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大切なものを失った伯爵が奴隷のダークエルフ少女を買ったら、いつの間にか最強の領地になっていた……  作者: 積と和〝
第1章 出会い

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市街地への初外出

本日3話目です。

城下町の石畳を、ゆっくりと進む馬車の車輪が乾いた音を立てる。

朝の光はまだやわらかく、石の隙間にたまった夜露をきらきらと照らしていた。


屋敷の門を出た瞬間から、空気は明らかに違っていた。

人の気配、遠くから聞こえる呼び声、焼きたてのパンの香り――それらすべてが混ざり合い、街が“生きている”ことを強く感じさせる。


サラとサンは並んで窓の外を見つめている。


サラの指先は、無意識に膝の上でぎゅっと握られていた。

サンもまた、落ち着かない様子で足を小さく揺らしている。


「こんなに人が多いのですね……」


サラはぽつりと呟き、軽く息をついた。声は小さいが、その中には緊張と、ほんの少しの期待が混ざっている。


屋敷の中で過ごしてきた日々とはまるで違う世界。

視線を向けるたびに新しいものが飛び込んでくる。


「大丈夫だ、慌てることはない」


向かいに座るアルフレッドが、穏やかな声で言う。

その声には不思議と安心感があった。揺れる馬車の中でも、彼の存在だけは変わらず落ち着いている。


サラはその言葉に小さく頷き、背筋を伸ばす。

(大丈夫……私は、ちゃんとやれる)


サンもちらりと姉の様子を見てから、同じように姿勢を正した。


今回の外出は、単なる買い出しではない。

サラとサンにとっては、初めて与えられた「屋敷の外での役目」だった。



市場に着いた瞬間、空気が一変する。


「いらっしゃい!新鮮な果物だよ!」

「香辛料はいかがだ、遠方の品だ!」


あちこちから飛び交う声、行き交う人々、ぶつかり合う匂い。

焼いた肉の香ばしさ、甘い果実の匂い、少し刺激的な香辛料の香り。


サラは一歩踏み出すたびに胸が高鳴った。

同時に、心の奥がざわざわと落ち着かない。


「伯爵様……あの子たち、あんなに……」


指さした先では、子供たちが走り回り、商人に叱られながらも笑っている。

その自由さに、少し圧倒される。


自分はこの中で、うまくやっていけるのだろうか。


一瞬、足が止まりそうになる。


その時。


「君たちはここで何か困ったことがあれば、私に相談すればいい」


アルフレッドの言葉は短いが、はっきりとした重みがあった。


サラはその声を背中で受け止める。

振り返らなくても、そこにいると分かる安心。


「……はい」


今度の返事は、先ほどよりも少しだけ力がこもっていた。


サンも小さく頷く。

(姉さんがやるなら、俺もちゃんとやらないと)



その時だった。


「うわっ!なんだこいつ!」

「果物がーっ!!」


市場の一角で突然、悲鳴と怒号が上がる。


小さな魔物が一匹、ぴょんぴょんと跳ねながら果物の屋台に飛びついている。

丸い体に鋭い牙。大きさは子犬ほどだが、その動きは素早い。


籠に積まれた果実が転がり落ち、商人は慌てて後ずさる。


空気が一気に緊張に包まれる。


サラの目が変わった。


恐れよりも先に、別の感情が浮かび上がる。

(ここで、私がやらないと)


「伯爵様……私、やります!」


振り返るその目は、迷いが消えていた。


アルフレッドは一瞬だけ彼女を見つめ、静かに頷く。


「よし、あまり大事にしないよう気をつけろ」


その言葉は許可であり、同時に信頼の証でもあった。


サラは一歩前に出る。


手をかざすと、掌に小さな火が灯る。

最初は揺らめく程度だった光が、彼女の集中とともに安定していく。


周囲のざわめきが遠のく。


呼吸を整える。

視線を魔物に固定する。


「……いける」


小さく呟いた瞬間、火の玉がふわりと前に浮かぶ。


それは攻撃というより、威圧だった。

眩しい光と熱に驚いた魔物が、びくりと体を震わせる。


次の瞬間――逃げた。


ぴょん、と大きく跳ね、そのまま人混みの隙間を縫うように消えていく。


静寂。


そして――


「す、すごい……!」

「今の見たか!?」


どっと歓声が上がる。


サラはしばらくその場に立ち尽くしていた。

自分のしたことが、すぐには実感できない。


サンはすぐ後ろで剣を構えたまま、ほっと息をつく。


「姉さん……かっこいい……」


ぽつりと漏れた本音。


その言葉に、サラの頬が一気に赤くなる。


「そ、そんなこと……」


視線を逸らしながらも、どこか嬉しそうだった。


人々の視線が、自分に向いている。

恐れではなく、驚きと称賛。


それは彼女にとって、初めての感覚だった。



騒ぎが収まり、商人たちが何度も頭を下げてくる。


アルフレッドはその様子を見守りながら、静かにサラに歩み寄った。


「よくやった、サラ。見事だ」


その一言は、何よりも重かった。


サラは一瞬だけ言葉を失い、それから小さく頷く。


胸の奥がじんわりと温かくなる。


(認められた……)


それは、これまで感じたことのない確かな喜びだった。


「私は……もっと役に立てるようになる」


誰に聞かせるでもなく、心の中で強く誓う。


サンはそんな姉の横顔を見て、少し誇らしげに笑った。

(やっぱり姉さん、すごいな)



帰り道の馬車は、来た時よりもどこか穏やかだった。


揺れる車内で、サラはしばらく黙っていたが、やがて小さな声で口を開く。


「伯爵様……私、もっと……いろんなこと、教えて欲しいです」


言葉を選びながらの、精一杯のお願い。


アルフレッドは一瞬驚いたように目を細め、それから柔らかく微笑んだ。


「そうか、なら君にはしっかり教えよう」


その返答は、迷いのないものだった。


サラの肩から、ふっと力が抜ける。


その空気をぶち壊すように――


「姉ちゃん、言い方がイヤラシイ」


間の抜けたサンの一言。


ボコ、ボコっ!!


鈍い音が車内に響く。


「うへっ、うえっ……!2人してお腹蹴らなくても……」


サンはお腹を押さえながら涙目になる。

しかしどこか嬉しそうでもある。


顔を真っ赤にしたサラは窓の方を向き、

アルフレッドもわずかに咳払いをして視線を逸らす。


馬車の外では、朝の光が少しずつ昼の色へと変わっていく。


そんなこんなで――


サラとサンの姉弟は、アルフレッドへの信頼をまた一つ深めたのだった。


たぶん。


そしてその小さな一歩が、これからの大きな変化の始まりになることを、

まだ誰も知らなかった。

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