第1話:ハートのいいねを宜しく!
廃墟のような薄暗い小屋のなか、少年が床に這いつくばっていた。
全身を焼くような電撃の余韻。痺れる体を無理やり起こし、
備え付けられていた今にも崩れそうなガタつく椅子に座る。
「……くそ、死ぬかと思った……」
己の不運を呪う余裕すら、今の少年にはない。
『――通知。締め切りがリセットされました。次回締め切りまで、残り3時間です』
どこからともなく響く、無機質な女性の声。
「せめて、何を書けばいいのかくらい教えろよ……っ!」
【強制締め切り】。それが少年の身についた最悪のスキルだ。
一定時間内に成果を上げなければ、ペナルティとして凄まじい電流が走る。
バラエティ番組の罰ゲームかよと突っ込みたくなるが、
痛そうな演技をする芸能人の比ではないだろう。
先ほどペナルティは、明確な死の予感があった。
次に電撃を食らえば、本当に命を奪われるだろう。
だが、何をどうすれば回避できるのか、その正解すら分かっていない。
「……いや。俺は、作家だ」
佐藤は机に現れた紙に、震える手で羽根ペンを走らせる。
「もしクラスメイトの誰かが俺を見つけて、日本に持ち帰ってくれるかもしれない。
……あの日、俺たちに何が起きたかをここに記そう。
まだ、俺の夏の戦いは終わってないんだ!」
灯りもない。定規もトーンもない。
だが少年は、文字通り限られた時間を使い、命を燃やす覚悟でペンを走らせた。
『――締め切り10分前です』
死神のカウントダウン。だが、少年はもうペンを止めなかった。
少年の幼馴染が、鑑定を受けているシーンを描く。
あと10分か。とても間に合いそうにないな。
びゅうっ、と一際つよい風が吹き、無駄なあがきだと嘲笑うかのように原稿を散らす。
その時だった。背後から不意に声がした。
「……なにこれ、可愛い」
心臓が止まるかと思った。
振り返ると、そこには月光を背負った金髪の美女が立っていた。
「なっ……! 誰だ、あんた!外人……じゃないな」
思わず見惚れそうになるが、彼女の頭には角、背中には翼が生えていることに気づき、
佐藤は息を呑んだ。
「これ、なにかしら?」
「漫画だよ、マンガ。知らないのか?」
「マンガ? この絵のことかしら」
「ああそうだよ。って気が散る! 続きなら床に転がってるから勝手に読んでてくれ。
こっちは忙しいんだ!」
少年は床に散らばった多量の原稿用紙を指さすと、机に向き直り
幼馴染のラフ画を清書していく。
もう、残り数分の命だ。悔いの残らないように丁寧に。
「……私を顎で使うなんて。いい度胸じゃない」
悪魔のような井出達の美女は、床の紙を拾い上げた。
「……教会の、あの宗教臭い絵よりずっといいわね。って、あら? なによこれ。
ねえ、坊や。何か魔法でも使ったのかしら?」
「魔法? まあスキルで出した紙だから、そうかもな」
「じゃなくて、この紙の前に変な『ハートのマーク』と『指の紋章』が浮いてるのよ」
「ハートと、指……?」
少年がが首を傾げながら美女の隣にくると、なるほど。
原稿用紙の横に、『ハート』と『ハンドサイン』が浮かんでいた。
「なんだこれ?初めて見る現象だけど、SNSのいいねみたいだな?押せたりして…」
「押すのね、わかった、試してみるわね。……あ、赤くなったわ」
その瞬間、頭の中に響いたのは絶望のアナウンスではなかった。
『――いいね獲得。累計:1/10万。……ノルマ達成を確認。
締め切りが更新されました。次回締め切りまで、残り6時間です』
「……え?」
少年の脳裏に声が響く。目の前の悪魔の女は、満足げに次のページを読んでいる。
(もしかして……ペナルティの回避条件は、第三者に見せて『いいね』をもらうことなのか!?)
「……おい、あんた! もっと面白いのを読ませてやる。
だから、どんどんハートが出たら『いいね』を押してくれ!」
「なにそれ意味わかんないけど。……いいわよ。
この『マンガ』が読めるなら、いくらでも付き合ってあげる」
少年は不敵に笑った。
「どうやらあんたが異世界での俺の読者第一号だな。……そうか、俺たちの戦いは、これからだ!」
これは、異世界召喚されたが、不要と捨てられたオタク少年とその仲間たちが、
魔王軍四天王をアシスタントに雇い、魔法でもなく、武力でもなく、
ただ純粋なヲタクの力で世界を塗り替えていく物語である。




