死する。

長篠の崩れは、

武田家の揺れの余波が信濃へ落ちるだけでなく、

真田家の当主そのものを組み替える地殻変動となった。

翌1576年、勝頼は軍役の再提出・追加徴発を命じ、

信濃国衆は二度目の沈みを受ける。

昌幸は名主・兵役・兵站線を再編し、

家中を整える当主として動き始める。


天正元年三月、甲府。

昼過ぎ、城下の空気がわずかに沈んだ。

駿河口から駆けてきた使者が、濡れた足で代官所へ入り、

奥へ通される。

侍たちの視線が使者の肩の向きを追い、

沈黙が一度、場を覆った。


文書が開かれた瞬間、

部屋の空気がさらに重くなった。


「信玄公、死去──」


その一言が、甲府の地形線を支えていた基準を断ち切った。

家臣の歩幅が乱れ、

声が短く途切れ、

机の上の文書が一枚、静かに揺れた。

甲府の空気が沈むのを、

侍たちの肩の向きが示していた。


訃報はすぐに信濃へ向かう。

使者は甲府を出て、釜無川沿いの道を北へ進み、

谷の風を切りながら上田へ向かった。

春の川は増水しており、

流れの速さが、外界の揺れをそのまま示していた。


同日夕刻、上田。

真田家屋敷の門前に使者が到着すると、

門番の侍が肩の向きを見て、

静かに門を開いた。

使者は奥へ進み、広間へ案内される。


広間では、幸隆と、

家老がすでに揃っていた。

後列には家臣たちが並び、

昌幸はその端に控えていた。


使者は文書を両手で差し出し、

幸隆が受け取る。

机の上に文書が広げられた瞬間、

広間の息がわずかに乱れた。


「信玄公、死去──」


幸隆の肩がわずかに沈み、

家臣たちの肩が乱れた。

家中の空気が一気に沈む。

昌幸は、その沈みを身体で受け取った。


幸隆は文書を閉じ、

短く息を整えた。

その間の長さが、家中線の揺れを示していた。


「村々の様子を見よ。

兵の動きを抑えよ。」


幸隆の声は短く、

しかし家中の線を束ねる力があった。

家臣たちはすぐに動き、

名主へ伝えるための往来が始まった。


昌幸は広間の隅で、

地図を広げる幸隆の手元を見ていた。

谷の線、川の線、段丘の線──

信玄が読み続けてきた外界の線が、

今日を境に途絶えたことを、

地図の沈みが示していた。


幸隆は地図の上に指を置き、

静かに言った。


「基準が消えた。

これよりは、我らが均衡を取るほかない。」


昌幸は、その言葉を胸の奥で受け取った。

ただ、線を読む。

家中の沈み、名主の声の短さ、

兵の歩幅の乱れ──

それらが外界の揺れを示していた。


夜更け、屋敷の外では、

村の声が短く、

風の向きが変わり、

兵の足音が重く響いた。

信玄死去の報は、

信濃の地形線と家中線を確実に揺らし、

真田家はその揺れを直接受ける立場へ入った。


昌幸は、広間の隅で地図を見つめた。

外界の基準線が消えた以上、

新しい均衡点を探すしかない。

その始まりが、

この夜の沈黙にあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。