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大切なものを失った伯爵が奴隷のダークエルフ少女を買ったら、いつの間にか最強の領地になっていた……  作者: 積と和〝
第1章 出会い

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サンの怪我と魔法

本日2話目です。

庭の練習場には、朝のやわらかな光が斜めに差し込み、露を帯びた芝がきらきらと輝いていた。

まだ冷たい空気の中で、木剣が風を切る音だけが規則正しく響いている。


サンは額にうっすら汗をにじませながら、何度も同じ動きを繰り返していた。

小さな手で握る木剣はまだ重く、腕も震えている。

それでも歯を食いしばり、一歩踏み込むたびに少しずつ力強さが増していく。


「よし、構えはこうだ!腰を落とせ、そうだ……そのまま振り抜け!」


アルフレッドがすぐ近くで腕を組み、静かに見守りながらも的確に声をかける。

その声音は厳しさの中に、どこか温かさを含んでいた。


「はいっ!」


サンは短く返事をし、言われた通りに体勢を整える。

うまくできたとき、ほんの一瞬だけ表情が明るくなるが、すぐに真剣な顔に戻る。

その姿には、幼さと同時に強い意志が宿っていた。


少し離れた場所では、サラがその様子を見守っていた。

手には掃除用の雑巾を持っているが、すでに拭く手は止まっている。


(転ばないで……無理しないで……)


口には出さないが、胸の中では祈るように弟を見つめている。

握る雑巾に自然と力がこもり、指先が白くなっていた。

見守るしかできない自分へのもどかしさと、それでも信じたい気持ちが入り混じっている。


⸻


斬撃の練習が続く中、サンがいつもより大きく踏み込んだ、その瞬間だった。


足元の芝がわずかに湿っていたのか、踏み込んだ足が滑る。


「うわっ……!」


体勢を崩し、そのまま地面へと倒れ込む。

鈍い音とともに、膝を強く打った。


「サン!」


サラは考えるより先に駆け出していた。

雑巾をその場に落とし、息を切らしながら弟のもとへと走る。


「サン、大丈夫!?痛くない!?」


サンは顔をしかめ、唇を噛みしめている。

目にはうっすらと涙が浮かんでいたが、それでも必死に立ち上がろうとする。


「だ、大丈夫……これくらい……」


強がるその姿に、サラの胸がぎゅっと締めつけられる。


そこへ、ゆっくりとアルフレッドが歩み寄ってきた。

焦る様子はないが、その目は状況を正確に見ている。


「落ち着け。無理に動くな」


そう言って静かに手を差し伸べる。

サンがその手を取ると同時に、アルフレッドの掌に淡い光が集まり始めた。


やわらかな光はまるで水面のように揺れ、やがてサンの膝を包み込む。


じんわりとした温かさが広がり、痛みがすっと引いていく。


「え……なんだ、これ……」


サンは目を見開き、信じられないものを見るように自分の膝を見つめる。

さっきまでの痛みが嘘のように消えていく感覚に、驚きと感動が入り混じる。


「すごい……もう痛くない……!」


その声には、純粋な喜びがあふれていた。


⸻


サラもその光景を、息を呑んで見つめていた。


(こんなこと……本当にあるんだ……)


胸の奥がじんと熱くなり、目頭が少しだけ熱くなる。

自分たちがいた世界とはまるで違う力。

その力で弟が救われたことが、何よりも嬉しかった。


「伯爵様って……すごいんですね」


思わず漏れた言葉に、アルフレッドは軽く肩をすくめる。


「ふふ、まあ、少しはね」


その気負わない笑みに、サラは一瞬言葉を失い、頰がふっと熱くなる。

目を逸らしながらも、胸の中には新しい感情が芽生えていた。


(私も……こんなふうに誰かを守れるようになりたい)


ぎゅっと拳を握る。


「私も……弟のためにもっと強くなりたい」


小さな声だったが、その中には確かな決意が込められていた。


守るべき人がいる――それだけで、人はこんなにも変われるのだと、サラは初めて実感していた。


⸻


夕方になると、空は茜色に染まり、屋敷の影が長く伸びていた。

練習を終えたはずのサンは、自室でひとり、再び木剣を手にしていた。


窓から差し込む夕日の中、影と重なるように構えを取る。


「姉さんに心配かけたくない……」


小さくつぶやき、ゆっくりと剣を振る。

朝よりも動きはぎこちないが、そこには確かな意志があった。


何度も振るううちに腕が震え、呼吸も荒くなる。

それでも止まらない。


(もっと強くなりたい……守れるくらいに)


ふと、昼間の光景が頭に浮かぶ。アルフレッドの魔法、あの不思議な光。


「……魔法も、できるかな」


恐る恐る、剣を置き、手のひらを見つめる。

集中し、何かを思い出すように意識を向ける。


かすかに――本当にかすかに、空気が揺れた気がした。


⸻


その様子を、サラは廊下の窓越しにそっと見ていた。


「サン……」


頑張る弟の姿に、自然と微笑みが浮かぶ。

けれど同時に、胸の奥に小さな不安も生まれる。


(すごい……でも……)


「守ってあげたい」


その想いは、消えるどころかむしろ強くなっていく。


⸻


それから十日ほどが過ぎたある日の午後。

屋敷は穏やかな静けさに包まれていた。執務を終え、一息ついたところでセバスが静かに現れる。


「旦那様、少しよろしいでしょうか」


「どうした、急ぎか?」


「いえ、急ぎではございません。

ただ、お伝えしたいことが」


その落ち着いた口調に、ただ事ではない気配を感じ取り、アルフレッドは椅子に深く腰掛け直した。


「構わん、話せ」


「はい。あの姉弟――サラとサンですが、どうやら魔法の才があるようでございます」


「……ほう?」


興味を抑えつつも、わずかに目を細める。


「ちなみに、どんな魔法が使えるんだ?」


「サラは火属性、サンは風属性が得意なようです」


「火と風か……」


アルフレッドは指先で机を軽く叩きながら思案する。

どちらも扱い方次第で大きな力になる属性だ。


「詳しく教えてくれ」


セバスは一礼し、続ける。


「実はサラの希望で、ここ数日、基礎的な魔法知識を一日一時間ほど教えておりました」


「ほう、あの短期間でか」


「はい。きっかけは、旦那様がサンを治癒された際の魔法でございます」


あの時の光景を思い出し、アルフレッドは小さく息を吐く。


「なるほどな」


「二人とも強い興味を示し、私の許可のもと、発動の真似をしたのですが……」


セバスはわずかに目を細めた。


「サラは、ほぼ即座に手のひらに火を灯しました」


「……何だと?」


「はい。非常に安定した小さな炎でございました」


アルフレッドの表情に、わずかな驚きが浮かぶ。


「サンは少し時間がかかりましたが、やがて風を生み出すことに成功しました」


「……面白いな」


思わず口元が緩む。


(ただの偶然ではないな)


「いずれにせよ、将来において有用な力となるでしょう」


セバスの言葉に、アルフレッドはゆっくりとうなずいた。


「ああ……引き続き見守ってやれ。無理はさせるな」


「かしこまりました」


静かに一礼し、セバスは部屋を後にする。


一人残されたアルフレッドは、窓の外へと視線を向けた。


夕暮れの庭の向こうに、小さな未来が動き出している気がした。

今日はもう1話投稿します。

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